ラフマニノフの交響曲第2番を徹底解説! トラウマを乗り越えて作曲したこだわり満載の交響曲
ラフマニノフの交響曲第2番の作曲の背景や聴きどころ、おすすめの音源を紹介します! 交響曲第1番の初演に失敗してトラウマを負ったラフマニノフ。重い腰をあげて作曲した第2番には、どんなこだわりが盛り込まれているのでしょうか?
1993年生まれ、東京都出身。2022年、第1回ひろしま国際指揮者コンクール(旧:次世代指揮者コンクール)優勝。パリ地方音楽院ピアノ科、ミュンヘン国立音楽演劇大学古楽...
ラフマニノフの2番と言えば、まずピアノ協奏曲第2番は頻繁に演奏される曲として挙げられますね! ですが、交響曲第2番も演奏会で取り上げられる頻度の高い曲のうちの一つで、こちらも大変見事な作品です。
さて、交響曲第2番はどのようなバックグランドから作曲された作品なのでしょうか。早速作曲の背景からその魅力に追っていきましょう!
ラフマニノフの交響曲第2番作曲の背景〜なかなか手がつけられない新しい交響曲
まず、ラフマニノフは前作の交響曲第1番の初演に失敗してしまいます。これが1897年のことなのですが、そのショックから精神疾患を患ってしまい、精神科医の治療を受けて回復し、その約4年後の1901年に、ピアノ協奏曲第2番を完成させました。
ラフマニノフ:交響曲第1番 ニ短調 作品13〜第1楽章、ピアノ協奏曲第2番 ハ短調 作品18〜第1楽章
(ラフマニノフによるピアノ演奏)
ピアノ協奏曲第2番は大成功を収め、病気からの克服だけでなく、作曲家としての自信も取り戻します。
そこで、「もう一度交響曲を書きたい」というやる気が芽生えます。そして翌1902年に、次なる交響曲の構想を練り始めます。しかし過去のトラウマがあるので、とても慎重になってしまい、まだスケッチや構想に留まっていました。これが、交響曲第2番の誕生です。
同時期にはピアノ曲の作曲にも気合いが入っており、1903年には《ショパンの主題による変奏曲 作品22》や、《10の前奏曲 作品23》など、ピアノのための大きな作品を書き上げます。
10の前奏曲 作品23〜第5番 ト短調
(ラフマニノフによるピアノ演奏)
さらに 、1904年にはボリショイ劇場の指揮者に就任し、1906年まで指揮活動に熱を注ぐことになります。こうして交響曲の構想は、机の片隅へと追いやられてしまいました。
毎日演奏活動に明け暮れていたラフマニノフとは裏腹に、ロシアの情勢には不穏な空気が漂い始めていました。1905年には、生活水準の向上を訴える市民に対して軍が発砲し、千人を超える死者を出した、血の日曜日事件が起こります。これをきっかけに、反政府運動が起こるようになります。
ラフマニノフは、こうした不安定な情勢に危機感を感じており、1906年から1909年にかけて、家族と共にドイツのドレスデンに滞在します。
そして、指揮者としての活動を一度休止したこの期間、作曲活動を再開させ、一度筆を止めていた交響曲の作曲に再び取り掛かります。まだ交響曲に対してトラウマのあったラフマニノフが、交響曲の作曲に真正面から向き合うことにしたのです。
ラフマニノフの交響曲第2番作曲の経過〜弱音を吐きながらも筆を進める
こうして少しずつアイデアを紡ぎ、新しい交響曲の筆を進めていたのですが、なかなか納得できるものに仕上がりません。1907年初頭には、友人モロゾフへ、以下のように書き送っており、まったく満足していないことを打ち明けています。
新しい交響曲をひとまず最後まで書いてみたけど、まだまだ”草稿”の状態だよ。そんな状態の新しい交響曲を、整理整頓していて思うのだけど、いじればいじるほど、どんどんとつまらなくなっていくんだ。秋までには完成させないといけないのに、本当に不満だらけだよ
さらにその2ヶ月後の4月13日には、同じくモロゾフに、次のように手紙に書いています。
正直に言って、今書いている何曲かの作品の中で、交響曲第2番は最悪の出来だよ。交響曲第2番をさっさと書き終わって、交響曲第1番も改訂したら、もう一生交響曲なんて書かないよ。くそったれ! もうどうしたらいいかわからないし、もっというなら、今書いている新しい交響曲だって、いますぐにでも捨ててやりたいくらいだよ
イライラしていることがとても伝わってきますね……こうしたなかで、第1楽章を納得のいく形まで漕ぎ着けるのに3ヶ月強かかったそうですが、対して第4楽章は1ヶ月、第3楽章は2週間で仕上げたそうです。もはや投げやりになってしまったのかわかりませんが、途中で捨ててしまわないでよかったですね(笑)。
下:ラフマニノフがドレスデンで滞在していた家 “Fliederhof”
ラフマニノフの交響曲第2番初演とその後の反応
こうしてなんとか完成させた新しい交響曲、すなわち交響曲第2番は、1908年1月26日にサンクトペテルブルクで、自らの指揮によって初演され、大成功のうちに終わりました。
サンクトペテルブルクは、交響曲第1番が初演された場所であり、まさにトラウマの地でした。わざわざそこで初演し、成功を勝ち取ることで、自らの嫌な思い出を上書きしたのです。
この作品は、自らの師匠である、セルゲイ・タネーエフ(1856〜1915)に捧げられました。
「個性、独創性、そして素晴らしい人格を兼ね備えた、モスクワの音楽界の頂点に立つ人」と述べており、心から尊敬していたことがわかります。
この曲は、初演後も繰り返し演奏されるようになりましたが、そこでこんな声が飛び交うのです。
「この曲の中で、カットできるところはないか?」
というのも、交響曲第2番をすべて演奏しようと思うと、ほぼ1時間かかってしまうのです。確かに長いです! そこで、指揮者のユージン・オーマンディが、カットできる部分がないかをラフマニノフに尋ねたときのことを、次のように語っています。
私はラフマニノフのもとへ楽譜を持っていきました。第1楽章の序奏の部分のとある2小節を指して、「ここはカットしてもいいよ」と言いました。しかし、そこは彼が唯一許したカット可能な部分でした。続けてこう言ったのです。「作品を省略して演奏するということが、私にとってどんなことだかわかるかね。それは、私の心を切り取るようなものだよ」
と言いながらもラフマニノフは、その他のいくつかの部分のカットできる場所を示したそうですが、かなり渋々と選んだそう。
ラフマニノフ:交響曲第2番 ホ短調 作品27〜第1楽章(オーマンディ、フィラデルフィア管弦楽団)
ラフマニノフが言及した部分がカットされて録音されています。
長いことから、カットの提案までされた交響曲第2番ですが、カットを渋ったのには、ちゃんと理由があるのです。次の項目をご覧になったら、そのわけが少しわかるかもしれません!
ラフマニノフの交響曲第2番の聴きどころ
1時間もかかる大作が完成するまでのお話をして、ここで交響曲第2番の聴きどころをご紹介しないわけにはいきません! ということで、たくさんの魅力があるこの曲の、大きなポイントを2点、ご紹介します!
聴きどころその1:グレゴリオ聖歌の引用 〜トラウマの上書き〜
前述の通り、交響曲第2番は、交響曲第1番のトラウマを抱えて作曲された作品です。交響曲第1番も素晴らしい作品ですが、ラフマニノフの生前は、初演を含めた2回しか演奏されることはありませんでした。
この交響曲第1番には、とあるメロディーが使われていました。それは、グレゴリオ聖歌という、古い聖歌の中の《怒りの日(ディエス・イレ)》という作品でした。
ラフマニノフが生涯好んで用いたとされるモチーフで、交響曲第1番では、全楽章にそのモチーフが使われていました。
グレゴリオ聖歌:怒りの日(ディエス・イレ)
ラフマニノフは、大失敗した交響曲第1番の中で用いたグレゴリオ聖歌のモチーフを、わざわざ交響曲第2番のさまざまな場所に散りばめたのです。
すなわち、自らのトラウマとなった曲のメロディをわざと用いることで、トラウマを制しようとしたのです。
聴きどころその2:全体の統一感に対するこだわり
交響曲第2番は、演奏するのにほぼ1時間もかかる作品ですが、だからこその工夫が施してあるんです! 普通であれば、1時間の作品なんて、演奏する方も聴く方も疲れてしまうと思いますよね……。ですが、それでもこの曲は演奏頻度の高い作品です。
その秘訣として、4つの楽章に分かれているのにもかかわらず、楽章間をまたいで共通のメロディが使われており、統一感があるということが挙げられます。
少しご説明しましょう! 譜例として、わかりやすいところはピアノ編曲譜(Georgy Kirkor編)、オーケストラ譜でないとわかりづらいところはオリジナルの楽譜を用いてお示しいたします!
第1楽章は、低弦による、陰鬱な雰囲気のテーマから始まります。この低弦が弾いている7つの音、ジグザグになっていますよね。このジグザグが、この交響曲第2番の全曲を通じて出てきます!(青で囲ってある部分です)
最後の4つの音だけの場合もありますが、最初の7つの音のモチーフを覚えて聴くだけで、面白さが全く変わってきますよ! 続いて、ヴァイオリンによって、モチーフがほぼ同じ形で演奏されます。これが、序奏部分です。
序奏が終わり、本編(主部)に入ります。ここで、第1楽章のメインメロディ、すなわちテーマが演奏されるのですが、このテーマが、まさに序奏のモチーフをそのまま用いたものなのです!
次の第2楽章を見てみましょう。こちらは序奏がなく、初めからメインとなっています。
このメインのテーマ、ちょっとジグザグ感はありますが、少し第1楽章のメロディとは違います……。ですが、こちらも少し覚えておいてください(赤で囲ってある部分)!
嵐のような第2楽章が終わり、ため息が出るほど美しい第3楽章です。ヴァイオリンによって、まずメインとなるモチーフが演奏されます(緑で囲ってある部分)。
第3楽章の聴きどころでもある、長いクラリネットのソロが終わって中間部に入ると……なんと第1楽章のテーマが出現するのです! 第1楽章のテーマは、その後しばらく第3楽章の中でも出現し続け、その後、第3楽章のメインとなるメロディと一緒に演奏されます!
そして、最後の第4楽章です。ものすごく勢いのある音楽なのですが、この楽章の最初のメロディを見てみると、なんと第2楽章と同じものが使われています! 忘れてしまった方は、少し前へ戻って、第2楽章の冒頭の譜例を見てみてください!
しばらく、第2楽章のメロディを元にした音型が、第4楽章で何度も繰り返されるのですが、中間部に入ると、なんと驚きの展開が……。
第3楽章の、あの美しいメロディが、何かを思い出したかのように、ふと現れます! しかも同時に、第1楽章のテーマまで一緒です!
こうして、楽章間をまたいで共通したメロディが出てくると、まるで小説の中で最初のほうに出てきた登場人物が、最後にふと登場してきて懐かしくなるような、そんな気分になります。
今ここでご説明したものはほんの一部で、他にも楽章間にさまざまな関連があり、面白い聴きどころが満載なのですが、紹介していくとキリがないので、それはまた別の機会に……!
1時間近い交響曲だからこその楽しみ方がある、交響曲第2番。ぜひ本を読むように、ゆっくり味わってみてください!
ラフマニノフの交響曲第2番のおすすめ音源
おすすめ音源その1:ユージン・オーマンディ & ミネアポリス交響楽団(1934年録音)
おすすめ音源その2:ニコライ・ゴロワノフ & モスクワ放送交響楽団(1945年録音)
おすすめ音源その3:セミョン・ビシュコフ & パリ管弦楽団(1990年録音)
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