パリで出合ったカラヴァッジョとブラックのヴァイオリン絵画
日曜ヴァイオリニスト兼、多摩美術大学教授を務めるラクガキストの小川敦生さんが、美術と音楽について思いを巡らし、素敵な“ラクガキ”に帰結する大好評連載の第7回です。
西洋絵画では重要なモチーフとして度々登場するヴァイオリン。その美しさは、画家の心をとらえて離さないようです。ところで、ヴァイオリンはいつこの形として完成したのでしょう? そのヒントをカラヴァッジョの絵に探ります。
そして時代は20世紀――今度はヴァイオリンを「解体」する画家現る!?
1959年北九州市生まれ。東京大学文学部美術史学科卒業。日経BP社の音楽・美術分野の記者、「日経アート」誌編集長、日本経済新聞美術担当記者等を経て、2012年から多摩...
劇的な人生を送り、殺人まで犯した画家カラヴァッジョが、精緻に描いたヴァイオリン
日曜ヴァイオリニストを自称している筆者は、美術館巡りをしているときにあるモチーフと出合うとしばしばじっくり観察してしまう。ヴァイオリンだ。昨年末、パリを訪れた時に対面したその絵は格別だった。
12月25日、ほとんどの美術館がクリスマス休業ということで閉館していた中で、知人から「ここなら開いてるよ」と教えられたジャックマール・アンドレ美術館でのことだった。開かれていたのは「ローマのカラヴァッジョ」展。心を捉えて離さなかったのは、《リュートを弾く若者》という油彩画だ。
「えっ、音楽をテーマにしていることはわかるけど、ヴァイオリンじゃない」って? 絵の主人公がつま弾いているのはリュートという古楽器だが、手前の卓上にヴァイオリンが無造作に置かれた風景が描かれていたのである。作品はロシアのエルミタージュ美術館所蔵だった。
カラヴァッジョは16世紀後半から17世紀初頭にかけて現代のイタリアにあたる地域で活躍したバロック美術を代表する画家。明暗をくっきり描くことで画面に劇的な効果をもたらし、カラヴァッジェスキと呼ばれる追随者をたくさん生んだ。一方、ローマで殺人を犯してナポリやシチリア島に逃亡、ローマに戻る途中でのたれ死にしたことなどでも知られ、映画の題材にもなった。すべてが劇的な画家だったのだ。
《リュートを弾く若者》を実際に目にすると、殺人を犯した荒くれ者とは思えない精緻な筆遣いに魅入られる。カラヴァッジョ独特の明暗効果は、この絵でも存分に生きている。人物、楽譜、花瓶の花、野菜、そして2つの楽器が、強い光に照らされており、暗い背景との対比が個々のモチーフの存在感を際立たせている。
ヴァイオリン制作者、ストラディヴァリが生まれる半世紀前に描かれていた!
《リュートを弾く若者》の制作は1595〜96年。ヴァイオリン制作者の家系で著名なストラディヴァリの初代アントニオが生まれる半世紀ほど前に描かれたことになる。カラヴァッジョにはほかにもヴァイオリンを描いた絵がある(ベルリン国立絵画館蔵《アモルの勝利》)。そちらと併せて見てもつい唸ってしまうのは、「今のヴァイオリンの形と変わらない!」ということである。
あまり知られていないが、カラヴァッジョを1世紀ほど遡る時代に絵画史上で大きな足跡を残したレオナルド・ダ・ヴィンチは、実はヴァイオリンの前身に当たる「リラ」という楽器を弾くのを得意とした演奏家でもあった。ただし、現在に残るリラの形を見ると、今のヴァイオリンよりもずいぶんゴテゴテしている。ところがカラヴァッジョが描いたヴァイオリンは、表板に空いたf字孔などの細部を見ても現代の楽器とほぼ同じ機能的な形をしている。ヴァイオリンの形がこのころ概ね「完成」していたことを物語る。
楽器はやはり見た目よりも音が重要。理想的な音が出る形を求めて楽器を制作する職人たちも試行錯誤をする。しかも、サロン、コンサートホール、屋外、さらには録音メディアやウェブでの視聴など時代と場所によって演奏環境は大きく変わる。その完成形が今から400年以上も前にできていたのは、凄いことなのではないだろうか。西洋絵画においては、楽器には刹那性や愛などいろいろな意味が込められるものだが、まずはその美しい姿を画面に登場させたいというのが画家の根本的な衝動としてあるのではないかとも思うのである。
美しくて完璧だからこそ、「解体」もできてしまう?
奇しくも昨年末のパリでは、そんな美しい楽器を「解体」した絵にも出合った。現代美術の殿堂として知られるポンピドゥー・センターで開かれていた「キュビスム」展に出品されていた、ジョルジュ・ブラックとパブロ・ピカソの1910年前後の作品群だ。特にブラックはかなり多くの作品で、「解体」したヴァイオリンを登場させていた。
「解体」という言い方をしたが、キュビスムはモチーフを多視点で捉えた斬新な試みとして知られる。ヴァイオリンに限らず〝もの〟を見るときには、まず全体の形を捉えるのが通常のあり方だろう。ところがブラックやピカソは部分によって見る角度を変えたりパーツをばらばらにしたりした。筆者の想像だが、ヴァイオリンは形が完成された存在だからこそ、「解体」する意義があったのではなかろうか。美しいものは壊したくないと思うのが常識的な感覚だ。時代を変える表現を模索していたキュビスムの作家たちは、だからこそヴァイオリンを対象に選んだのだろう。理知的に見えるキュビスムの試みにも実はそんな情動的な側面があると考えると、また絵の見方が変わってきておもしろい。
会場 ジャクマール・アンドレ美術館(パリ)
会期 2018年9月21日(金)〜2019年1月28日(月)
会場 ポンピドゥー・センター(パリ)
会期 2018年10月17日(水)〜2019年2月25日(月)
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