読みもの
2019.07.17
インターネットの波に乗り、地中海の島サルデーニャで日本人合唱団が大人気!!

イタリアのサルデーニャ島で局地的バイラル・ヒットを飛ばす東京の合唱団Tenores de Tokyo

日本ではまだあまり知られていないにもかかわらず、イタリアの島・サルデーニャでは知らない人がいないくらいの人気を誇る日本のボーカルグループ、Tenores de Tokyo。彼らが歌うのは、サルデーニャ地方に伝わる倍音唱法による「カント・ア・テノーレ」だ。ある地方で連綿と歌い継がれてきた伝統音楽が、ネットを介して遠い国々を結びつける――そんな新たな未来を感じさせるTenores de Tokyoの活動に迫る。

取材・文
類家利直
取材・文
類家利直 音楽ジャーナリスト

2011年からスペイン・バルセロナを拠点にヨーロッパ各地の音楽系テクノロジーや音楽シーン、Makerムーブメントなどについて執筆。大学院でコンピューターを活用した音楽...

写真:中村光博

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「あなたたちは、あのビデオの人たちですか?」

イタリア・サルデーニャ島。ヨーロッパではリゾート地として知られる。地中海のほぼ真ん中に位置するその島で、道を歩けば声をかけられるほど、知らない者がいないというぐらい数年前から話題になっている日本のボーカル・グループがいる。

東京の合唱団、その名もTenores de Tokyoだ。

サルデーニャに伝わる伝統的な倍音唱法による男声合唱カント・ア・テノーレ(Canto a Tenore)を歌うこのグループは、日本ではあまり知られていないにもかかわらず、サルデーニャ島(人口165万人)で老若男女が今一番注目するホットなグループとなった。Tenores de Tokyoのメンバーは、日本で合唱の指揮者・指導者として活躍している者もいれば、アンダーグラウンドなノイズシーンで活躍しているヴォイス・パフォーマーもいるという興味深いグループだ。

サルデーニャは、地中海地域の長い歴史の中でさまざまな国・民族から侵略され影響を受けながらも独特な伝統文化を継承していることで知られる。今回はそのサルデーニャの独自の文化とTenores de Tokyoの関係をご紹介したい。

動画の再生回数は57万回以上!

上はTenores de Tokyoが今年の3月にサルデーニャ島を訪れ、カーニバルが行なわれていた島中西部の町ボーザ(Bosa)の一角で、地元の人にリクエストされ歌ったときのものだ。

地元の写真家がこの動画を撮影してFacebookに投稿した直後にバイラル・ヒット。公開から3ヶ月ほど経った6月現在Facebook上で、いいね! 3247件 シェア13,420件、再生57万回、というイタリアを訪れた日本人アーティストとしては驚異的な人気を獲得している。サルデーニャの州都カリァリ(Cagliari)で開催されたライブは満員で、多くの人々が会場に入れず、路上に溢れた。そのツアーの様子はサルデーニャ現地の新聞やTVなどでも報道され、さらにRAI(イタリアの公共放送)からも番組出演のオファーが届いている。

ユネスコ無形文化遺産にも認められたサルデーニャ島の倍音唱法によるカント・ア・テノーレとは?

カント・ア・テノーレ、あるいはテノーレス(Tenores)はサルデーニャに伝わるリードボーカルと3つの低音部による男声のポリフォニー(多声合唱)。2005年にユネスコの無形文化遺産に指定されたテノーレスは喉音を使った倍音唱法で、モンゴルやトゥバ共和国など中央アジアでも見られる唱法と似ているが、男声合唱の形式を取っているのはサルデーニャだけ。特に牧畜の盛んなサルデーニャ内陸の山岳地帯バルバジア(Barbagia)で、動物の声(牛や羊)や自然の音(風や雷)などを真似て、羊飼いが集まって歌い始めたことが発祥ではないかと言われている。

サルデーニャ山岳地帯の町オルゴーゾロ(Orgosolo)のテノーレスによる実演。険しい山々に囲まれ、自然に近いところで代々生活を送ってきたサルデーニャ人たちの記憶が伝わってくるようだ。

数年前から地元新聞に動画が取り上げられ、SNSを通じてバイラル・ヒット!

実はこのTenores de Tokyoの人気は、降って湧いたように突然起こったものではない。このグループがイタリアの島で大量のアクセスを集めたきっかけは数年前にYoutubeで公開した彼らの練習風景のビデオだった。

この動画がサルデーニャの地元新聞紙のWebサイトの「今週のビデオ」コーナーなどに取り上げられ、数年前から現地で少しずつ注目を集め始め、一部の音楽関係者や演奏家らにも認知が広まっていた。

筆者の私は以前サルデーニャ島に住んでいたことがあり、2016年頃に休暇を過ごしにサルデーニャへ戻った際に、「テノーレスを歌う日本のグループが新聞で取り上げられていた」と音楽関係の仕事をしている友人数名から知らされた。しかも「練習してもなかなか出せない音域の発声ができていて何だかうまい」という好評価。自分には技術的な良し悪しは判別できなかったが、このグループとたまたま共通の知り合いがいたので連絡を取った。このグループの代表者に「どうもサルデーニャで話題になってるみたいですよ」と伝え、一度サルデーニャを来たらどうかと勧めた。

その後、2017年末にFacebookで公開した上記の動画がブレイク(サルデーニャを中心に4000シェア)。オンラインでの手応えを感じたグループは、ついに2019年3月カーニバル期間のサルデーニャを訪れ、いくつかのテノーレスの現地グループと交流した。

「あの音響は鼓膜以外の感覚、特に肌の感覚に強く訴えかけますね。 この音楽の醍醐味は体で直に体験してこそと思います」

Tenores de Tokyoでリード・ヴォーカルに当たるオッゲ(Oche)を務めている佐藤拓氏はそう語る。ネット上の動画だけを拠り所にずっと東京で練習を重ねていたグループは、現地の実演家たちと肩が触れ合う距離で息遣いや体の振動を感じながら共に歌い、サルデーニャの各地域でそのレパートリーを教わった。

合唱指揮者 佐藤拓氏の民族的な音楽文化への想い

写真:中村光博

佐藤氏は合唱指揮者として国内各地の合唱団を指導している。学生時代はドイツ文学を専攻しグリークラブの指揮者を務め、またイタリア留学経験もあり、いわゆるクラシック音楽の歌唱がベースにはある。
しかし、その傍ら北欧・バルトを中心とした近現代の合唱作品を主なレパートリーとしているシグナス・ヴォーカル・オクテットや日本民謡を歌う常民一座ビッキンダーズ(今年4月に行なわれた「まみやまみれ」と題した公演では、間宮芳生作曲の『日本民謡集』を3人の座員で全曲歌いきった) を主宰している。またラトヴィア語の歌のみを専門に歌う日本ラトヴィア音楽協会合唱団ガイスマでは、指揮者として2013年と2018年にラトヴィアを訪れ、ラトヴィア歌と踊りの祭典に参加した。

上記以外にも多くの団体の活動に関わっていて、活動が多岐に渡っているので「広く浅く」なってしまう危険もあるのではないかと尋ねたところ、佐藤氏はこのように答えた。

「バルト3国のものは、僕の中ではクラシック音楽の範疇に入っている感じですね。 でも、日本民謡とかバルト3国とかサルデーニャのテノーレスなどは“民族的”であるという点で、共通性を持っていると思っています。最終的には、諸民族の音楽から学んだものを、日本の民族的な素材で生かせないか、というのが大きなテーゼになっています」

こういった民族的なものへの佐藤氏の憧憬は、長い歴史の中で無名の人々によって連綿と歌い継がれてきたことによる表現の奥深さ、キャラクターの多彩さ、音楽が「人」と「土地」とに強く結びついていることへの敬意から生まれているという。

インターネット時代に起きた思いがけない新たな文化交流

サルデーニャで日本の民謡を披露する佐藤氏

「日本から遠く離れた諸外国の音楽文化を学びながら、日本でも伝統や歴史から地続きで生まれる音楽を育てて、それを海外に認めさせたい、はやらせたい」。佐藤氏はそういった志を胸に抱いているという。それは容易ではなさそうだが、サルデーニャの人々にとってもまた、テノーレスという独特な合唱の良さを遠い日本で理解して歌っている合唱団があろうとはまったく想定していなかったことで、驚いていたのだ。もちろん、その逆も起こりうるだろう。

ピコ太郎、ガンナムスタイル、こんまり等、世界で受けが良いアジア発のコンテンツは、日本人にとっても思いがけないものも多いが、今回の出来事は「インターネット時代に起きた思いがけない文化交流」の新しい事例と言っていい。

また「合唱」という媒介を通して人と人を結びつけ、合唱団というコミュニティを育てる、そういったことを普段のアマチュア合唱団での指導で佐藤氏は意識しているというが、今回は合唱を通して遠い地中海の島サルデーニャと極東の島国である日本の人と人とが結びつけられた。伝統に根ざしながらも、「声」という世界共通の表現方法を通したコミュニケーションであるという点も強みであろう。今後も両者がどのように関係を育んでいくか、興味深くその進展を見守っていきたいと思う。

現在、都内でTenores de Tokyoの練習会が定期的に開催されているという。団員を募集しているそうなので、興味を持った読者の方は体験に訪れてみてほしい。

取材・文
類家利直
取材・文
類家利直 音楽ジャーナリスト

2011年からスペイン・バルセロナを拠点にヨーロッパ各地の音楽系テクノロジーや音楽シーン、Makerムーブメントなどについて執筆。大学院でコンピューターを活用した音楽...

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