高橋アキならではのシューベルト・シリーズ第7弾〜珠玉の名品「グラーツ幻想曲」ほか
1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...
高橋アキさんの弾くシューベルトは、いつだって特別だ。
その理由は、これまでアキさんが弾いてきたレパートリーの広がりと大きく関係している。1970年代に日本におけるエリック・サティ受容の大きな契機となった連続演奏会と全集録音。ジョン・ケージやモートン・フェルドマンをはじめとする同時代の作曲家たちとのさまざまなコラボレーション。
そういった積み重ねなしには、いまのアキさんのシューベルトはありえない。
アキさんの演奏は、ある種のしなやかさと、柔らかさと、たっぷりとして絶妙な、間(ま)の感覚を感じさせることが多い。
それは、単なる「やさしさ」「穏やかさ」というだけではなく、根っこのところに、意志的な強さが秘められている。サティもケージも、ある種の反逆者であり、アナーキストであったが、その精神がアキさんの音楽家としての根底にも脈々と流れていると思う。
シューベルトの音楽が、小市民的で可憐なメロディの花園でなければならない、という固定観念にとらわれている人は、アキさんの演奏には違和感を覚えるかもしれない。が、私はむしろアキさんならではの、丹念で、しなやかな間の感覚に満ちたシューベルトに、眩暈を覚えるくらいの、麻薬的な魅力を感じる。
今回の第7弾は、これまでのようなピアノ・ソナタではなく、あまり知られていない「ヒュッテンブレンナーの主題による13の変奏曲イ短調D576」「グラーツ幻想曲ハ長調D605A」と、有名な「即興曲集op.90 D899」が組み合わされている。
ぜひ注目したいのは、前半の2曲。解説で喜多尾道冬さんが指摘されているように、「死と乙女」に通じる悲しみの歌、あるいは岸辺の樹々の木漏れ陽を想起させる、まさに珠玉の名品である。
録音:2019年10月/聖クローチェ美術館(ウンベルティーデ、イタリア) ほか
発売:2020年3月25日
カメラータ・トウキョウ CMCD-28372
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