アイリッシュ音楽の打楽器、バウロンの魅力に迫る! 多彩な音色が体に響く!
楽器探索シリーズ第3弾は、バウロン。アイルランド音楽のリズムを担当する打楽器です。バウロンプレイヤーの第一人者である長濱武明さんに、この楽器の極意を教わりました。加えて、初心者の編集部員がレッスンを体験、楽譜なしで "それらしく" 演奏する方法を伝授してもらいました。その動画はページ下部にて。
アイルランドで偶然音楽団体に出会って
━━長濱さんがアイルランド音楽の世界に入ったきっかけは何でしたか?
長濱 中学の頃からロック・バンドをやってきて(担当はベース)、大学4年のとき、大学が建築学科だったので建築を見に行く名目を立てて研究と称してアイルランドに行ったのが最初でした。パブで演奏している音楽に衝撃を受け、ケルト文化にも触れ、アイルランド人は人当たりも優しく大好きになりました。大学を卒業後、しばらくダブリンの建築事務所で働き、偶然にもCCE(アイルランド伝統音楽を普及させるための団体。日本をはじめ世界中に支部がある)の本部のある通りに住んだんです。帰国してアイルランド協会や、アイリッシュ・ネットワーク・ジャパンなどの団体の人たちと知り合いになりました。
━━そしてバウロン奏者になられたんですね。長濱さんはこの楽器をどう捉えていますか?
長濱 ショーン・オ・リアダという人がいるのですが、彼が1960年代にバウロンを、単なる鳴り物からアイルランド音楽の楽器として取り入れ、キョールトリ・クーランというバンドをつくったんです。その後は(のちにグラミー賞をいくつも受賞する伝説のバンド)チーフタンズがバウロン・プレイヤーをずっと入れていたので、アイルランド音楽の象徴的な存在になっていった。
それまで商業音楽的なポジションにはまったくなかったアイルランド音楽が、商業音楽として形を整えていくなかで、バウロンという楽器がちょっとアイコニックな楽器になったのかなっていうのが僕の印象です。
奏法と楽器の変化とバウロン奏者たち
━━昔のアイルランド音楽の録音を聴いていると、バウロンをミュートしていないからドコドコドコドコすごい音を出しています。
長濱 例えば、この18インチの楽器は、昔からあった十字に木が渡っているタイプのものですが、このバーがきちんと付いたのは70年代以降かもしれません。もともとバーがあったかどうかということ自体、はっきりしていません。単なる「桶」みたいな楽器だったのかも。
━━十字のバーが渡っているというのは……持ちやすいから?
長濱 支えられているから強度がきちんと取れるってことでしょうね。70年代80年代って、セッションの中でもそれほど使われず……80年代にデ・ダナンというバンドにジョニー・リンゴ・マクダーナという奏者が突如として現れてきます。
ジョニー・リンゴ・マクダーナの演奏動画
80年代はリンゴの時代ですが、その後ジュニア・デイビーというプレイヤーも活躍し、バウロン史上忘れてはいけない時期となりました。その彼らに影響を受けて出てきたのが、(時々来日もしている)フルックのジョン・ジョー・ケリーです。
ジョン・ジョー・ケリーの演奏動画
あと、バウロンの歴史に貢献した最重要人物として、北アイルランドにシェイマス・オケインという伝説の奏者がいます。素晴らしい音楽家で、本職は数学の先生だったかな。彼は、北アイルランドの「ランベック・スキン」という皮でつくられた楽器を、初めて製造しました。それまでは、なめしたままのヤギ臭い皮が貼ってあったのですが、彼の楽器ができたことによって、圧倒的に奏法が進化したんですよね。
それが80年代後半。彼はすごい開発家で、楽器製造にいろんな方法を試してきたんだけど、当時はただただ無骨なんです(笑)。ビスとかそのままだし……。
シェイマス・オケインの演奏動画
長濱 僕が最初にこの楽器を手にいれたのは90年代前半で、シェイマスにファンレター兼楽器の購入依頼みたいな手紙を書いたんです。その後、連絡をくれて、振り込み先と納期を教えてもらいました。楽器自体はあの頃、1ポンド200円の時代で、3万円とか4万円だったと記憶しています。
彼は、趣味で作っていたんですよね。癌で一時は仕事を辞めていましたけれど、現在は回復し、今は息子さんが後を継いでいます。
現在は、世界中でメーカーができていて、圧倒的にシェアが広がったのは、ドイツのクリスチャン・ヘドチャック(Christian Hedwitschak)という人が、バウロンを作り始めたのがきっかけです。彼は、もともとドイツでマイスターの称号を持っている家具屋さんだったんですが、現在はここの楽器を使っている方が多い。賛否両論あれど、この頃からバウロンが楽器として成立するようになっていったと言えるでしょう。
クリスチャン・ヘドチャックのインスタグラム。バウロンの制作過程などが公開されている。
━━塗装がブルーでとても綺麗ですね。
長濱 新しい楽器は皮の部分もヘッドが取り替えられるようになってきています。最近僕が使っている楽器も同じヘドチャックの楽器ですが、この楽器はドラムのスネアのヘッドが使えるんですよ。
━━へぇ! となると、メンテナンスも圧倒的に楽ですね。
長濱 設計はアメリカのもので、それをヘドリチャックが作っています。リベリオン・ドラムっていうメーカーです。最近は残念ながら売ってないんですけどね……。動物の皮を使わないということにシフトしているのかもしれません。ヴィーガンな楽器ということですね。
━━プリミティブな楽器なだけに進化の余地があったということですかね。
長濱 昔の皮ってなめしても均一ではなく、結局、きついところ薄いところがあったりして、音楽理論的にいうと、倍音がたくさん出るんですよ。 原始的な野性的な、ちょっと濁った音が出てくる。
一方で、奏法が進化してくるにあたって、薄くて均一な、きれいな皮を求められるようになった。 そして要所要所、時代ごとに象徴的なプレイヤーがあらわれていますね。
ほかにもいろいろ! バウロンのおすすめ奏者
━━例えば、キーラのローナン・オスノディも独特の奏法ですね。
長濱 彼が一番違うのは立奏を可能にしたことですね。リム・ショットがやりにくいけれども、立って演奏することによって他のプレイヤーとのコミュニケーションもできるようになった。彼のあのリズム・センスも独特ですね。
キーラのコンサート映像。アカデミー賞にノミネートされた「ウルフウォーカー」のサウンドトラックを担当している。
他に今、新しいプレイヤーではベオガ(Beoga)のイーモン・マレイEamon Murrayも注目です。彼はレッスンもやるので、CCEのバウロンのオール・アイルランド・コンペティション(いわゆる全国大会)に行くと、参加者のほとんどが彼のスタイルですね。
ベオガの演奏動画
あと、スコットランドのマーティン・オニールなんかも注目です。
マーティン・オニールの演奏動画
初心者が知っておきたいバウロンの心得
━━なるほどバウロンの奏法は、楽器とともに常に進化しているということなんですね。今、長濱さんのバンド活動は?
長濱 コンサーティーナの小松優衣子さんフィドルの沼下麻莉香さんとギ
━━いつだったか、上野の水上公園で長濱さんがバウロンのワークショップをされたとき、こんなに日本にプレイヤーがいるのか! とびっくりしました。習われる方も多くなってきているのだと思いますが、初心者の方は、どうやってリズムを捕らえるべきなんでしょうか?
長濱 例えば、アイルランド音楽のリール(ダンス音楽の一種)は、譜面上は4分の4拍子になります。でも、僕は4分の4拍子ではないですよ、と最初に教えるんです。ジグは8分の6拍子と譜面には書かれてますけど、8分の6拍子ではないですよ、と。
伝統音楽を演奏し始めるとき、これがわからないと民族音楽、世界の音楽というのを理解できない。これが最初のハードルです。特に他の音楽の研究者をやっている方は、リールって4分の4拍子なんでしょ、と単純に考えちゃう。
リールの場合は4つの固まり。リールはリールのリズムで感じてくださいね、ということなんです。その習得がやはり少し時間が長くかかるかなと思います。
━━確かに譜面とメトロノームでガッツリきた人には辛いかも。伝統音楽という概念がすでに理解できないかもしれませんね。ピアノ音階だけじゃないというのもあるし。どうしたら一般の人に伝統音楽をわかってもらえるのだろう、といつも思います。下手すると普通の人は、学校で学ぶ音楽、そしてテレビから聴こえる音楽しか知らないで一生を終えてしまうわけだから。
長濱 癖とか、訛りというふうに表現することも多いんですけど、それだけではない。そこをやっぱり感じてほしいですね。
━━入門者が演奏を続けられるような秘訣はありますか?
長濱 確かに、なかなか続かない。バウロンの場合って、思うよりも上達しづらいと思います。打楽器だからというのもありますが、本番で実践する場が必要ですね。
セッションの場では、バウロンという楽器の特性上*、遠慮して演奏する方が多いです。よく、セッションのマナーがなってないと、アメリカ人が批判されたりしていますが、一方で、アメリカのセッションは、オープンで楽しい。
*バウロンは比較的新しく登場した伝統楽器であり、また、打楽器であるため、旋律をメインとするアイリッシュ音楽のセッションでは、場の雰囲気に合わせた演奏が特に求められる。
アメリカの場合は移民が多いので、そもそも興味のハードルが低いように思います。
アメリカ・ウィスコンシン州のミルウォーキーのフェスティバルなどは、世界で一番大きなアイルランド音楽のフェスティバルで、14ステージ同時開催、しかも2,000人クラスのステージが、同時に4つもある。人口に対してアイルランド移民が多いから成立するんですね。
一方で、例えば、アイルランドの伝統文化の真ん中にいる人たちには、「伝統の良さ」はよくわからないのかもしれません。たぶん、外から来た我々が良いと言って、それで続いていくのかなって思いますね。そうなってくると、国境とかボーダーとかって、どういう意味があるんだろう……みたいなことも考えちゃうし、でも、だからこそ未来がちょっと楽しみでもあります。
このコロナ禍で、昔みたいな大規模なフェスティバルやコンサートが減ってる状況ですが、意外と地下アイドルのような、身近なイベントが増えているように思います。アイルランド音楽も、そこに近い。本来とても身近なもの。一時期「ステージと観客」に分かれていたけれど、本来は生活の延長線上にあって、もっと身近なものなんです。
確かに、観客とステージが分かれていれば、プロモーションとしてはやりやすい。チーフタンズが現在までやってきた、アイルランドの伝統音楽をステージにあげるスタイルが、60年持ったっていうこと自体、ものすごいことだと思います。
※アイルランド音楽シーンを60年近くに渡り牽引してきたチーフタンズのリーダー、パディ・モローニ氏が2021年10月11日永眠されました。ご冥福をお祈りいたします。長濱さんのお話はそれ以前にうかがったものですが、アイルランド音楽の1つの時代が終わり、また新たな伝統音楽の時代がはじまったように感じています(野崎)。
編集部によるバウロン体験レッスン動画
*今回の動画のためにバンジョー奏者の高橋創さんが駆けつけてくださいました。
小学校5年生の時にギターを始め、たまたま聞いたビートルズの音源に衝撃を受ける。 中学生の頃アイリッシュギターの第一人者である城田じゅんじ氏に師事。 2010年からアイルランドへ拠点を移し、現地でアイルランド音楽を学ぶ。 ヨーロッパ各国でアイルランド伝統音楽を演奏する音楽家たちと多数共演を果たし、日本人ならではの繊細な感性、鋭さと温もりを併せ持つ変幻自在な演奏スタイルが好評を博す。 2017年末に帰国し、アイルランドで過ごした日々から、自分の音楽を作っていく意味を感じ、自身のサウンドを探求しながら日々を過ごす。
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