インタビュー
2022.02.25
ドラマチックにする音楽 vol.11

金子隆博が朝ドラ『カムカムエヴリバディ』で振り返る100年のジャズとは

ドラマをよりドラマチックに盛り上げているクラシック音楽を紹介する連載。
今回は、現在放映中のNHK連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』の音楽を手がけている金子隆博さんにインタビュー。米米CLUBやBIG HORNS BEEで「フラッシュ金子」として活躍してきた一方、アーティストや映像作品などへの楽曲提供も多く行なっている金子さん。ドラマの3代のヒロインの生きざまを彩る音楽について聞いた。

取材・文
桒田萌
取材・文
桒田萌 音楽ライター

1997年大阪生まれの編集者/ライター。夕陽丘高校音楽科ピアノ専攻、京都市立芸術大学音楽学専攻を卒業。在学中にクラシック音楽ジャンルで取材・執筆を開始。現在は企業オウ...

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メインテーマの源泉は「アメイジング・グレイス」とドヴォルザーク

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金子隆博(かねこ・たかひろ)

「フラッシュ金子」として米米CLUB、BIG HORNS BEEなどのバンドでサックスプレーヤーを務めた。現在は音楽プロデューサー、キーボードプレーヤーとして活動。また、NHK歌謡番組「うたコン」の指揮者を務める。
その一方で、1994年に映画『河童』で日本アカデミー賞音楽賞を受賞以降、ドラマや映画などの映像作品や、アーティストへの楽曲提供を積極的に行なっている。これまでに手がけたサウンドトラックに、『夫婦善哉』『ラギッド!』『経世済民の男「小林一三」』『PTAグランパ!』『PTAグランパ2!』『明治開化 新十郎探偵帖』などがある。

——『カムカムエヴリバディ』、毎日楽しく観ております。三世代のヒロインによるドラマですが、音楽を作る上でどんなコンセプトを定めましたか。

金子 最初にお話をいただいた時点で、ルイ・アームスロトングの「On the sunny side of the street」が物語の重要なテーマの一つになることが決まっていました。まずは「ジャズに似合うドラマになるのだろうな」と思いましたね。

金子 もちろんジャズ作品はたくさん書きましたが、それは一部にすぎません。今作は3人ヒロインがいて、戦前、戦中、戦後、そして現代まで、それぞれ幼少期から成人期まで強くたくましく生きていく点に、男性的な強さとは違う、女性的な強さも感じました。

1つ1つのシーンではなく、もっと大きく捉えて、この物語が視聴者の皆さんに残したい大きなメッセージは何だろうといつも考えています。それこそが、メインテーマにふさわしい役割です。だからこそ、メインテーマはクラシカルに、とうとうと流れる幹のような音楽であるべきと思ったんです

それは、例えば物語を見守る「祈り」の音楽。「アメイジング・グレイス」のような、シンプルなフレーズ。ブルースやゴスペルも感じさせる一方、クラシカルでもある。自分の中の「ゴスペル」が書きたい。そんな思いをメインテーマに託しています。

金子 「アメイジング・グレイス」は、明るい曲調で、郷愁も感じさせられる音楽です。これはクラシックで言うと、ドヴォルザークに共通していると思っています。

かつて、ネイティブアメリカンの居住区がたくさんあるアメリカのセドナやサンタフェに行ったことがあるのですが、先住民に関する展示を見ているとき、ちょうどそこに流れていたのがドヴォルザークの音楽で。それを聴いて、思わず「そうか、これがアメリカの郷愁か」と感じたんです。

ドヴォルザークがアメリカ滞在時に作曲した音楽。ドヴォルザークは50代に約3年間、ニューヨーク・ナショナル音楽院で院長を務めた。

金子 アメリカといえば、『カムカムエヴリバディ』では重要な存在です。初代ヒロインの安子(上白石萌音)は渡米してしまった。2代目ヒロインのるい(深津絵里)と、夫のジョー(オダギリジョー)もアメリカに行きたいと思っていた。ジャズの発祥もアメリカです。

ドヴォルザークの音楽や「アメイジング・グレイス」にある郷愁感は、日本人の心にも通じていると思います。細かく難しいメロディではなく、いたってシンプル。ドヴォルザークの存在は、今回の裏コンセプトでもありますね。最終章に向けて、それを意識したフレーズの長い音楽が増えてくると思います。

ルイ・アームストロング「On the sunny side of the street」が初めて登場するシーン。初代ヒロイン・安子の夫になる稔(松村北斗)と、行きつけの喫茶店のマスター・定一(世良公則)。

——チェコの作曲家だったドヴォルザークも、アメリカとの関係が深い人物でしたね。まさか、『カムカムエヴリバディ』からドヴォルザークにつながるとは思ってもいませんでした。

金子 そのほかの音楽では、時代やヒロインのキャラクターに寄り添う音楽を心がけました。初代ヒロインの安子ではルイ・アームストロングを軸にした賑やかな音楽。2代目ヒロインのるいの時代には都会的でクールなジャズ。そして、3代目ヒロインのひなた(川栄李奈)の時代には、ニューオリンズ・ブラスバンドやトルコの民族楽器、ケルトミュージックまで、もう何でもありのわちゃわちゃ感満載の劇伴になっています。

また、初代の安子時代に流れていたフレーズが、るいの時代、ひなたの時代と、だんだん現代的なアレンジになったりもしています。

喫茶店のマスター・定一(世良公則)が進駐軍のライブハウスで「On the sunny side of the street」を披露。

3代のヒロインとともにジャズを振り返る

——特にるいの時代では、オリジナルのジャズナンバーがたくさん流れていますね。劇中にはジャズミュージシャンが登場して、セッションを繰り広げます。強烈に耳に残りました。

金子 ジャズについても、「当時、こんな音楽あったな」と思っていただける曲作りを意識しました。劇中で行われた、ジョーと、ライバルのトミー(早乙女太一)のセッションは、1947年ごろにアメリカで生まれたビバップを意識しています。戦前に頭角を表したルイ・アームストロングに続いて、プレイヤーたちが腕を磨き上げ、激しい即興でテクニックを競い合って生まれたスタイルです。劇中に登場したセッションは、ビバップで活躍したディジー・ガレスピーチャーリー・パーカーの音楽に近いですね。

ジョー(オダギリジョー)とトミー(早乙女太一)は、関西一のトランペッターを決めるコンテストでセッション対決を行なう。

金子 このシーンの音楽は、本当に「譲れないな」という一心で書きました。「自分がジョーやトミーと同じ関西の音楽シーンにいたら、どうやってセッションするだろう」とも考えましたね。

というのも、ビバップや、その後に続くハード・バップを含むモダン・ジャズは、僕の青春そのものなんです。ハード・バップは、ピバップよりもテーマがシンプルでポップだけど、即興はビバップさながら真剣にやるスタイル。そしてファンキーな要素も加わってきます。僕自身もサックスを吹いてたくさんコピーしましたし、米米CLUBBIG HORNS BEEでやっていた音楽とも重なるんです。まさに、自分がやってきたこと・やりたかったことが、『カムカム』の音楽に表れています。

——100年という時代の流れの中で、金子さんも生きてこられたわけですよね。

金子 3代目ヒロインのひなたは1965年生まれで、僕は1964年生まれです。ひなたみたいに、僕も「英語が習いたい」と言っていましたね(笑)。

当時は高度経済成長期で、僕の父親世代がすごくがんばって働いていて。子どもたちはたくさんお稽古に励んだり、家にはカラーテレビがあることがステータスだったり、親父が急にステレオセットを買ってきたり。本当に、『カムカム』に自分が重なります。

——それと同時に、金子さんが音楽業界で活躍し始める時期も重なっています。

金子 そうですね。言ってしまえば、僕たちの時代の音楽は何でもありでした。ちょうど、人の手で作られる音楽は飽和状態になってくるんです。例えば、ソウルなどの「歌もの」は70年代に一度突き抜けて素晴らしくなりますが、80年代には機械の力でエレクトリックの音楽が一気に強くなってきますよね。やがて、MTVなどでビジュアルと一緒に音楽を楽しむ流行が生まれたり、ヒップホップが誕生したりする。また、ジャズやソウルのすごさに気づいた人が新たにサンプリングし始めたりもする。何でもありなんです。

でも、ちょうど今もそうですよね。YouTubeですぐに何でも音楽に触れられる時代です。どれをチョイスしていいのか迷ってしまいますよね。でも今の若いプレイヤーたちはへっちゃらで、能力高く自分のスタイルを見つけている印象があります。

ジャズ界のレジェンドとの共演は一発録り

——今回のレコーディングでは、クラリネット奏者の北村英治さん、サックス奏者の渡辺貞夫さんというレジェンドの2人と共演されています。

金子 日本のジャズ界のスーパースターであり、現在の年齢(北村さんは92歳、渡辺さんは89歳)になられても、なお現役でバリバリ活躍しています。おふたりの「本物の音」が欲しいと思い、お願いしました。

僕や仲間はすでに40、50代を迎えていますが、「まだまだ上には上がいるぞ」と思える体験がしたかった。仲間も含めて勉強させていただきたいと思い、そんな場をコーディネートしようと思ったんです。レコーディング前から、収録の日が楽しみでした。

北村さんには、一番のお得意を吹いていただきたいと思いました。やはり北村さんといえばスウィングジャズ。例えば、劇中に流れている《ふたりでお茶を》などを演奏していただきました。

貞夫さんに関しては、最近の音色を知っていました。静かで優しい音色でサックスを吹かれています。この音色は、クラシックのサックスとはまた少し違いますが、美しくて、ジャズプレイヤーだからこそ歌える歌がある。メインテーマでは、そんな音色でオーケストラに混じってもらいたいなと思いました。若いころの貞夫さんにはお願いできなかったのではないかと思います。

レコーディングに参加したミュージシャンたちで、北村英治さん(中央)を囲んで。

——楽しく充実したレコーディングだったことがうかがえますが、いかがでしたか。

金子 実は、スリル満点でした。おふたりとも、とにかく自由で。若者に遠慮して言葉を飲み込むことなく、思ったことはスパッと言う(笑)。僕らの世代(ひなたの世代)って、どうしても場の空気を読もうとしてしまいがちです。ちょうど10歳くらい上の先輩ミュージシャンは、初対面でも、相手をちょっとディスるギャグをかました後に「おぉ、よろしく」と握手する人が多い。

レコーディングについては、おふたりともヘッドフォンを被って録音したくないとのご希望だったので、「せーの」の一発録り。今どきレコーディングでは、ドラム、ピアノ、ホーンセクションなどを分けて録音することが多いんです。でも、やはり一瞬で音を合わせることで得られるものがあると思い、このスタイルで録りました。

サックス奏者の渡辺貞夫さん(左)と、金子さん

——今回、あえて「朝ドラ」の音楽に北村さんや渡辺さんを起用することには大きな意味があると感じています。金子さんにとって、大きな意味合いがあったかと思いますが、そこから何が伝えたかったのか、教えてください。

金子 僕自身、劇伴にはいろんな思いがあります。まず、僕が小学生のころは、オーケストラの映画音楽が全盛期でした。父親も、グリーグの《ペール・ギュント》やロッシーニの《ウィリアム・テル》など、子ども用のレコードを買ってきてくれたりしましたね。その中でインストゥルメンタルの音楽に惹かれた経験があるんです。だって、すごくきれいなメロディって、絶対感動できますよね。だからこそ、いろんな人に「インストゥルメンタルの音楽って素敵なんだぞ」と知ってほしい。まずはそんな思いが根底にあります。

例えばクラシックなら、「名曲」と呼ばれるものがたくさんありますが、僕たちは新しい曲を作っていかなければいけません。そして映像と一体化させたり、名演奏家によって演奏してもらうことで、その音楽はますます良いものになる。だからこそ、僕の音楽は足元にも及びませんが、北村さんと貞夫さんに吹いていただきたかったんです。

物語とメロディをセットで思い出せるような音楽に

——今回、脚本を担当されている藤本有紀さんは、『夫婦善哉』(2013年、NHK)でもご一緒されています。

金子 藤本さんの書かれる物語には、本当に細やかな視点がありますよね。今回もヒューマンドラマとして、人間同士や家族の小さなやりとりが描かれている。仲の良い家族が、ちょっと喧嘩になっても、次の日にはやっぱり仲良くご飯を食べているような。そんな繊細でたくましい人間の作業が、ユーモアに描かれていると思います。

それに僕が音楽をつけているわけですが、僕の音楽の作り方は、基本的にメロディ主体です。鼻歌で歌えそうなシンプルなフレーズを決めておいて、それに対してハーモニーを考え、後からピアノやギターでアレンジを重ねたりして、ほどよく複雑にしたり、シーンに合わせた洋服を着せたりする。先ほどインストゥルメンタルの音楽の素晴らしさを知ってほしいと話しましたが、ぜひ物語と一緒にメロディも思い出していただけたらと思います。

2代目ヒロインのるい(深津絵里)
番組情報
連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』

放送:
総合:月〜土 午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:月〜土 午前7:30〜7:45
※土曜は1週間を振り返り

音楽:金子隆博

脚本:藤本有紀

語り:城田優

出演:上白石萌音、深津絵里、川栄李奈 ほか

制作統括:堀之内礼二郎、櫻井賢

プロデューサー:葛西勇也、橋本果奈、齋藤明日香

演出:安達もじり、橋爪紳一朗、深川貴志、松岡一史、二見大輔、泉並敬眞 ほか

制作:NHK大阪放送局

連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』オリジナル・サウンドトラック
劇伴コレクション Vol.1、Vol.2、ジャズ・コレクションの3種類が発売中。
取材・文
桒田萌
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桒田萌 音楽ライター

1997年大阪生まれの編集者/ライター。夕陽丘高校音楽科ピアノ専攻、京都市立芸術大学音楽学専攻を卒業。在学中にクラシック音楽ジャンルで取材・執筆を開始。現在は企業オウ...

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