読みもの
2022.09.09
五月女ケイ子の「ゆるクラ」第6回 クラシック作曲家たちの恋愛事情編

愛の名曲3選~ワーグナー、エルガー、シューマンの愛のカタチ

クラシック音楽に囲まれる家庭環境で育ったイラストレーターの五月女ケイ子さん。「ゆるクラ」は、五月女さんが知りたい音楽に関する素朴な疑問を、ONTOMOナビゲーターの飯尾さんとともに掘り下げていく連載です。五月女さんのイラストとともに、クラシックの知識を深めていきましょう! 今回は作曲家が贈る愛の名曲を紹介します。

イラスト・執筆
五月女ケイ子
イラスト・執筆
五月女ケイ子 イラストレーター/脱力劇画家

山口県生まれ横浜育ち。幼い頃から家にクラシックが流れ、ロックは禁止、休日には家族で合唱するという、ちょっと特殊な家庭で育つ。特技はピアノ。大学では映画学を専攻し映画研...

お助けマン
飯尾洋一
お助けマン
飯尾洋一 音楽ライター・編集者

音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...

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ピアノが弾ける男性ってモテ率高いですが、好きな人に曲をプレゼントするのは、ちょっとナルシストっぽい感じだし、クオリティ次第では、目も当てられない恥ずかしい事態になりかねません。でも、名だたる作曲家からのプレゼントなら、話が違ってきますよね。

今回は、飯尾先生に、作曲家が愛する人に贈った名曲を教えていただきました。

ワーグナー《ジークフリート牧歌》

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ワーグナーの2人目の妻コジマの誕生日のお祝いに贈られた曲。長男の名前にちなんだタイトルのこの曲は、朝、コジマが目覚めたときに、部屋に隠れていた十数人の楽員によって演奏されました。でも、する方の盛り上がりに比べ、された方がリアクションに困るのがサプライズの常。しかも寝起きに、レストランで花火付きのケーキが運ばれてくる、あのノリでこられたら、一人、置いていかれた気分になりそうです。

さて、ワーグナーのお手並み拝見と、曲を聴いてみたら、寝起きにぴったりな、なんと優しくて、愛にあふれた曲! これなら寝た子が驚いて泣き出し、逆に迷惑したなんてこともなさそう。一見、傲慢なイメージのワーグナーからこの曲をプレゼントされたら、お互いに不倫だったり、結婚前に子どもを生んで、夫と3人で暮らしを共にしたりとか、ドロドロをくぐり抜けてきた苦労なんて吹っ飛び、「一生ついていきます」と心に決めるに違いありません。その後コジマは、ワーグナーの死後も、故人の遺志をついで、バイロイト音楽祭の監督になり、彼を支え続けたそうです。

ワーグナー《ジークフリート牧歌》

エルガー《愛の挨拶》

かの有名な《愛の挨拶》は、エルガーが恋人アリスに婚約のプレゼントとして贈った曲。アリスは8歳も年上で、家柄も格上だったので、名も無い貧乏作曲家との結婚に周囲は大反対、それを押し切り勘当されるも同然に結婚したそう。作家として名をなしていたアリスですが、その後、マネージャーや秘書としても、エルガーを陰日向になって支え、最終的にエルガーはナイトの称号を得るまでに。

この曲はひねくれた私には、ベタすぎると感じていた理由がわかりました。タイトルといい、経緯といい、この曲には、どストレートな「愛」しかなかったからなんですね。

試しに、贈られた身になって聴いてみたら、「愛してる」と何百回言われても足りないくらいの愛を感じて、天にも昇る心地になりました(単純)。この曲から溢れる愛が、アリスを突き動かし、エルガーを成功に押し上げたにちがいありません。

エルガー《愛の挨拶》

シューマン《ミルテの花》

シューマンは連作歌曲《ミルテの花》を、結婚式の前日に新妻クララに贈りました。この頃、たくさんのピアノ曲をクララに捧げたシューマン。父親に反対され、法廷で争うほど、紆余曲折あっての結婚だったので、愛があふれ出してもいたし方ありません。

下校時に流れていた「トロイメライ」が、中学生には切なすぎてトラウマになるレベルでしたが、クララがいなければこのどうしようもなく甘美な旋律は生まれなかったのかもしれませんね。

愛に包まれながら、8人の子どもを育て、ピアニストとしても活躍しながら、精神の病に侵されたシューマンを支えたスーパーウーマン、クララ。作曲家でもあったクララのテーマをもとにシューマンは曲を作り、お返しとして、クララは、その曲を主題にして作った変奏曲をシューマンの誕生日に贈りました。作曲家同士にしかできない愛の交換。

2人に付け入る隙はなさそうですが、そこに付け入ったのが、あのブラームス。14歳年上のクララに、密かに恋していたとも言われ、同じ曲をもとに、変奏曲を作り、クララの誕生日に贈ったそうです。どういう意味があるんでしょう。すごく意味深ですね。

シューマン《ミルテの花》、クララ・シューマン《ロベルト・シューマンの主題による変奏曲》、ブラームス《ロベルト・シューマンの主題による変奏曲》

今まで、自分には甘すぎて敬遠していた愛の曲たちも、贈られた身になって聴いたら、途端に色が変わりました。こんな曲をプレゼントされた日には、恋の魔法をかけられてしまうのも当然です。でもそもそも、愛する人への想いがなければこの曲はできないし、女性たちのその後の献身的な支えの原動力になったのは、間違いなくこのプレゼントだったのでしょう。愛のスパイラル。そのお裾分けをいただいて、しばし、幸せに浸りたいと思います。

イラスト・執筆
五月女ケイ子
イラスト・執筆
五月女ケイ子 イラストレーター/脱力劇画家

山口県生まれ横浜育ち。幼い頃から家にクラシックが流れ、ロックは禁止、休日には家族で合唱するという、ちょっと特殊な家庭で育つ。特技はピアノ。大学では映画学を専攻し映画研...

お助けマン
飯尾洋一
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飯尾洋一 音楽ライター・編集者

音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...

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