作曲はかっこよくないと!——間宮芳生が生みだす「豊かで単純」な構想力
2019年1月27日ですみだトリフォニーホールで53年ぶりの上演が実現したオペラ《ニホンザル スキトオリメ》。このオペラの台本を書いた故・木島始さんと交流があった絵本作家の本間ちひろさんは、連載の中でこの作品について紹介していますが、このたび作曲家である間宮芳生さんとの対談が実現。
日本作曲界のレジェンドに少し緊張気味な本間さん。間宮さんは淡々と、でも、確固たる口調で作曲や音楽、詩への想いを語りはじめました。
年齢、創作ジャンルは違えど、芸術に身を捧げるお二人の、美しくも楽しい会話をお楽しみください。
1929年6月29日北海道旭川市で、男ばかり4人兄弟の四男として誕生。父は高等女学校音楽教師。長兄が始めたピアノにならって、4歳の頃からピアノを弾きはじめ、6歳の頃、...
1978年、神奈川に生まれる。東京学芸大学大学院修了。2004年、『詩画集いいねこだった』(書肆楽々)で第37回日本児童文学者協会新人賞。作品には絵本『ねこくん こん...
1974年生まれ。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学院修士課程修了。Maqcuqrie University(シドニー)通訳翻訳修士課程修了。2008年よりクラシ...
おしゃべりな歌と、ものを語る和音
本間: 年明けに間宮さんのオペラ《ニホンザル・スキトオリメ》を鑑賞しました(2019年1月27日、すみだトリフォニーホール)。私は原作の童話とオペラの台本を書いた詩人の木島始さんと、生前に交流があり(記事はコチラ)、オペラでは木島さんの描いた世界が壮大に感じられて感激しました。
これはスコアですか? 細かく几帳面に手書きされていて、美しいですね。
間宮: これは練習用のピアノ版のスコアです。実際に使うための楽譜だから、読みやすいように、綺麗に書いています。僕のオペラは、言葉が多くて、おしゃべりなんですよ。一つの音符にたくさんの言葉を入れています。
たとえばここ(第7景「末期の耳」、女王ザルのアリアより)、音符がター ター ティー ターと、4つしかないところに「こう、年をとってからというもの、わたしはわたしの老いぼれた姿をみんなの目にさらすのがいやだから」と歌うわけ。キーはとっても単純なんだけどね。オペラとは、そういうふうに作らないと、ぜったい伝わらないわけ。
本間: 後ろではオーケストラが鳴っていますが、歌と楽器のあいだにある空間が、おもしろく感じました。
間宮: 楽器はゆったりと、歌と一緒に歌っているんです。
本間: 木島始さんの言葉って、すみれの花のような詩というよりは、石ころの手触りとか、岩のようなガサガサしたものを感じるところもある。先生の音楽もところどころで岩のような感じがあるのに、でも時折、とっても美しい和音がうわ〜っときて、ぞくぞくしました!
間宮: あのね、和音がものを語るような働き方を、音楽はしなくちゃいけなくて、それが本当にできる作曲家というのはなかなかいなくてね。こればかりは、弟子に教えたくても、なかなか教えられるものではない。本当に古いところから今に至るまでの音楽を、ずっとずっと勉強していって、それを本当に身体に入れていないと難しい。
芥川也寸志メモリアル オーケストラ・ニッポニカ第34回演奏会 《間宮芳生90歳記念》オペラ「ニホンザル・スキトオリメ」 2019年1月27日(日)すみだトリフォニーホール大ホール ダイジェスト映像
代表作が生まれた「濃い〜時代」の所産
本間: 《ニホンザル・スキトオリメ》は、1965年の作品ですね。
間宮: 当時は36歳だね。その頃が一番、僕はたくさん仕事をしていたんです。
1963年に『弦楽四重奏曲』『児童合唱とオーケストラのためのコンポジション〈子供の領分〉』というのができて、64年はほとんど《スキトオリメ》に取り掛かっていた。65年には、もう一つの代表作、『オーケストラのための〈2つのタブロー〉』というのができた。63から66年くらいの間に、代表作が7、8曲、いっぺんにできたんです。
本間: 濃い〜時代ですね。
間宮: うん、濃い〜。《ニホンザル・スキトオリメ》というのはね、登場するのはほとんどサル。女王ザルという独裁者がいる。女王は自分が絶対。自分の気に入らないものは、ぜんぶバツ。言うことをきかないやつは牢屋に入れる。スキトオリメという絵描きがいて、そいつだけが女王の思うようにならないのだけど、そいつの描く絵を女王は好きになっちゃう。
本間: そこが面白いですよね!
間宮: そう。好きになっちゃう。ところが、スキトオリメは、自分のサルの国だけじゃ物足りなくて旅に出る。いろんな所を巡って、テナガザルやオラウータンの国にまで足を伸ばす。女王ザルは、旅からスキトオリメが帰ってくると、自分の一番綺麗なときの肖像画を描かせる。ところが、描かれた絵を見て、たちまち怒って、スキトオリメを牢屋に入れてしまう。
折しも、イヌとサルとの大戦争が始まる。イヌは人間を味方につける。人間は武器を使ってサルの王国に焼き討ちをかけ、火の海にする。サルはそこで滅ぶ。女王ザルは、ソノトオリメという、そのとおり描くつまらない絵描きに、自分の偶像を描かせ、サルたちはそれを拝みながら戦争をする。結局滅ぼされ、女王ザルは戦いが終わる前に寿命が尽きて死ぬ。牢屋にいれられていたスキトオリメは、それまで見てきたサル王国の独裁体制を告発する絵を、筆もないから爪でガリガリと牢屋の壁に刻み続けていた、というお話。
兄弟のようなバグパイプとパイプオルガン
本間: 爪がはげても、指の骨でひっかいて、牢屋の木のウロの壁を削って絵を描いた、というのが印象にのこっています。木島さんの描いたお話はどこか神話的で、サルという種族がいて、その種族の外側にはイヌや人間という出会ったことのない圧倒的な敵がいるというもの。
前半では種族内の独裁を、後半では外部の種族との戦いという二重構造の苦しみが描かれています。前半と後半では、音楽の響きがずいぶんと変わりますね。意図的に楽器や響きを変えていらっしゃいますね。
間宮: 神話の世界を象徴するのが、バロック・スタイルによる音楽とバグパイプの響き。後半の侵略戦争でサルたちがドーッとやられて犠牲になる場面ではパイプオルガンを使いました。
本間: オルガンが鳴ったとたん、ホール全体が木のウロの中になってしまったような臨場感でした。物語の世界が体中に響いてくる。音楽って、パイプオルガンって、すごい! かっこいい! と思いました。
間宮: パイプオルガンは好きな楽器でね。オルガンを使った作品には重要なものが3つある。この《ニホンザル・スキトオリメ》と、「合唱のためのコンポジションの第9番〈変幻〉」。それから、千葉県の民俗芸能のお祭りの名前をとった、モダンバレエのための抽象的なダンス音楽。3つとも僕にとってはすごく大事。なぜオルガンを好きになったかというと、芸大に入ったとき、僕のクラスにたまたまオルガンを専攻している女の子がいて、この楽器本当にいいな、と思った。よし、将来ぜったい自分の大事な作品にパイプオルガン使ってやろう、と。
本間: 今まで、パイプオルガンというと外国の音楽を日本でやってくれている、という印象があったんです。でもこのオペラを聴いて、すぐ隣にいる楽器、という感じがしました。
間宮: うん、そうなれると思うんです。
本間: 前半で活躍するバグパイプも、後半で圧倒的な存在感を放つオルガンも、どちらも管楽器ですし、リードがある楽器ですよね。作品の中では役割がはっきりしているけれど、兄弟みたいな繋がりも感じました。
間宮: 楽器のそれぞれの特性と、合わさった時の色彩のいろいろな可能性というのは、これも人に教えたくてもなかなか教えられないものですね。
本間: ニホンザルのお話なのに、邦楽器でもなく、いろんな楽器の中からバグパイプを使おうと思ったのはどうしてですか? そのひらめきはどこから来たのですか?
間宮: ヨーロッパの田舎のバグパイプというのはまったく面白いんだよ。バルカン半島にはたくさんある。ブルガリアとかハンガリーとか。バルトークが随分と音を集めていてね。バルトークが録音したバグパイプの音というのを、彼の収集の中から見つけて、そのスタイルをこの作品の中で使ってるの!
本間: えっ、使ってるんですか!?
間宮: そう、使ってる。バグパイプというと、イギリスの兵隊が奏でているイメージが日本では強いかもしれないけれど、それだけじゃない。民族楽器としてのバグパイプというのはまったく違う。
本間: あ、兵隊さんのほうのバグパイプじゃなくて、村で人々が民族的な音楽を奏でているほうのバグパイプなんですね。
間宮: この作品では、中世の音楽のような響きをバグパイプが奏でています。要するに、まだヨーロッパの文化と、中東からアジアの文化とが、枝分かれする以前の状態。ヨーロッパの音楽では14〜5世紀くらいまでは、なんだかつながって聴こえてくる。14世紀のギョーム・ド・マショーの音楽なんて、まるっきり東洋的なんだよね。僕は日本の民謡の節をつかって合唱曲を書いているけれど、その和音の動きは、マショーの音楽になんとなく似ちゃう。
本間: だからなんでしょうか。このオペラを私は初めて聴いたのに、なぜか懐かしい気持ちになりました。わたしたちは14世紀のヨーロッパも、マショーも知らないのに。
間宮: そうなんだよ。それができる作曲家って、ほかにはなかなかいないと思ってるよ。作品でお手本は出しているけど、教えられないから、みんな真似できないんだよね。
「豊かで単純」な構想力の源
本間: 木島さんは著書の中で、間宮さんの「構想力」があるからこそ「豊かで単純なもの」ができる、と書いています。「豊かで単純」って、すごい!
間宮芳生のような構想力を媒介にしないと、その奥行きと力強さと複雑さを、豊かに単純に表現されることはありえない
――木島始『群鳥の木 木島始エッセイ集 出会い ポエトリー 交響』(創樹社)より「間宮芳生―オペラ創作の仕事を通して」
お話の複雑さを、音楽で壮大に描いているけれど、決してこんがらがった感じでなく、ストレートに響かせている!
間宮: こんがらがった感じにしないようにするにはね、やっぱり……腕なんですよ(笑)。全体を見通したときの単純な構成がパーッと先に見えないと、作曲というのは筆が進まないね。頭にパーッと筋が通らないと。通ったとたんに、ものすごい勢いで筆がすすむ。
本間: それって、五重塔の中の柱、みたいな?
間宮: そうそう。だからドーーンって柱が通っちゃうと、全体が出来上がっちゃう。
本間: 作曲の屋台骨になるのは、何ですか? イメージ?
間宮: イメージと、全体の姿・形。これが、かっこよくないと。
本間: おお、かっこいい! やっぱり、かっこよくないと、だめ?
間宮: そうだよ、かっこよくないと。かっこいいんだ。
第1回「生誕90年~1929年生まれの5人」
日時: 2019年7月12日(金)
19:00 開演 (18:30 開場)
会場: 東京オペラシティ リサイタルホール (東京都)
出演: 池辺晋一郎/野平一郎(p)/古典四重奏団/キハラ良尚(指揮)/木ノ脇道元(fl)/日橋辰朗(hr)/成田達輝(vln)/山澤慧(vc)ほか
演奏曲目:
湯浅譲二(1929~)
7人の奏者のためのプロジェクションズ(1955/56)
矢代秋雄(1929~1976)
弦楽四重奏曲(1955)
松村禎三(1929~2007)
アプサラスの庭(1971)
間宮芳生(1929~)
ヴァイオリン、ピアノ、打楽器とコントラバスのためのソナタ(1966)
黛 敏郎(1929~1997)
10楽器のためのディヴェルティメント(1948)
問い合わせ:
東京オペラシティチケットセンター 03-5353-9999
絵本屋さんで、うたう会Vol.1
間宮芳生の歌をうたう会
日時: 5月19日(日)13:30~15:00(13:15開場)
出演:
ピアノ: 亀田正俊(道楽音楽家)
ナビゲーター: 飯田有抄(クラシック音楽ファシリテーター)
司会: ほんまちひろ(絵本作家・コーディネーター)
場所: ブックハウスカフェ(千代田区神田神保町2-5 北沢ビル1F)
参加費: 1,000円(小学生500円)
スペシャル割引: 『間宮芳生歌曲集』を会場でご購入の方は参加費500円)
予約: E-mail yoyaku@bookhousecafe.jp 電話 03-6261-6177
※メールで予約の際は「件名」に「5/19 うたう会」として、「本文」にフルネーム(よみがな)・電話番号・参加人数(大人/子ども)を必ず記載のこと。
対象: 小学生~大人
持ちもの: 歌う心
うたう歌:
『間宮芳生歌曲集』(作曲・間宮芳生/音楽之友社)より
「棒が一本あったとさ」(東京のわらべうた)
「こころとあし」(詞:工藤直子)
「やまのこもりうた」(詞:工藤直子)
「空の向こうがわ」(詞:友竹辰) ほか
メニュー・イベントは予告なく変更になる可能性があります。
1929年6月29日北海道旭川市で、男ばかり4人兄弟の四男として誕生。父は高等女学校音楽教師。長兄が始めたピアノにならって、4歳の頃からピアノを弾きはじめ、6歳の頃、...
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