インタビュー
2020.12.13
連載「じっくりショパコン」第1回 カタリーナ・ポポヴァ=ズィドロン

ショパンコンクール審査委員長が語る「ショパンらしい演奏」〜作曲家自身になりきる

音楽コンクールの最高峰、ショパン国際ピアノコンクール、略してショパコン。連載「じっくりショパコン」では、2021年に延期となった第18回ショパン国際ピアノコンクールをより楽しむべく、ショパンについて、そしてコンクールについて理解を深めていきます。
まずは、第17、18回で審査委員長を務めるポポヴァ=ズィドロンさんにインタビュー! ショパンらしい演奏とは何か、マズルカの難しさについて、そして次のコンクールでどのようなピアニストを求めているのか、お話いただきました。

高坂はる香
高坂はる香 音楽ライター

大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動...

第17回ショパン国際ピアノコンクール開催中にユンディ・リと話すポポヴァ=ズィドロン審査委員長。
写真提供:国立ショパン研究所

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2015年に続き、次回、2021年のショパン国際ピアノコンクールで審査委員長を務めるカタジーナ・ポポヴァ=ズィドロンさん。2005年のショパンコンクールで、ポーランド人として30年ぶりに優勝したラファウ・ブレハッチさんを育てたピアニストです。

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ちなみに、2010年までは、その前(1975年)のポーランド人優勝者、クリスチャン・ツィメルマンを育てたヤシンスキさんが審査委員長をつとめていましたから、なにかそういう伝統のようなものを感じます。

ズィドロンさんご自身は、ブルガリア生まれ。ポーランドのポズナン、グダンスクで学んだのち、ウィーン国立音楽大学大学院を修了しています。

ショパンらしい音楽とはなにか。メールインタビューで、じっくりと伺いました。

自分の音楽を見つけ、個性を育むために必要なこととは?

——コンクール延期についての記者会見の際、「この状況ではレッスンが受けにくいかもしれないが、演奏家には、自分の音楽を作るため、孤独が必要な場合もある」とおっしゃっていたのが印象的でした。

今や若者のまわりには、先生の言葉に加え、ネット上の多くの情報があふれています。そんななか、優れた演奏の「イミテーション」をしたくなる誘惑を断ち、自分の音楽を見つけるには、どうしたらいいのでしょうか?

ポポヴァ=ズィドロン すべての影響から自分の音楽を切り離すことは、不可能です。音楽教育は、そもそも音楽的言語に親しませることを基本としているので、最初の先生がインフルエンサーとして、生徒に音楽の意味を説明することになります。

偉大な音楽家の演奏へのアクセスが容易になったことは、若い演奏家にとって、一般に受け入れられるため、手っ取り早くものごとを進めてしまえないかという、大きな誘惑となっているでしょう。核心にたどりつくため、作曲家の人生や作品を幅広く探究するかわりに、すでに存在する解釈を利用しようとする。近道を使って成功を手に入れようと考えてしまうわけです。

短期間で喝采を得ようとするこのデスパレートな欲求は、多くの若い解釈者を、平均的、予測可能、標準的なものにしてしまいます。その演奏は個性を持たず、記憶に長く残ることも、感情に触れることもありません。

私はこれを、「受け売りの解釈(second-hand interpretation)」と呼んでいます。

真に敏感で音楽に興味があるアーティストは、他人の録音を聴くことを避け、作曲家の書いたものと、そこから生じる自分の感情、精神的な反応にインスピレーションを求めるものです。

カタリーナ・ポポヴァ=ズィドロン
ブルガリア生まれ。ダダンスクの州立音楽学校を卒業後、ウィーンの音楽・舞台芸術大学でアレクサンダー・イェンナー氏の指導を受ける。
第4回ポーランド・若き芸術家のためのファスティバルに出場、第2回ポーランド・ピアノ・コンクール、第9回ショパン国際ピアノコンクール、準決勝出場など数々のコンクールで受賞。
国内外で演奏活動を行なうほか、ショパン・コンクールの審査員を務め、数々の若手ピアニストを世に送り出している。

——楽譜に従うことやアカデミックな知識と、個性や感情のバランスは、どの作曲家を演奏するうえでも大切なことだと思います。そのバランスをとるため、気をつけるべきことは何でしょうか?

ポポヴァ=ズィドロン アカデミックな知識は、個性と対立するものではありません。十分な情報を持つことは、プロのピアニストにとって不可欠です。

一方で、個性は誰もが持っているものです。その個性がどんなものであるか。おもしろいか、繊細か、想像力豊かなのか、ありきたりでつまらないのかなどが、違いとして現れるわけです。

個性のうち先天的なのは、一部です。人生経験により、誰もが個性を育むことができますが、加えて、ほかの偉大な芸術家の経験から吸収したり、本を読んだり、美術館を訪れたり、いい映画を観たりすることで、さらに発展させることができるでしょう。

多くの若者は“完璧な”演奏に忙しく、それが芸術において、あくまで肉体的な要素でしかないことを忘れています。精神的部分に割く時間がないのです。そのため、ほかの録音を真似ることに手を出してしまうわけです……。

大切なのはショパンを知り、ショパンになりきること

——2005年に優勝したブレハッチさんは、「これが本当のショパンらしい演奏に違いない」と感じさせてくれました。ただ、それがなんなのか言葉で説明するのは難しいように思います。一方でコンクールでは毎回、「いいピアニストかもしれないが、ショパンらしくない」といったようなことが、特にポーランドのピアニストや評論家から聞かれます。実際、ショパンの意図を理解したショパンらしい演奏とは、何なのでしょうか?

ポポヴァ=ズィドロン 「ショパンらしい演奏とは何か」という問いは、「ショパンはどのような人物だったか」という問いでもあります。

私たちは、ショパンの外見、行動スタイル、健康状態、どんな芸術をを受け入れ、拒絶したのか、ポーランドやフランスでどんな感情を抱いていたのかなど、多くの情報を得ることができます。手紙や、友人・知人の記憶は、その証拠となる遺産です。

繊細、エレガントで、外の世界に対しては控えめで距離を置いていたけれど、友人の輪のなかではオープン、誠実で陽気な人でした。内面は浮き沈みが大きく、祖国を恋しがり、賞賛するファンたちがいても孤独を感じることが多かった。得意になること、過剰な高揚や誇張、がさつなデモンストレーションを嫌い、愛する人にはあたたかく接しました。

複雑な人で、平凡だったり、わかりやすかったりするところはないにもかかわらず、芸術表現の最高の形としては、シンプルさに価値を見出していました。

ショパンらしい演奏を実現する最良の方法は、つかの間、ショパン自身になることです。ラファウ(・ブレハッチ)はキャクターのなかに、これらの性質をかなり多く持っていました。そこで私と彼とで、それらを音楽にするための作業をしていったのです。

ラファウ・ブレハッチによるショパンの「ピアノ協奏曲第1、2番」と「マズルカOp.17」

2015年10月17日、コンクール期間中に取材に応じるポポヴァ=ズィドロン審査委員長。
©Wojciech Grzedzinski

——コンクールの重要な課題曲にマズルカがあります。ポーランドの感性と強く結びついたマズルカを理解する難しさは何でしょうか? 特に文化圏が異なる人が作品を理解するには何が必要ですか?

ポポヴァ=ズィドロン マズルカは、演奏家にとっての真の試金石です。優雅さ、優しさ、ポーランドの民族的テンペラメントと、同時に多義性、奥ゆかしさ、逃避感、胸を打つ憧れ、そして時に運命に強く抗う心情。これらが演奏者に十分とりこまれているかが試されます。言い換えれば、ピアニストが適切な程度に「ショパンになっているか」がわかるのです。

マズルカから、真実かそれとも仮面かを見破ることは、とても簡単です。真実に近づくには、ポーランドの歴史を知らなければなりません。ショパンの時代、この国は地図から消され、文化だけがポーランドらしさの避難所となっていました。

ショパンのマズルカは、ポーランドらしさの真髄です。鮮やかなエネルギー、歌うメロディ。後期作品集ではとくに、語りがたびたび中断されることで、ドラマティックなレチタティーヴォを模す表現が実現しています。これにより、ある感情……「ショパン、ポーランド人」ということが、完璧に示されるのです。

ショパン:マズルカ全曲(アルトゥール・ルービンシュタイン)

まっすぐに心に語りかけるショパンの音楽をただ受け取るだけでいい

——聴き手として本当にショパンらしい音楽を見出すためには、どこに気をつければよいのでしょうか? 速く華やかな演奏や、なんとなく心地よかったり感動的だったりする演奏に惹かれることもあると思いますが、本物を見つけるために気にかけるべきポイントは?

ポポヴァ=ズィドロン 音楽を聴く人には、音楽教育を受けた人、受けていない人、生粋の音楽好きやたまたま聴いたという人など、さまざまなタイプがいると思います。

ショパンの人気が高いのは、普遍的な人間の感情を表した音楽だからだと思います。憧れ、喜び、優しさ、愛、不可能さ、意見の食い違い、反省、瞑想など……これらが、完璧なハーモニー、旋律、ドラマチックな語り口で飾られているのです。驚くべき技巧が重要なのではありません。

ショパンの音楽は、まっすぐに心に語りかけるので、それぞれの人が、自分なりに可能なものを受け取るでしょう。特別な準備は必要としません。

——ショパンの録音でおすすめのものや、お気に入りのものがあれば教えてください。

ポポヴァ=ズィドロン 特定の録音は選べませんね。アルトゥール・ルービンシュタイン、ディヌ・リパッティ、アルフレッド・コルトーなどの古典的な演奏もありますし、若くて興味深いアーティストの解釈もたくさんあります。一部はショパンコンクールの入賞者ですが、それに限られるわけでもありません。

求めるのはショパンを尊重するピアニスト

——次のショパンコンクールであなたが求めているのは、どんなピアニストですか。

ポポヴァ=ズィドロン 私がどのようなピアニストを求めているのかは、答えるのが難しいところです。

ただ、まず確実なのは、ショパンよりも自分を優先する人でないこと。作曲家に仕えることなく、自分のために音楽を変えてしまう人ではないということです。

美しい音、明快なテクスチャー、語りの誠実さも不可欠です。しかし、解釈の面で私がもっとも求めているものがあります。それは、本気で取り組む姿勢、誠実さ、新鮮さ、真の感情、カリスマ性です。

——あなたにとって、ショパンとはどんな存在ですか?

ポポヴァ=ズィドロン 幼い頃から、ショパンは私の生活のなかに存在していました。ピアノを学ぶためにポーランドに来ると、その作品は私のレパートリーの重要なものとなりました。どんどん私の心を捉え、そして今も私の心を捉え続けています。

1975年のショパンコンクールへの参加、コンクールに臨む生徒たちの準備、コンクールのプログラミングへの協力、審査員への参加。そして、2015年と2021年に審査委員長に指名されたことにより、ショパンは私の人生の中心的な存在となりました。大きな名誉、責任です。この栄誉にできるかぎり応えることが、私のただ一つの願いです。

高坂はる香
高坂はる香 音楽ライター

大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動...

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