植物に焦点を当てた、前例のないユニークな展覧会「ルドン ―秘密の花園」
ONTOMOエディトリアル・アドバイザー、林田直樹による連載コラム。あらゆるカルチャーを横断して、読者を音楽の世界へご案内。今回は、東京・丸の内の三菱一号館美術館が企画した「ルドン ―秘密の花園」の秀逸さについて。
1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...
樹木と草花が、蝶や蛾をはじめとする虫たちが、昔から大好きだった。
子供のころから、ずっと友達だった。
いまでも季節ごとの美しい花を見ると、ついしゃがみこんでスマホで撮影せずにはいられない。
すてきな樹木に出会うと、立ち止まって幹に手のひらを当て、心で話しかけたりする。
彼らのことは、いまでも人生の一大事なのだ。
*
そんな自分にとって、「ルドン —秘密の花園」展(三菱一号館美術館)に足を運んだことは、運命のめぐりあわせとしか言いようがないくらい、衝撃的な出来事だった。
フランス近代の画家オディロン・ルドン(1840-1916)といえば、一つ目の怪物の絵(キュクロプス)を描いた、あの不思議な作風の人――その程度の認識しかなかった私は、「ルドン —秘密の花園」展(三菱一号館美術館)で、その神秘的でユニークな自然観に接し、すっかり虜になってしまった。
それというのも、この展覧会が、画家ルドンにおける「植物」というテーマを貫いた、秀逸な内容になっていたからだ。
ルドンが描く樹木や草花には、大きな特徴がある。
それは、実際には見えていないものを描こうとしていることだ。
対象をよく見ていないということでは決してない。
むしろ徹底的に観察し、当時の最新の生物学や進化論の影響を受けて、植物や自然のあり方についてルドンなりに考えを深め、本質を追求したうえでの作品たちなのである。
あたかも人格を備えているかのような樹木。
まつげの長い“目玉親父”のような植物。
蝶や蛾が、花と同化しているような、中間的な存在。
静かに笑いながらこちらを見ている蜘蛛。
そう、これはちょっと怪奇的な世界でもある。
妖精、あるいは妖怪の住む超自然といってもいい。
「ゲゲゲの鬼太郎」の水木しげる、「ナイトメア・ビフォー・クリスマス」のティム・バートンの先駆者、と言っては怒られるだろうか。
*
今回の展示で最大の呼び物となっているのが、ルドンの友人でパトロンでもあったドムシー男爵のブルゴーニュの城館の食堂に飾られていた装飾画連作が、一同に会していることだ。
その中心が、三菱一号館美術館が所蔵する「グラン・ブーケ(大きな花束)」であり、その周囲の15作品(オルセー美術館所蔵)とのバランスを再現した展示は、壮観というほかない。
食堂の装飾というだけあって、ここでは怪奇性は鳴りをひそめている。
だが、ルドン特有の“いのちの気配”ともいうべき、不思議な香りのようなオーラは、全体から発散されている。
それは、植物を愛する人にとっては、えもいわれぬ幸福感を与えてくれるものだ。
全体は、クリーム色と淡い黄色のトーン(ミモザの花のような……)がメインである。だからこそ、「グラン・ブーケ」の花瓶の青は鮮烈な印象を与える。神聖で、みずみずしい、心に飛び込んでくるような、かけがえのない青だ。
こういう空間で食事をし、日常のひとときを過ごすことができたら、どんなに素晴らしいことだろう!
*
ルドンは、作曲家のエルネスト・ショーソン(1855-99)と親しい間柄だった。ピアニストの兄をもつルドンは、ヴァイオリンの演奏にも秀でており、ショーソンと室内楽をたびたび楽しんだという。
そういえばショーソンの音楽には、ルドンの絵の背景にあるような、植物たちのいのちの気配があるように思う。
「詩曲」「交響曲」「ヴァイオリン、ピアノと弦楽四重奏のための協奏曲」といった作品からは、憂いとも幸福ともつかぬような、うっそうとした霧のように、漂うような何かが感じられるではないか。
ルドンとショーソン。友人どうしだった彼らの芸術に、共通の美学があったとしても不思議はない。
ちなみにルドンはドビュッシーやセヴラックとも親しかった。ベルリオーズやシューマンの音楽にも心酔していたという。
特に、近代フランス音楽が好きな方は、ルドンの世界観に触れることで、何かヒントをつかむことができるのではないだろうか。
*
最後に、今回のルドン展のカタログの冒頭に掲載されている、高橋明也さん(三菱一号館美術館館長)へのインタヴューから、こんな発言があったのをご紹介しよう。
「日本で西洋美術をコレクションするのは、現在、非常に困難です。だからこそ美術史のなかのどの時代を、どのジャンルを埋めていくのかを戦略的に考えることが必要です。箱としての美術館を“建てる”だけでは、ほんとうの意味での美術館にはならないと、私は考えています」
これは、劇場やホールについても、まったく同じことが言えるのではないだろうか。
ルドンの作品の中での最重要な「グラン・ブーケ」のコレクションに成功したのみならず、その価値を明らかにし、「植物」という視点を導入することによって、展示に意味と一貫性をもたせた今回の展覧会は、優れたコンサートのあり方にも通じるものがある。
植物と音楽が好きな人なら、今回のルドン展はぜひとも足を運んでみてはいかがだろうか。
会期: 2018年2月8日(木)~5月20日(日)
休館日: 月曜日(但し、5/14は開館)
開館時間: 10:00~18:00(祝日を除く金曜、第2水曜、会期最終週平日は21:00まで) ※入館は閉館の30分前まで
会場: 三菱一号館美術館
料金: 一般1,700円/高校・大学1,000円/小・中学生500円
※障がい者手帳をお持ちの方と付添の方1名まで半額。
※ペア券(3,000円)はチケットぴあのみ販売します。切り離し無効
主催: 三菱一号館美術館、日本経済新聞社
特別協力: オルセー美術館
後援: 在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本
協賛: 大日本印刷
協力: 日本貨物航空株式会社/ 全日本空輸株式会社
お問い合わせ: 03-5777-8600(ハローダイヤル)
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