ヴィブラート:イタリア語の振動するに由来! 普及には歴史と弦の種類も関係
1993年生まれ、東京都出身。2022年、第1回ひろしま国際指揮者コンクール(旧:次世代指揮者コンクール)優勝。パリ地方音楽院ピアノ科、ミュンヘン国立音楽演劇大学古楽...
弦楽器や歌の演奏技法の1つである、ヴィブラート。この言葉は、「震える、振動する」という意味のイタリア語の動詞vibrareの過去分詞からきています。時代やスタイルにもよりますが、ヴィブラートとは、ある特定の1つの音を上下に少しだけ揺らして演奏されることを指します。
弦楽器における2種類のヴィブラート
ヴィブラートの歴史のはじまりは中世まで遡るそうですが、その真相は未だ定かではありません。しかし、“ヴィブラートのようなもの”の痕跡は辿ることができます!
カッチーニの曲集《新しい音楽》(1602年)では、トレモロのような歌唱法が紹介されていますが、1つの音を細かく反復する様子は、ヴィブラートと似ています。この種のヴィブラートは、時代とともに大きな発展を遂げてきました。
ここで弦楽器におけるヴィブラートは、大きく2種類に分かれました。
まず、バッハの作品にもよく見られますが、現在のように指でヴィブラートをする代わりに、弦楽器の弓で緩急をつけてヴィブラートをする奏法(ボーゲンヴィブラート)です。
もう1つは、弦を押さえた指で行うヴィブラートです。
レオポルト・モーツァルトは著作『ヴァイオリン奏法』(1756年)の中で、「鐘を打った時に残響が波打って聴こえるが、この残響の揺れをトレモロという」と書いていますが、これは、いわゆるヴィブラートの考えに近いでしょう。しかも、まだ当時は、ヴィブラートという言葉は普及していなかったのです。
そして、レオポルト・モーツァルトは、この残響の揺れについて、「弦を指でしっかり押さえ、そのまま手を前後に揺り動かす」ことを推奨しています。まさに、現在のヴィブラートと同じ奏法です!
クラヴィコードという、18世紀まで広く使われたピアノのような楽器でも、鍵盤を揺らすことで、弦楽器における指で行なうヴィブラートのような音色を作ることができます。
ただ、指のヴィブラートはあくまでも装飾のような効果として用いられていたようで、特別な音や、長い音にだけ用いられており、この考えは20世紀初頭まで続きます。
ここで転機が訪れます……!
ガット弦の衰退とヴィブラートの普及
もともと弓を使って弾く弦楽器の弦には、羊の腸をねじったものを使っていました(ガット弦)。牛の腸をねじった弦もありますが、これは特にギターのような撥弦楽器に使われました。
この弦は、主にイタリアのアブルッツォ地方で作られていました。この地は山脈の麓にある、岩肌が剥き出しの場所。そのため植物が育ちづらく、劣悪な環境でも育てられる羊が多く飼育されていました。
羊のガット弦は、アブルッツォ地方からヨーロッパへ輸出されていましたが、1本1本が大変高価で、こまめな手入れが欠かせません。そのため19世紀末には、安価で大量生産しやすい金属のスチール弦も製造されるようになりました。
当初、そこまで普及しなかったスチールは、ある出来事を境に一気に普及します。第一次世界大戦です。
まず、戦争によって、コストのかかるガット弦の製造が落ち込みます。さらに、イタリアは、第一次大戦で隣国オーストリアと激しく戦ったのですが、その際に、イタリアからヨーロッパ各国に結ばれる交通網も遮断されました。このことで、ガット弦はイタリア国外に行き届かなくなったのです。
その結果、苦肉の策として、安価で製造しやすいスチール弦が各国で作られるようになりました。
柔らかい素材で作られたガット弦は、柔らかく豊かな響きを持っているのですが、スチール弦は金属でできているため、ガット弦と比べて音が硬いのです。そのため、スチール弦で演奏する際に、ヴィブラートをかけて豊かな響きを作り出すことが必要になりました。
現在、弦楽器のほとんどはスチール弦で演奏されますが、このようにして、スチール弦が普及した結果、ヴィブラートをせざるを得なくなったのです……!
ヴィブラート聴き比べ
1つ目はヴィブラートをしない演奏、または少ない演奏、2つ目はヴィブラートを取り入れた演奏、または多い演奏です。
モーツァルト:クラリネット五重奏曲 KV581〜第1楽章
シューベルト:交響曲第7番 D.759「未完成」〜第2楽章
ブラームス:交響曲第3番 作品90〜第3楽章
最後に余談ですが、実は雅楽にもヴィブラートがあります。箏の演奏法に「揺色(ゆりいろ)」という、ヴィブラートと同じ演奏技法があります。ブラームスも箏の生演奏を聴いたそうですが、どう思ったのか気になりますね!
八橋検校:「六段」
「ユ◉」と書かれた部分が揺色、いわゆるヴィブラートの指示です。
あのブラームスも、この「六段」を聴いたと言われています。
ヴィブラートを聴いてみよう
1. バッハ:ブランデンブルク協奏曲第5番 BWV1050〜第1楽章
2. ハイドン:ピアノソナタ第11番 Hob.XVI:2〜第2楽章 (クラヴィコードでの演奏)
3. クライスラー:美しきロスマリン
4. バルトーク:弦楽四重奏曲第4番〜第3楽章
5. ジョニー・ホッジス:Didn’t know about you
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