眠りを誘う究極の癒し! アイヌに伝わる楽器トンコリを体験!
楽器探索シリーズ第6弾は、樺太(サハリン)のアイヌに伝わる弦楽器、トンコリをご紹介! TVアニメ『ゴールデンカムイ』の影響で、静かなブームを呼んでいるこの楽器。はたしてどのように演奏するのでしょうか? トンコリ奏者であり、アイヌ文化の研究者でもある千葉伸彦さんに教えていただきました。
いちど伝承者が途絶え、いまだに謎が多い楽器
━━今日お持ちいただいたトンコリは、すべて同じ種類ですか?
千葉 トンコリは、主に樺太(サハリン)のアイヌに伝わっていた楽器ですが、樺太の東海岸地方と西海岸とでは、調弦(チューニング)が異なります。今日は、双方のスタイルのトンコリを持ってきました。
樺太の地図
━━どのような違いがあるのですか?
千葉 トンコリには5本の弦が張ってあるのですが、例えば、ギターのように1弦から音が高い順に並んでいるのではありません。東海岸の調弦は、真ん中の弦がいちばん高く、逆に、西海岸の調弦は真ん中がいちばん低いうえに、並びも不規則なんですよね。
西海岸に伝わるトンコリについては、伝承者がほとんどいないため、わからないことがたくさんあるんです。もっとも、トンコリの文化自体、1970年代に伝承が途絶えそうになり、研究者も参加して、伝承の記録や、残された録音や資料を元に復元するなどしながら、現在に至っています。
━━こちらの楽器は比較的新しいものなんですね。
千葉 邊泥(ぺて)敏弘さんという、今をときめく若手の作家さんが作ったものです。彼が作ったものは、どれも響きがいいので、気がつくと彼の楽器を手にとっていますね。
━━ボディや弦の材料について教えてください。
千葉 木材は松を使うことが多いです。丸太を半分にして、くりぬいて蓋をするのですが、ひとつの材を切り出して作っています。
各部位は、頭(サパ)、耳(キサラ)、首(レクフ)と、人間の身体になぞらえた名前が付けられていて、響孔は、へその穴(ハンカプイ)にあたります。ボディの中には、ガラス玉やくるみの実が入れてあって、これが楽器の魂だといわれています。自分の魂と合わせて、2つ入れる人もいたようです。弦(カー)は、昔はクジラなどの腱を割いて、より合わせたものを使っていたといわれていますが、大正時代頃から、三味線の糸にとって変わられ、現在ではナイロン弦を張る人も多いですね。
シンプルな演奏法ながら、独特のグルーヴ感を感じるアイヌ音楽
━━演奏の仕方について教えてください。
千葉 まず、トンコリはハープのように開放弦で弾くので、音は5つしか出ません。だから、演奏会をするときは、演奏する曲に合わせてたくさんの楽器を持ち替えたり、曲が変わるたびに調弦し直すことになります。そして、両手で弦をつま弾いたり、右手をギターのストロークのように振り下ろしたりしてメロディとリズムを作っていきます。
━━いたってシンプルですね。
千葉 弦が少なく、また、演奏の際には弦の上に指を置くので、ひとつの弦を弾くことが同時に隣の弦の音を切ることにもなるのが面白いですね。例えば、「イケレソッテ」(魔物の足音)という曲を弾いていると、低音は伸びるけれど高音は途中で切れる。それがリズムに陰影を与え、シンプルな中にも独特のグルーヴ感が出るんですよね。
━━アイヌの音楽の特徴についても教えてください。
千葉 西洋音楽に慣れた私たちから見ると不思議で、だけどとても興味深く感じるはずです。歌に関しても、古い録音を聴くと、私も最初は音が外れているように感じて、これがはたして上手いといえるのかどうか、判断できませんでした。
実は、アイヌに伝わる音階には、高さは自由だけど、声の出し方が決まっている、という音があるんです。例えば、裏声とか低い詰めた声とかいろんな声ですが。また、アイヌには輪唱形式の歌いかた(ウコウㇰ)がありますが、西洋の輪唱形式であるカノンが音を重ねてハーモニーを作るのに対して、アイヌのウコウㇰではハーモニーは作らない代わりに、音を音域ごとに横につなげて新たなメロディーを作る、という特徴があります。それがアイヌ独特の感覚ですよね。
アイヌの伝統歌「ウポポ」の再生と伝承をテーマに活動する女性ヴォーカルグループMAREWREW(マレウレウ)のミニアルバム『MAREWREW』
━━音楽に対する考え方が独特だということですか?
千葉 そもそも、アイヌには私たちの言う「音楽」にあたる概念がないんです。もちろん、私たちから見れば、音楽は彼らの日常生活の中にたくさんあります。挨拶や祈り、裁判の中にまで歌がある。だけど、アイヌの人々にとっては、それらはあくまで挨拶や祈り、裁判なわけです。アイヌの音楽を学ぶということは、そのような感覚を学ぶ、ということなんでしょうね。音楽の素養がある人にトンコリを教えると、すぐにできるようになるけれど、それでアイヌの本質に近づいたかというと、それはまた別の話のような気がします。
千葉伸彦さんが講師を務める東京音大学 民族音楽研究所の公開講座での演奏
盗賊も寝てしまう(?)究極の癒し
━━改めて、千葉さんが考えるトンコリの魅力は?
千葉 家でひとりでつま弾いて楽しめるところじゃないですかね。ポロンポロンとやっていると、いいメロディが自然と生まれたりして楽しいですよ。そして癒される。トンコリの響きは倍音が豊かだからなのか、眠気を誘うんです。集落を襲いにやってきた盗賊もトンコリの音を聞いて寝てしまうという言い伝えもあるぐらい(笑)。病魔もトンコリを嫌うといわれています。
伴奏にトンコリが使われるアイヌ口承文芸「イフンケ」(子守歌)の楽曲
「テヘキ ナー トゥーパ ケマハカ ナー トゥーパー」(おててものばしなぁ あんよものばしなぁ)
――トンコリを習ったり、手に入れるには?
千葉 私は宮地楽器でレッスンをしているので、興味のある方はそちらを覗いてみていただければうれしいです。宮地楽器では、トンコリの販売もしています。値段の相場としては、安いもので5万円ぐらいで、高くなると30万円ぐらいですね。
前述の邊泥さんの楽器は、12万円ぐらいから購入することができます。彼は「ひとりでも多くの人に弾いてほしい」という考えのもと、手作りなのに、かなり安い価格を設定しています。
━━近年はTVアニメ『ゴールデンカムイ』の影響などもあり、トンコリの知名度も上がっているようです。演奏人口は増えていると実感しますか?
千葉 TVアニメ『ゴールデンカムイ』では、私もトンコリの演奏を担当しました(第一期、第十話)。確かに、YouTubeなどでもいろんな方が演奏しているのを観ますし、裾野は広がっていると思いますね。先ほども申しあげたように、トンコリを弾くと癒されます。簡単に演奏できる楽器なので、皆さんもぜひ始めてみませんか?
アイヌの少女が主人公のアニメ『ゴールデンカムイ』第4期プロモーション動画
トンコリの体験レッスン
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