TVアニメ『スーパーカブ』引き算された演出に忍び込むクラシック音楽の数々
ドラマをよりドラマチックに盛り上げているクラシック音楽を紹介する連載。
第8回は、ある女子高生がカブに出会い、少しずつ世界を広げていくTVアニメ『スーパーカブ』。各話に登場するクラシック音楽たちは、作品をどのように彩っているのか。
1997年大阪生まれの編集者/ライター。夕陽丘高校音楽科ピアノ専攻、京都市立芸術大学音楽学専攻を卒業。在学中にクラシック音楽ジャンルで取材・執筆を開始。現在は企業オウ...
ドラマチックではない、しかし「余白」が美しい作品
この連載タイトルは「ドラマチックにする音楽」だが、TVアニメ『スーパーカブ』がドラマチックかどうかと聞かれると、すんなりとうなずけない。
なぜならこのドラマは女子高生の「日常」を描いているもので、大きな感情の起伏や衝撃的な事件があるわけではない。ただそこにカブがある、そんな物語だ。
舞台は山梨県北杜市。アパートで一人暮らしをしている大人しい高校2年生の少女、小熊(CV:夜道雪)。家族も友達もおらず、自宅と学校を自転車で往復するだけの毎日を送っていたが、カブに出会うことで少しずつ生活に彩りを足していく。
カブを通じて友達になった礼子(CV:七瀬彩夏)は言う。「カブがあればどこにでも行けるわよ」。
その言葉通り、小熊はカブを手に入れることで、自分の狭いテリトリーから少しずつ外に出ていく。遠出をしてみたり、苦手だった人付き合いをしてみたり、友達を助けたりする。カブに乗るだけで世界が変わる。愛すべきアイテムに出会うだけで、どれだけ幸せなことだろうかと思う。
派手な演出はない。説明口調のセリフも一切ない。音楽の使用も少ない。
絵画やデザインや書などの創作物は、余白が肝だとよく言われる。まさに『スーパーカブ』も引き算されて編み出された作品だといえる。その「余白の美」こそが、観るものに温かい心地よさを感じさせているのだろう。
作品のなかに自然と入り込むクラシック音楽たち
その隙間にすっと入り込んでくるのが、クラシック音楽の名作の数々だ。
登場人物の感情やシーンの状況を表すほどの強い存在感を放っているわけではない。
「余白の美」の活きる創作物を構成する要素の一つとして、『スーパーカブ』という作品をより立体的にみせる粋な役割を担っているのがクラシック音楽なのだ。
使用されているのは主にピアノ作品。中でもドビュッシーの曲が多く流れている。
Lento(ゆるやかに)やAdagio(ゆっくり)から、速くてModerato(中くらいの速さで)まで、総じてゆったりめの音楽ばかり。
時にサティ《ジュトゥヴ》のようにリズミカルさや、ヴィヴァルディ《四季》より〈冬〉のような緊迫性を伴うこともあるが、それもかなりイレギュラーだ。
時々作品のタイトルと物語の内容が合致しているようにみえるのも興味深い。
髪の長い礼子と親しくなり始めたときにドビュッシー《亜麻色の髪の少女》、礼子が富士山という夢を目指すべくバイトを探すシーンはドビュッシー《夢想》、友達・椎(CV:日岡なつみ)が事故のため愛用自転車を乗れなくなった傷心中にラヴェル《亡き王女のためのパヴァーヌ》がかかる、など。
制作者がねらったかどうかはわからないが、選曲意図への勝手な想像がはかどる。
それのみで成立する立派な芸術作品たちが、穏やかな日常を描く作品の物語性を一層引き立たせる。
劇的な効果を生み出しているわけではないかもしれない。しかし、物語と音楽のバランスの妙が『スーパーカブ』という作品に奥行きを与え、キャラクターとカブの特別な関係性に説得力を与えているのだといえる。
キャスト:夜道雪、七瀬彩夏、日岡なつみ
原作:トネ・コーケン/イラスト:博(角川スニーカー文庫刊)
監督:藤井俊郎
シリーズ構成、脚本:根元歳三
キャラクターデザイン:今西亨
協力・監修:本田技研工業株式会社
制作:スタジオKAI
製作:ベアモータース
©️Tone Koken,hiro/ベアモータース
公式サイト:https://supercub-anime.com/
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