ベートーヴェンとピアノ(その2:ヴァルター)
年間を通してお送りする連載「週刊 ベートーヴェンと〇〇」。ONTOMOナビゲーターのみなさんが、さまざまなキーワードからベートーヴェン像に迫ります。
第27回は、ピアノについて。ウィーンで本格的に活動し始めたベートーヴェンが愛用したピアノ「ヴァルター」によって、数々の名作ソナタが書かれました。
1974年生まれ。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学院修士課程修了。Maqcuqrie University(シドニー)通訳翻訳修士課程修了。2008年よりクラシ...
モーツァルトも愛用していたピアノ「ヴァルター」
ベートーヴェンが故郷ボンを離れ、かの有名なハイドン先生に作曲を習おうと、ウィーンで本格的に暮らし始めたのは1792年11月。音楽の都で、フリーランスの音楽家として活動するベートーヴェンを支えてくれたのもまた、ピアノという楽器だった。貴族の集まる場所で優れたピアノ演奏を披露し、またご婦人たちにはピアノのレッスンをおこなうことで、徐々に彼の知名度は上がっていった。
その頃のベートーヴェンが愛用していたのは、モーツァルトも好んで演奏していたという、ウィーンの人気楽器製作者アントン・ヴァルター(1752~1826)のピアノである。「その1」でご紹介したシュタインのピアノと同じく、跳ね上げ式のアクション機構によって歯切れの良い軽やかな音色を持った楽器だ。ベートーヴェンは1802年頃までヴァルターの音色に寄り添いながら、ピアノソナタ第8番「悲愴」、第14番「月光」、第17番「テンペスト」など、昨今のコンサートでも頻繁に演奏される彼の代表的なソナタを作曲した。
当時の楽器の特性をいかして作曲された「月光」ソナタの第1楽章
現代の一般的なピアノには3本のペダルがあり、一番右のペダルを踏むと、ダンパーと呼ばれるストッパーが弦から離れ、音を長く持続させることができる。ヴァルターのピアノで同じようにダンパーを上げて音を伸ばすことができたが、当時は足でペダルを踏むのではなく、膝を使って鍵盤の下にあるレバーを押し上げる仕組みだった。
音を持続させられるといっても、当時のヴァルターは響きがすぐに減衰する。ダンパーを上げ続けていても、音は柔らかに静寂へと溶けてゆく。その仕組みをうまく利用して書かれたのが、「月光」ソナタの第1楽章だ。楽譜にはダンパーを上げ続けるようにという指示がなされているが、これをそのまま現代のピアノでやったら、音が濁りまくって大変なことになる。しかしヴァルターのピアノではそのように演奏することで、えも言われぬ音の混ざり合いが美しい響きを生み出していたのだ。
1802年製ヴァルターのレプリカで演奏されたピアノソナタ第14番「月光」第1楽章の演奏(演奏:ロナルド・ブラウティハム)
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