『桐島、部活やめるってよ』と《ローエングリン》にみる信奉する危うさとその結末
観るものを存分に楽しませてくれる映画やドラマ番組。実は、大きくストーリーが動くような印象的なシーンにクラシック音楽が流れ、演出に深みを出していることが多くあります。よりドラマチックな展開に引き込んでいくクラシック音楽を紹介します。
第3回は、とあるバレーボール部キャプテンが退部したことにより引き起こされる高校生の群像劇『桐島、部活やめるってよ』(吉田大八監督、2012年)。ドラマのクライマックスを彩るワーグナー作品との共通点とは?
1997年大阪生まれの編集者/ライター。 夕陽丘高校音楽科ピアノ専攻、京都市立芸術大学音楽学専攻を卒業。在学中にクラシック音楽ジャンルで取材・執筆を開始。現在は企業オ...
桐島が不在のまま、ストーリーは進む
「桐島、部活やめるってよ」という噂がある高校に流れる。一見小さなニュースだが、学校内の人間は右往左往している。
「梨紗、(彼女だけど)聞いてないよね?」「宏樹なら(親友だから)知ってると思った」「桐島ってキャプテンでしょ」といった具合に、「桐島信者」は動揺を隠せない。
当の本人は学校に来ていないし、作中に登場すらしない。桐島という王の不在に戸惑う人間ばかりだ。彼らが桐島について語る言葉から、鑑賞者は「桐島像」を作り上げていく。どうやら部活も勉強もスポーツもできるらしいし、イケてる友だちや美人の彼女にも恵まれている「学園のスター」である。
一方で、桐島に興味すらない人間もいる。
映画部員の前田涼也(演:神木隆之介)やその友人・武文(演:前野朋哉)。映画を撮ることに夢中で、ようやく登場した桐島と思わしき人間とすれ違っても、気にかけない。
桐島がスクールカースト最上位なら、彼らは下位だろう。体育の時間に「今日、膝、痛くて……」とサッカーができない口実をボソボソと呟いたり、自分たちのことを嘲笑する女子生徒を「俺が監督ならあいつらは起用しない」と小さく陰口を言ったりする。でも、それでいいのだ。彼らには映画があるから。
見えない桐島とローエングリンを、信じた結末は?
徐々にあぶり出される学校内ヒエラルキー。その「位」を越境してクライマックスを迎えるシーンには、吹奏楽部による演奏、ワーグナーの歌劇《ローエングリン》の〈エルザの大聖堂への行進〉が流れている。
そのシーンの事の始まりは、学校に来ていなかった桐島が「屋上にいた!」という噂から。
屋上では映画部が撮影をしているのだが、桐島を探しにきた信者たちはその場を荒らしていく。それに対し前田(神木)は「謝れよ!」と激怒し、ゾンビ役に扮する映画部員が桐島信者を食らっていく……実際は食っていないのだが、前田の持つ8ミリカメラの中では確かに食われている。その修羅場の瞬間を、ワーグナー作品は壮大に彩る。
現実と幻想の境目が曖昧になるが、実際に映画部が勝利したわけではない。しかし、桐島を取り巻く人々には、虚無感が残る。彼らが信じているものは、一体何なのだろうか。
《ローエングリン》に登場するエルザもそうである。自分を救ったローエングリンの「本当の顔」をよく知らないまま、彼を信じる。人は危うく辛い状況に陥ると、差し伸べられる手にすがりつきたくなるものである。その機微のバランスが保てなくなり、エルザとローエングリンは悲しい結末を迎えてしまうのだ。
『桐島、部活やめるってよ』と《ローエングリン》は、もろく危うい「信じる」という行為の一種の虚しさを描いている点で、奇妙に合致しているのである。
監督:吉田大八
脚本:喜安浩平、吉田大八
原作:朝井リョウ
出演:神木隆之介、橋本愛、大後寿々花、東出昌大、清水くるみ、松岡茉優、落合モトキ、山本美月、前野朋哉、高橋周平、鈴木伸之、榎本功、藤井武美、岩井秀人、奥村知史、仲野太賀
関連する記事
ランキング
- Daily
- Monthly
関連する記事
ランキング
- Daily
- Monthly