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2018.04.10
林田直樹の越境見聞録 File.3

植物に焦点を当てた、前例のないユニークな展覧会「ルドン ―秘密の花園」

ONTOMOエディトリアル・アドバイザー、林田直樹による連載コラム。あらゆるカルチャーを横断して、読者を音楽の世界へご案内。今回は、東京・丸の内の三菱一号館美術館が企画した「ルドン ―秘密の花園」の秀逸さについて。

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林田直樹
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林田直樹 音楽之友社社外メディアコーディネーター/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

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樹木と草花が、蝶や蛾をはじめとする虫たちが、昔から大好きだった。

子供のころから、ずっと友達だった。

いまでも季節ごとの美しい花を見ると、ついしゃがみこんでスマホで撮影せずにはいられない。

すてきな樹木に出会うと、立ち止まって幹に手のひらを当て、心で話しかけたりする。

彼らのことは、いまでも人生の一大事なのだ。

そんな自分にとって、「ルドン —秘密の花園」展(三菱一号館美術館)に足を運んだことは、運命のめぐりあわせとしか言いようがないくらい、衝撃的な出来事だった。

 

フランス近代の画家オディロン・ルドン(1840-1916)といえば、一つ目の怪物の絵(キュクロプス)を描いた、あの不思議な作風の人――その程度の認識しかなかった私は、「ルドン —秘密の花園」展(三菱一号館美術館)で、その神秘的でユニークな自然観に接し、すっかり虜になってしまった。

それというのも、この展覧会が、画家ルドンにおける「植物」というテーマを貫いた、秀逸な内容になっていたからだ。

オディロン・ルドン(セルフポートレート)1880年1月1日制作。by Wikimedia Commons

ルドンが描く樹木や草花には、大きな特徴がある。

それは、実際には見えていないものを描こうとしていることだ。

対象をよく見ていないということでは決してない。

むしろ徹底的に観察し、当時の最新の生物学や進化論の影響を受けて、植物や自然のあり方についてルドンなりに考えを深め、本質を追求したうえでの作品たちなのである。

 

あたかも人格を備えているかのような樹木。

まつげの長い“目玉親父”のような植物。

蝶や蛾が、花と同化しているような、中間的な存在。

静かに笑いながらこちらを見ている蜘蛛。

 

そう、これはちょっと怪奇的な世界でもある。

妖精、あるいは妖怪の住む超自然といってもいい。

「ゲゲゲの鬼太郎」の水木しげる、「ナイトメア・ビフォー・クリスマス」のティム・バートンの先駆者、と言っては怒られるだろうか。

今回の展示で最大の呼び物となっているのが、ルドンの友人でパトロンでもあったドムシー男爵のブルゴーニュの城館の食堂に飾られていた装飾画連作が、一同に会していることだ。

その中心が、三菱一号館美術館が所蔵する「グラン・ブーケ(大きな花束)」であり、その周囲の15作品(オルセー美術館所蔵)とのバランスを再現した展示は、壮観というほかない。

《グラン・ブーケ(大きな花束)》
《グラン・ブーケ(大きな花束)》1901年 パステル/カンヴァス 三菱一号館美術館蔵

食堂の装飾というだけあって、ここでは怪奇性は鳴りをひそめている。

だが、ルドン特有の“いのちの気配”ともいうべき、不思議な香りのようなオーラは、全体から発散されている。

それは、植物を愛する人にとっては、えもいわれぬ幸福感を与えてくれるものだ。

全体は、クリーム色と淡い黄色のトーン(ミモザの花のような……)がメインである。だからこそ、「グラン・ブーケ」の花瓶の青は鮮烈な印象を与える。神聖で、みずみずしい、心に飛び込んでくるような、かけがえのない青だ。

こういう空間で食事をし、日常のひとときを過ごすことができたら、どんなに素晴らしいことだろう!

ルドンは、作曲家のエルネスト・ショーソン(1855-99)と親しい間柄だった。ピアニストの兄をもつルドンは、ヴァイオリンの演奏にも秀でており、ショーソンと室内楽をたびたび楽しんだという。

そういえばショーソンの音楽には、ルドンの絵の背景にあるような、植物たちのいのちの気配があるように思う。

「詩曲」「交響曲」「ヴァイオリン、ピアノと弦楽四重奏のための協奏曲」といった作品からは、憂いとも幸福ともつかぬような、うっそうとした霧のように、漂うような何かが感じられるではないか。

ルドンとショーソン。友人どうしだった彼らの芸術に、共通の美学があったとしても不思議はない。

フランスの作曲家、エルネスト・ショーソン(Ernest Chausson/1855-1899)by Wikimedia Commons

ちなみにルドンはドビュッシーやセヴラックとも親しかった。ベルリオーズやシューマンの音楽にも心酔していたという。

特に、近代フランス音楽が好きな方は、ルドンの世界観に触れることで、何かヒントをつかむことができるのではないだろうか。

最後に、今回のルドン展のカタログの冒頭に掲載されている、高橋明也さん(三菱一号館美術館館長)へのインタヴューから、こんな発言があったのをご紹介しよう。

「日本で西洋美術をコレクションするのは、現在、非常に困難です。だからこそ美術史のなかのどの時代を、どのジャンルを埋めていくのかを戦略的に考えることが必要です。箱としての美術館を“建てる”だけでは、ほんとうの意味での美術館にはならないと、私は考えています」

これは、劇場やホールについても、まったく同じことが言えるのではないだろうか。

ルドンの作品の中での最重要な「グラン・ブーケ」のコレクションに成功したのみならず、その価値を明らかにし、「植物」という視点を導入することによって、展示に意味と一貫性をもたせた今回の展覧会は、優れたコンサートのあり方にも通じるものがある。

 

植物と音楽が好きな人なら、今回のルドン展はぜひとも足を運んでみてはいかがだろうか。

《黄色い背景の樹》
「ドムシー男爵の城館の食堂壁画」15枚のうち《黄色い背景の樹》。以下すべて、1900-1901年 木炭、油彩、デトランプ/カンヴァス オルセー美術館蔵 Photo©RMN-Grand Palais (musée d'Orsay) / Hervé Lewandowski / distributed by AMF
《人物》2
「ドムシー男爵の城館の食堂壁画」15枚のうち《人物》2
《人物(黄色い花)》
「ドムシー男爵の城館の食堂壁画」15枚のうち《人物(黄色い花)》
《黄色い背景の樹》
「ドムシー男爵の城館の食堂壁画」15枚のうち《黄色い背景の樹》
《ひな菊》
「ドムシー男爵の城館の食堂壁画」15枚のうち《ひな菊》
《花とナナカマドの実》
「ドムシー男爵の城館の食堂壁画」15枚のうち《花とナナカマドの実》
《花のフリーズ(赤いひな菊)》
「ドムシー男爵の城館の食堂壁画」15枚のうち《花のフリーズ(赤いひな菊)》
《花と実のフリーズ》
「ドムシー男爵の城館の食堂壁画」15枚のうち《花と実のフリーズ》
展覧会情報
「ルドン ―秘密の花園」

会期: 2018年2月8日(木)~5月20日(日)

休館日: 月曜日(但し、5/14は開館)

開館時間: 10:00~18:00(祝日を除く金曜、第2水曜、会期最終週平日は21:00まで) ※入館は閉館の30分前まで

会場: 三菱一号館美術館

料金: 一般1,700円/高校・大学1,000円/小・中学生500円
※障がい者手帳をお持ちの方と付添の方1名まで半額。
※ペア券(3,000円)はチケットぴあのみ販売します。切り離し無効

主催: 三菱一号館美術館、日本経済新聞社

特別協力: オルセー美術館

後援: 在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本
協賛: 大日本印刷
協力: 日本貨物航空株式会社/ 全日本空輸株式会社
お問い合わせ: 03-5777-8600(ハローダイヤル)

ナビゲーター
林田直樹
ナビゲーター
林田直樹 音楽之友社社外メディアコーディネーター/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

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