読みもの
2020.05.19
大井駿の「楽語にまつわるエトセトラ」その4

ピツィカート:語源はつまむ。はじめは酷評された弦楽器の奏法

大井駿
大井駿 指揮者・ピアニスト・古楽器奏者

1993年生まれ、東京都出身。 パリ地方音楽院、ザルツブルク・モーツァルテウム大学ピアノ科・指揮科卒。 同大学院、ミュンヘン国立音楽演劇大学でピアノ、指揮、古楽の3科...

モンテヴェルディ《タンクレディとクロリンダの戦い》の初版。
“Qui si lascia l'arco & si streppano le corde con duoi deti (弓を置き、弦を2本の指ではじく)”
音楽史上初のピツィカートの指示です。

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特殊奏法の古株的存在である、ピツィカート。

弦をつまんではじいて演奏したことから、「つまむ」という意味を持つイタリア語の“pizzicare (英語 pinch)”から派生した楽語が付けられました。

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もともとは、イタリアの作曲家モンテヴェルディ(1567〜1643年)が使ったのが始まりとされていますが、このとき、すでに弦楽器を弓で擦って弾く奏法が確立されていたため、保守的な団員だけでなく聴衆からも「安っぽい音で品がない」と酷評されたそうです。

しかし、時間が経てば慣れるもの。時代ほどなくして、H.ビーバー(1644〜1704年)という作曲家が、《戦闘》という曲の中で銃声音を表すために、弦を強く引っ張って指板に叩きつけて破裂音を作るピツィカートを導入しました (のちにバルトーク・ピツィカートと呼ばれる奏法)。

その後、ピツィカートは受け入れられ、多くの作曲家がこぞって曲に使用し、ヨゼフ・シュトラウスの「ピツィカート・ポルカ」のように、ほとんどがピツィカートのみで演奏される作品も書かれました。

さらに、独特の表現方法を持つピツィカートは、なんと実際にピツィカートのできないピアノ曲においても模倣され、ブラームスはピアノ作品に“quasi pizzicato (ピツィカートのように)”の指示を3度も用いました!

こうしてピツィカートは、最初は非難されながらも音楽表現に広い幅を与えることになったのです。

ブラームスの《パガニーニの主題による変奏曲 第2巻》第8変奏より。
ピアノのための作品ですが、ヴァイオリンのために書かれた原曲を彷彿とさせるかのように“quasi pizz. (ピツィカートのように)”の指示が見られます。
バルトークの弦楽四重奏曲第4番 第4楽章より。
ピツィカートはpizz. と略されることが多いですが、バルトーク・ピツィカートは地図記号の果樹園のようなマークで指示されます。

ピツィカートを聴いてみよう

1. モンテヴェルディ:《タンクレディとクロリンダの戦い》
2. ビーバー:《戦闘》 〜アレグロ
3. ヨゼフ・シュトラウス:《ピツィカート・ポルカ》
4. ブラームス:《パガニーニの主題による変奏曲 第2巻》作品35-2〜第8変奏
5. バルトーク:弦楽四重奏曲第4番 〜第4楽章
6. 
アンダーソン:Plink, Plank, Plunk!

大井駿
大井駿 指揮者・ピアニスト・古楽器奏者

1993年生まれ、東京都出身。 パリ地方音楽院、ザルツブルク・モーツァルテウム大学ピアノ科・指揮科卒。 同大学院、ミュンヘン国立音楽演劇大学でピアノ、指揮、古楽の3科...

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