『題名のない音楽会』プロデューサー、鬼久保美帆さんに訊く、ムーブメントの作り方
カウンターテナー歌手の藤木大地さんが、藤木さんと同様、“冒険するように生きる”ひとと対談し、エッセイを綴る連載。
第8回のゲストは、長寿番組『題名のない音楽会』(テレビ朝日)のプロデューサー、鬼久保美帆さん。TVを通してお茶の間からムーブメントを作ってきた鬼久保さんと一緒に、クラシックの未来を考えました。
テレビへのあこがれ
物心ついたときから、テレビに出ている人は遠く特別な存在だった。
民放のチャンネルがふたつしかない宮崎で育ち、学校で話題になるのはテレビのことばかり。親が子どもに見せたくないと思うような番組も、友だちとの話題についていくためと頼み込んで見せてもらっていた。
テレビに出ている人に初めて会ったのは、小4くらいのとき。通っていたスイミングクラブをチャック・ウィルソンさんが訪れてくださることになり、有名な人に生で会える日を、指折り楽しみにしていた。
当日、僕はウィルソンさんにどうにか自分をアピールしたくて、全員での記念写真撮影で彼の隣に陣取り、会話を試みた。小4がそんな気持ちで準備した精一杯の言葉と行動はちょっとした「しもねた」で、結果、僕はウィルソンさんに見事にしばかれた。それが僕の「有名人」とのファーストコンタクトだった。
思春期を迎えると、東京に行けば道を芸能人が歩いているものだと思っていたし、ミーハー心を隠しながら好きな歌手のポスターを勉強部屋に貼ったり、カラオケが上手くなりたくて、いまよりずっとハードルの高かったひとりカラオケを企てたりしていた。
メディアの多様化で、「有名な人=テレビに出ている人」というイメージだけには当てはまらなくなってきた現代。それでもテレビの影響は大きいと思う。
いま、光栄なことにテレビでうたわせていただく機会が時々ある。「ブラウン管の向こう側」とはもう呼ばれなくなったけれど、あの頃の自分のあこがれを思い出して、夢のある歌をうたいたいと思っている。
藤木大地
対談:今月の冒険者 鬼久保美帆さん
1970年東京生まれ。都立小石川高校、東京藝術大学音楽学部楽理科卒業。
1995年テレビ朝日入社。2000年より「題名のない音楽会」ディレクターおよびプロデューサー担当。
藤木大地(&数名のアーティスト)が鬼久保さんに訊きたい8つのこと
Q1. 1991年に、東京藝術大学の楽理科に入学されています。元々は声楽家になりたかったとか。
鬼久保 幼稚園でピアノを始めて、小学4年生から武蔵野音楽大学附属の音楽教室で、ピアノと共にソルフェージュなども学びました。そこで合唱の時間があって、歌うのがとても好きになって。教室のオペラに合唱で参加していたんですが、モーツァルトの《魔笛》の「夜の女王」に憧れて、歌ってみたかったんですよね。
声楽で受験したけど1年目は受からなくて……。浪人しましたが、喉にポリープを作ってしまったんです。結局その後の受験もボロボロで、手術もしました。そのときに、「私の性格的に、声楽は無理だな」って思ったんです。
浪人中は時間があるから、初めて音楽作品の裏側を調べたりして興味深かったし、元からテレビが好きで音楽プロデューサーのほうが向いているのかと思ったときに、楽理科というものを知ったんです。そこからは180度勉強法を変えて、英語も小論文も頑張って、なんとか間に合わせました。
藤木 無事合格されて、卒業論文なども書かれたかと思いますが、どのような学生生活を送っていたんですか。ご専門は?
鬼久保 大学に入学して早々、ショックを受けました。自分はなんて音楽を知らないんだって。入学当初はオペラの研究をしようと思っていたのに、何より衝撃を受けたのが現代音楽の存在。ある種自由で、いろんな音、美術や文学や哲学を組み合わせている。聴いていて心地よいわけではないけど、興味が湧きました。
だけど、それをどう研究として展開すればよいのかわからなかったとき、聴音の課題で印象的な和音を聴いたんです。あとから先生に誰の作品なのかを聞くと、1600年代のイタリアの作曲家、カルロ・ジェズアルド。当時では珍しい不協和音を多用していたんですが、それは和声のルールが確立されていないから。それが、現代音楽のクラシック音楽のルールを破ろうとしている様子にリンクしたので、ジェズアルドを専門にしました。そのためにヨーロッパ旅行にも行きましたね。
藤木 好奇心の塊ですね。
『題名のない音楽会』に携わって2020年で20年目をお迎えになります。その最初のきっかけはどのようなものだったのですか?
鬼久保 テレビ朝日に入社して最初の3年弱は一般事務を、それから制作に異動して『8時だJ』という番組を担当しました。本当は異動当初、当時の局長に『題名』はどうかと聞かれたんですが、私としては番組づくりの基礎を知りたかったし、初めから音楽番組だと幅が広がらないと感じたんです。
藤木 鬼久保さんご自身はジャニーズのファンだったんですか?
鬼久保 小学生の頃はマッチが好きでした(笑)。もとから歌謡曲が大好きで、桜田淳子さんや、ピンクレディーも好きでしたね。でも、その後は一気に洋楽に惹かれて、武道館にクイーンのコンサートに行ったりもしていました。
藤木 就活でテレビ局を受けるとき、モチベーションにもなったんじゃないですか。
鬼久保 100%ありました。テレビが大好きだったんです。だから、エンターテイメントに携わって、音楽を武器にできればと思っていました。
藤木 20年経って、その思いは成就されましたね?
鬼久保 まだまだ、展開していきたいです。
Q2. 「世界一長寿のクラシック音楽番組」としてギネスブックにも公認され、2019年で番組の歴史は55年となりました。司会者の皆さんとの印象的な思い出があったらぜひ教えてください。
鬼久保 2000年4月に羽田健太郎さんが司会になられて、私が配属されたのはその年の10月でした。羽田さんはポップス界の重鎮でした。一時期の歌謡曲のピアノメロディはすべてハネケン、というくらい。でももともとは桐朋学園大学を出られていて、クラシック音楽にもベースのある方。そんな彼の資質をいかに番組に反映させるか。そのために行なったのは、ポップスとオーケストラの融合でした。
当時は「歌がないとCDは売れない」という時代でしたが、アコースティックなサウンドでヒット曲が生まれました。だからこそ、オーケストラをバックに流行曲を演奏する、という試みを行ないました。ただ歌の旋律をなぞるだけでなく、アレンジにも力を入れる。ポップスで活躍している人と共演することで、世間はオーケストラのサウンドに注目する、ということを目指しました。
鬼久保 2000年代は、携帯電話の流通が進んだ時代でもありました。着メロの登場です。15秒くらいのクラシック音楽の良いところを抜き出して、40曲ダイジェストで演奏する企画もしましたね。クラシックで敬遠されがちな長い尺を、生活に根付いた着メロという観点で取り上げる。すごく話題になりましたし、そのアイデアを使わせてくれ、と多くのレコード会社から連絡が来ました。
ポップスを足がかりにオーケストラへの興味をかきたてて、いかに本当のクラシックに繋げるか。そんなクラシックのカジュアル化を試みると、そのうち本物を聴きたくなってくるんじゃないかって。
2007年に羽田さんが亡くなられてしまってからは、準備に半年以上かけました。次の司会者は佐渡裕さんに決定。彼は「1万人の第九」などで関西地区では有名だったし、吹奏楽という別ラインを持っていらした。彼が「昔楽器をやっていた方が、また自発的に音楽に取り組めるように」とおっしゃっていたこともあり、「振ってみまSHOW!」といった視聴者参加型のものを行ないました。
次に求めたのはニュースター。若くて勢いがあり、ジャンルの活性化につながりそうな方。それが五嶋龍さんでした。彼が小さい頃からテレビのドキュメンタリー番組でもシリーズ化されていてファンも多く、お姉さんも世界的なヴァイオリニスト。テーマは「アップデート」。日本人の若手演奏家がどんどん世界に羽ばたいていたときでした。ジャンルも奏者も活性化している感じを出そうとしました。
五嶋さんの次は、一般的に知られた顔がいいかな、と考えました。そこでぴったりだったのが、幼少期から音楽をされて、東京藝大から劇団四季に入団され、その後も歌や芝居で活躍されている、ミュージカル界のスター、石丸幹二さんでした。
藤木 石丸さんは、劇場支配人という役割ですよね。
鬼久保 そうです。プロデューサー的な立ち位置です。幅広い見地に立って「専門家を呼びました」とガイドする立場。
藤木 時代やマーケットの変化に合わせて、人選と戦略をされていますよね。むしろ流行を作っているようにも見えます。
たしかに誰か若い演奏家が出演して、それがきっかけで新しいファンができれば、番組も視聴者もずっと応援しますね。
鬼久保 番組が55年も続いているということは、大アーティストになる前の「未来の大器」の姿を映すことができるということ。その演奏家の人生を追えることが、番組を長く続ける意味だと思うんです。かつての小林美樹さんや、山根一仁さん、反田恭平さんも幼少時に出演されました。子どもたちに、オーケストラと共演できるチャンスを与えて、音楽家としての人生を拓く手助けができることも、意義あることだと思っています。
編曲家や作曲家も同じです。グラミー賞にノミネートされた挾間美帆さんも、佐渡裕さんに「この子は良いものを持っている」と引っ張ってこられたんです。まだ学生だった彼女にたくさんアレンジをお願いしました。
人材育成というと言い方は硬いですが、そういった機能も意識していきたいです。
Q3. テレビを取り巻く環境も、日本のクラシック音楽の市場も、大きな変化があったと思います。その変化についてどのように感じていらっしゃいますか?2020年現在の番組作りで、現代の視聴者に届けたいと思っていらっしゃることはどんなことですか?
鬼久保 私が子どもの頃やそのずっと前、クラシック音楽の演奏家ってもっと大衆的な存在でした。クラシック音楽業界で活躍する人が、タレントとしての機能も担っていた。
語弊を恐れずにいうと、未だに世間には「クラシックの演奏家は、流行曲を下に見ている」という印象があると思うんです。演奏者側も「クラシックがすべて」みたいになっているんじゃないかなって……。先端の音楽なんて、もうジャンルレスの時代ですよ。一般の人々にアプローチしようとするならば、その人たちが聴いている音楽に近づくべきではないかな、と思います。
昨年、『題名のない音楽会~55周年記念コンサート
要するに、見せ方です。「この人の手にかかると、こんなにすごいことになるんだ」と思わせるような材料の幅を広げること。流行曲を、クラシックの人間で遊んじゃってもいい。
藤木 楽しそうですね。自分が楽しくないとお客さんも楽しくないし、それが根本にある気がします。
Q4. 演奏家にとっては、出演することが夢のひとつとも言える番組だと思います。藤木も二度出演させていただき、「『題名』で観てあなたのファンになりました」と言っていただくことも多いです。演奏家のキャスティングはどのようになさっていますか?『題名』に出たい演奏家が自分で売り込む方法はありますか?
鬼久保 熱心に資料を送ってくださる方、たくさんいらっしゃいます。その人と我々のやろうとしていることがリンクしているかどうかに注目しますね。やはりコンクールで優勝している人が目に付きやすい。世界的であればなおさら。賞歴重視ではないけど、大きな参考材料にはなりますよね。他にも、幼少期に知り合った子も、ある程度は追っています。要するに、世間が注目する何かをもっているのかどうかです。
藤木 きちんと練習して上手くなって、演奏活動を充実させることが一番な気がします。
鬼久保 そうです、一番外しちゃいけないのは、良い音を届けることです。
視聴者が番組を観ていたら、知らず知らずのうちに良い耳になっていた、というのが理想的。五嶋さんが司会になったとき、番組のスタッフを、音楽にさほど詳しくなくてもテレビ手法に長けた人たちに一新したんです。だから、まずはスタッフが届けようとしている音楽を理解できる言葉や手法を選ぶことを重視しました。すると、1、2年経つうちに、「以前はわからなかった音の違いに心が動いてきた」というスタッフが出てきたんです。確実に耳が育ってきているので、視聴者もそうなってくれると嬉しいですね。
Q5. 次回藤木が出演させていただけるとしたら、どんな企画があるでしょうか?
鬼久保 カウンターテナーは人気の声種となってきていますよね。ポップスでも男声のファルセットとか人気なので、藤木さんには、東京藝大の声楽科を出ているKing Gnuの井口理さんがファルセットで歌っているように、《白日》を歌ってもらうとか。それっていわゆるクラシック音楽できちんとやっていないと、できない応用ですよね。
King Gnu《白日》
藤木 楽しみです。僕は普段の演奏会ではいわゆるクラシック音楽をやっていますが、結局は、技術がブレなければ何を歌ってもいいと思っているんです。スタイルは変わっているんでしょうけど、特別に古典派とかロマン派とか分ける必要もないと思っているし。ジャンルで判断したくないです。ただ、音域が合っているかどうか、テキストが心に響くかどうか、というのは大事ですね。僕、心に思っていないことは歌えないんですよ。
鬼久保 その基準、すごいですね。
例えばトークで説明すればみんながついてくるわけではないですよね。演奏で伝えたいことがきちんと伝わるなら、そこに特化するべき。なんでもわかりやすくする必要はないです。
藤木 僕の場合、演奏会でトークをしないのは、声を守るためでもあるけれど、ずっと裏声で歌っているのに、いきなり地声で話すとお客さんが夢から覚めてしまうんじゃないかなってこともあります。やっぱり、ずっと夢を見ていてほしいです。
鬼久保 演奏者側はお客様からお金をいただいて、2時間を独占しているわけですよね。そしてぐっと集中させる。今やテレビを観るのは、スマホを触りながらですよ。そう考えると、コンサートってすごいですよね。
藤木 お客さんがその演奏家をリピートするかどうかは、その2時間にかかっているので、そこに賭けないといけない。
鬼久保 以前、藤木さんの演奏を聴いて、体が整ったんです。体調が良くなったというか、体の中に空気が通ったというか。これならマッサージ行くよりも、聴くほうがいいじゃん、と衝撃を受けました。
藤木 なかなか言われない褒め言葉で、とても嬉しいです。
Q6. 番組においてゲーム音楽の特集を始めたきっかけのひとつとして「クラシックのコンサートにいない層の人たちがゲーム音楽のコンサートにドバッといた」とおっしゃっています。コンサートホールに足を運んだことのない皆さんに音楽会の会場に来てもらうために、メディアと演奏家が一緒にできることはあるでしょうか。
藤木 ゲーム音楽の放送回の反響はすごいですか。
鬼久保 2010年にすぎやまこういちさんをお呼びしたのが、ゲーム音楽を取り上げた最初の放送でした。植松伸夫さんも一緒にお呼びしましたね。最初は、数字上ではあまり反響はなかったです。
実は2004年くらいから、すでにゲーム音楽のコンサートはあったんです。会場にスクリーンがあって、ゲームの映像を流しながら伴奏程度にしているのかな、と最初は思ったんですけど、一度行くと、スクリーンがなかったんです。観客は20代を中心とした男女。オーケストラを聴いたことがない人が多い中、これだけ集中させられる魅力はすごいと思います。
そこで、1回企画を出したいなと。2015年にゲーマーでもある五嶋さんに「ゼルダの伝説」を弾いてもらうと、数字が倍になりました。
藤木 では、ゲーム音楽のコンサートで初めてオーケストラを聴いた、という方に、次にクラシック音楽の演奏会に足を運ばせるには?
ゲーム音楽やテレビ、動画をきっかけにコンサートホールに促すことはできると思いますが、その上で演奏家はどのように発信すればいいでしょうか。メディアとしてできることなど、ご意見を聞きたいです。
鬼久保 私には、コンサートがすごく流行っているように見えるんです。足を運ぶ往復を含めても3時間、チケット代も必要、食事をするならもっとかかる。演奏会中は咳もしてはいけない。こんなにも負荷をかけているのに、ゲーム音楽やディズニー音楽などに、たくさんの人が集まる。人は興味さえあれば、お金を払って来てくれるんです。でも、そこで止まってしまわない工夫が大事。いかに感動のショックを残せるかが大事かと思います。
もっと言えば、クラシックのコンサートって必要? 何のために演奏しているの? どうして200年も前の作品を演奏し続けないといけないんだろう、と思うこともあり、それぞれのコンサートに、しっかりと趣旨がなければいけないとは思います。
Q7. 実は、鬼久保さんにゆかりのある音楽家から質問を集めました。
鬼久保 えー! 恐ろしい!
藤木 じゃあ、まずはピアニストの反田恭平さん。「5年後、10年後の未来。どんな形式のコンサートが増えると思いますか?」
鬼久保 めっちゃ難しいじゃん。もっと楽なものにして(笑)。
映像とのコラボが増えるだろうなと思います。シネマコンサートが今、流行ってますよね。そもそも映画音楽も、最初はオーケストラで演奏されるものでしたよね。というように、逆にもともと「映像と音楽が一緒」だったものに、生演奏することで再統合することはあると思います。
藤木 次は、バッハ・コレギウム・ジャパンの鈴木優人さん。「人生最後のワイン一本を選べるとしたら、どの産地のどのボトルが飲みたいですか?」。
鬼久保 私、ワインのソムリエ(ワイン・エキスパート)の資格も持っているんです。最後の1杯なら、全財産をつぎ込みたいな。フランスのロマネ・コンティ。
藤木 次は、ギタリストの村治佳織さん。「さまざまな企画を生み出すその創造力の源はご自身で何だと思われますか?」
鬼久保 創造力、枯渇して疲労困憊ですよ。でも、やっぱり人の仕事を見ることですかね。ヒントがたくさんあるし、「これでいいんだ」という確信にもなるし。それと、今年はもっと本を読もうと思います。
藤木 時間がいくらあっても足りないですね。
鬼久保 映画や舞台を見ることを絶やしてはいけないな、って。若い頃はもっと貪欲だったな、と去年反省したんです。関心のないことも見ていかないと。
先日、日本の文化を理解してないなと思い、お茶の初釜に参加したんです。着物に袖を通すだけでも、知らないことがたくさんあると気づいて。それは一見、テレビ制作には関係なさそうですが、音楽を理解する上で共通点が見つかると思うんです。ワインもそうです。キリスト教に関係があるんですよね。音楽は目や耳で感じますが、味や嗅覚も大事。五感で、いろんなことに関心を持ちたいです。
藤木 村治さんから、もう一つ。「あれだけお忙しいのにコンサート会場にも足を運んでいる鬼久保さん。すでにチケットを購入した公演で、私たちに教えていただけるものがあったら教えてください! あるいは、まだチケットを購入していなくても、2020年、これはぜひ聴きに行きたい注目のアーティスト(あるいは団体)を教えてください!」
鬼久保 あります。4月、ギリシャ出身の指揮者テオドール・クルレンツィス&ムジカエテルナ。クルレンツィスを初めて見たのは、2017年のザルツブルク音楽祭でした。モーツァルトのオペラ《皇帝ティートの慈悲》が、衝撃的でした。「チャララン」って始まるチェンバロが、「ジャカジャカジャカジャカ」って。すごい迫力。しかも、オーケストラ・ピットの中で演奏者が立って演奏しているんです。
彼がやりたいのは、おそらくその作曲家が今とは環境の違う当時想像していた音響効果を、今の環境で再現することなんです。演奏は一見突飛ですが、彼の考えを理解すると、狙っていた演奏効果はこれだったんだな、と思うんです。
藤木 オケピットの中で演奏者がずっと立っているだなんて、大変!
鬼久保 クルレンツィスは、すごく賛否が分かれる人です。私は断然、賛成派。「どうしてこの曲を演奏するのか」という意味が明確なんです。解釈も徹底しているし、彼の目線で研究している。突飛だけど、彼は「作曲家がこれを聴いたら喜ぶと思う」とまで言っている。奇をてらっているのではなく、軸となる考え方がある。しかも、スラッとしていてかっこいいんです。
ピアニストのユジャ・ワンも好き。とにかく目で見たい、会いたい、と思ってしまうの。やっぱり、コンサートって耳だけでなく目で見るものでしょう。空気の振動、聴衆の熱気に触れたいです。
藤木 村治さんからメッセージです。「時折私にお話ししてくださる鬼久保さんの夢や目標、素敵なことだなぁといつも思ってます」。
もう一人。アナウンサーの松尾由美子さんです。「いつも大人カッコよくオシャレですが、服装へのこだわりはありますか?」
鬼久保 そんな恥ずかしい質問を……。演奏家だけでなく裏方もそうなんですが、見た目って、初めて会う人に「自分はこういう人です」って視覚的に伝えられますよね。何か印象を残したい、という気持ちはありますね。
藤木 もう一つ。「ショートカットがとってもお似合いですが、どうやって今に落ち着いたんですか?」
鬼久保 歌を始めたときに、先生から「髪を伸ばさないと、(歌う)気持ち自体ができない」と言われて、そのときだけ唯一伸ばしましたね。それ以外はショートです。
藤木 「この音楽家には感動した、かっこよかった、素敵だった、などありますか?」
鬼久保 大勢いますが、近年だとさっきのクルレンツィスと、ラン・ラン。彼はスパルタ教育を受けていたんですが、今やエンターテイナーなんです。とてもつらい思いをしながら、今の境地に来ているんです。そんな彼がグラミー賞を受けてレッドカーペットで歩くだなんて、たくさんの人が憧れるところです。あんなふうになりたいな、って思ってしまいますよね。クラシック音楽の業界も、成功してあんなふうになりたいと思わせられると素敵ですよね。
藤木 夢を見てほしいですね。
鬼久保 野球をしていたらイチローになれる。高い声が出るから、カウンターテナーで頑張れば藤木大地になれる。そうやって、成功をきちんと提示してくれる人はかっこいいと思います。
Q8. あなたにとって音楽とは?
鬼久保 私、あまり音楽を聴かなくても大丈夫なんです。だからそこまで音楽が好きじゃないのかな、と思ったこともあるんだけど……。
かつて大病をしたことがあるんですが、音楽を聴くと感情がむき出しになって泣いちゃうから、聴けなかった。気持ちを強くもつなら聴いてはいけないなって。入院先に、クリスマスシーズンにボランティアの学生が歌いに来て、号泣してしまったんですよね。音楽って感情を解放してくれるもの。だからワクワクもするし、自分の本当の気持ちに気づいてしまう。
昔は「音楽がなければ生きていけない」なんて嘘だと思っていました。でも、番組で「楽器もキャリアも問わない一般視聴者が、情熱さえあればオーケストラと共演できます」という企画『夢響』をして、人ってこんなにも音楽を生きる支えにしているんだって思ったんです。ご両親の介護をしている主婦の方が、唯一自分らしくいられるのが歌っているとき。半身不随になってしまったトランペット吹きの方は、右手で操作できないから、楽器を改造して左手で使えるようにした。
いろんな方がこの番組を観てくださっている。中途半端なことはやっちゃいけないですね。発信する側として、責任を持っていきたいと思います。
藤木 ありがとうございました。これからも、楽しみにしています。
「わたし、アーティストと写真を撮ることは自分に禁止しているの!」とおっしゃる鬼久保さんと、ピース! とかヤー! とかのご機嫌ポーズで一緒に写真に写りました。それだけでも貴重な経験ですが、対談中、吸い込まれ続けた眼差しから溢れるお言葉の数々は、僕だけなく、同席した所属音楽事務所の担当マネジャーO氏も「勉強になった〜来てよかった〜」と唸るほどの宝物でした。「なんでクラシックやるの?」この永遠の問いへは、僕は舞台からお答えしたいと思います。これからもみんなに素敵な番組をとどけてくださいね。またワインをご一緒しましょう! メッセージを寄せてくださった『題名仲間』のみなさんにも感謝! ありがとうございました!
――藤木大地
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