録音を頑なに否定していた指揮者チェリビダッケのベルリオーズ《幻想交響曲》ライブ音源
1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...
最初はFM放送がきっかけだった。
1970年代から80年代半ばにかけてNHK-FMで、シュトゥットガルト放送交響楽団やミュンヘン・フィルを指揮した、ルーマニア出身の大指揮者セルジュ・チェリビダッケ(1912-96)の数々のライブ演奏に触れたことは、当時十代だった自分にとって、決定的な出来事だった。
何というか、オーケストラ音楽の聴き方が根本から変わったのだ。徹底的な弱音へのこだわり、厳しい抑制によって生み出される響きのバランス、楽曲全体の構成への鋭いまなざし、あたかも有機体のように呼吸する生きたものとして音楽を立ち上がらせる、あの独特なやり方には、言葉を尽くせないほど影響を受けた。
「音楽の友」編集部にいた頃は、何度記事を作ったかわからない。記者会見ではいつも2時間近く、チェリビダッケは哲学談義をし続けたものだった。カラヤンもアバドも、ウィーン・フィルもベルリン・フィルもボロクソに言う、歯に衣着せぬ毒舌ぶりが不思議に愉快だった。質問者が手を挙げると、司会者そっちのけで自分で仕切り、目だけで合図して指すのだが、その視線とタイミングがおそろしく的確だったのを思い出す。威厳もユーモアも兼ね備えた人だった。
いまでこそ、遺族の許諾によって、チェリビダッケのライブ録音はたくさん聴くことができるが、生前は最後までレコーディングを頑なに否定していたことを、忘れてはならないだろう。音楽とはその時その場の1回限りの生命のようなもので、録音された複製品は、本物の音楽とはまったく違う——考えてみれば当たり前の話である。
それでも、亡くなって24年もたつのに、いまだにチェリビダッケのライブ録音は新たにリリースされ続け、新しい若いファンを生み出している。あのように桁外れの大指揮者がいたということは、録音からでも、その雰囲気や解釈をしのび、学ぶことはできる。
今回ワーナーからリリースされた、ミュンヘン・フィルを指揮したベルリオーズの《幻想交響曲》(1986年6月28日ライブ)もそのひとつ。とりわけ、第3楽章「野の風景」のどっしりとしたテンポと低音の強調、響きの透明感とこまやかな表情は、現代の聴き手にも、強い説得力を持つに違いない。
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