北欧とケルト、暮らしと音楽 Vol.7

20作を超える無印良品BGMシリーズの制作者、庵豊さんが見出した「生活の中にある伝統音楽」の力強さ

インタビュー
2019.06.10

無印良品の店舗内に心地良く流れる音楽。日々の暮らしに馴染むそのBGMは、実はすべて無印良品オリジナルのレコーディングだ。2001年から発売された伝統音楽シリーズはパリから始まり、シチリア、アイルランド、プエルトリコ……と世界中を旅しながら、その土地で脈々と受け継がれている伝統音楽を録音してきたBGMシリーズは、6月に発売されるフィンランドで第25弾となる。
BGMシリーズの制作者である庵豊さんにお話を伺った。

この記事をシェアする
写真:ataca maki photography
取材・文
野崎洋子 音楽プロデューサー
野崎洋子
取材・文
野崎洋子 音楽プロデューサー
1966年千葉県生まれ。日本大学文理学部出身。 メーカー勤務を経て96年よりケルト圏や北欧の伝統音楽を紹介する個人事務所THE MUSIC PLANTを設立。 コンサ...

無印良品の店舗で買い物をしているとアコースティックな音楽が店内BGMとして流れていることに気がつく方も多いだろう。実はこのシリーズ、2001年からCD化され店頭やWeb販売で好評を博している。なんと1枚990円(税込)という安価ながら、すべてオリジナル録音だというから驚きだ。どのCDにも美しい写真満載のブックレットも付いていて、ちょっとした旅気分を味わうことができる。その発案者で制作者でもある庵豊(いおり ゆたか)さんに話を伺った。

野崎 何より企業がリリースするCDのシリーズにおいて、これだけ長く続いているというのが素晴らしいですね。

 おかげ様で好評いただいております。無印良品のBGMは創業以来すべてオリジナル音源ですが、お客様にご支持いただけていることが、継続の理由だと思っています。

野崎 庵さんはもともとレコード会社にいらっしゃってたんですよね。エレック、そして、いちばん長いのがワーナーだったということでしょうか?

 レコード会社ではそうですね。でもアルバイト時代も入れるとエレックのほうが長いですね。

野崎 当時のエレックレコードなんて相当エキサイティングだったでしょうね。

 そうなんです。今で言うインディーズ会社で、アーティストもTVや著名雑誌には出演せず、ライブと自主制作のラジオの深夜番組を使用し広まっていったレコード会社です。古い業界構造から新しい構造を作り出した会社だと思っています。この流れで、当時の歌謡番組やメジャーな雑誌が、次々に終焉した記憶があります。社員80人で100億を売り上げるくらい、若者に支持されていました。当時は本気で革命だと信じていたくらいです。その意味でもう一つの視点を教えてもらった会社でした。
ワーナーに移ってからチャゲ&飛鳥や柴田まゆみ、増田俊郎など多くの成果が出せたのも、エレック時代のおかげだと思っています。

無印良品 銀座店
MUJI HOTEL GINZA内のSalon コーヒーや紅茶、カクテルなどが楽しめる

野崎 無印良品のBGMですが、もともとは店内BGM用の音楽ということで制作されていたと思うのですが、それが好評でCD化にいたったということでしょうか?

 店内でかけていると、お客さまからオーダーをいただくんです。あれを家で聴きたい、と。当時の無印良品は西友の一部門でした。お客様をとても大切にしていましたので、差し上げて喜んでいただけるなら、コピーをとって差し上げようと始まりました。カセットですね、当時は(笑)。ところが、手に負えないほどたくさんのご要望いただくのでCDを作ることになりました。

1枚目は日本の6アーティストをまとめて1枚にしました。それが「BGM1」です。私が良品計画の宣伝販促室長のころ、伝統音楽をBGM化をする企画を提案しました。当時の経営会議で「生活と音楽」という視点で提案しましたところ、田中一光先生(1980年より無印良品のアートディレクター、アドバイザリーボードを勤め、2002年に逝去)が「あぁ、庵さん、それはいい企画ですねぇ。あんた、死ぬまでそれをおやんなさい」とおっしゃってくださいました。それで私が良品計画を退職したあとも、この企画を続ける依頼をいただきました(※現在庵さんはくらしの良品研究所コーディネーター)。数えてみたらもう35年近く無印良品BGMを担当していることになりますね(笑)。
MUJI BGM1は国内制作。MUJI BGM2パリからが、伝統音楽シリーズです。伝統音楽シリーズとしての1作目になります。今回リリースされるフィンランド「BGM24」がこのシリーズの23作目です。少しわかりづらいですね。

野崎 ポピュラー音楽ということになると、現代ではいろんな形があると思うのですが、その中で特に伝統音楽に着目した理由というのはありますか?

 大衆の音楽には、いわゆるフォークやジャズ、クラシック等、いろいろあるわけですが、変動する長い歴史の中で生活と苦楽をともにしてきた音楽という点に着目しました。無印良品も同様に常にみなさんの生活と共にありたいと思いがありますので、これが、まさに無印良品のBGMだと思った次第です。ポップスのように、同時代的なものはすぐに古くなります。流行を追いかけることより、お客様のそばで生活の普遍的な価値を共有できたらと考えるブランドだと僕は思いますので、伝統音楽が最良のBGMと考えました。伝統音楽は固定されたものではなく、常にその時代の演奏家によって刷新され、また伝統となっていく。まさに生活そのものと一緒ですよね。

 以前、私が広告代理店にいた時代に、放送局でセゾン・グループの番組作りに関わっていました。そのとき、パルコのCMで、昔の尋常小学校唱歌をアレンジして中山ラビさんや石川セリさん、あがた森魚さんに歌ってもらったことがあります。そのときに発見したことは、こういう生き残ってきた音楽は、今の音楽よりもずっと力強いということでした。で、それらの音楽のルーツはなんだろうと調べたところ、ほとんどが海外の伝統音楽でした。このときの印象が現在の企画を生んでいます。伝統音楽シリーズでは、最初パリに行きました。「地下鉄のミュージシャン」がコンセプトで制作しました。

野崎 あのパリの録音は、音楽業界内でも大きな話題になりましたよね。あれを仕掛けているのは誰なんだろう、って。

 ありがとうございます。2001年のことですね。僕はワーナー出身でしたので、信頼できるワーナーで製造してもらいました。失敗が許されないということと、僕がクライアント側の人間のためディレクションができないので、当時ワーナーで山下達郎さんや坂本龍一さんを担当していた、後輩の井上さんに何本かディレクターをしてもらったこともあります。

続くシシリアは「ママンの味」というのをコンセプトにそういう音楽をやろうよ、ということで決めました。レコーディングに参加してくれたのが、当時90歳のミュージシャン、チコ・シモーネさんでした。マンジャーレ、カンターレ、アモーレ、そのままの人で7回結婚し、子どもが4人。1人は日本にすんでおられます。「私はファーマーでアスリートでミュージシャンで合気道初段だ」と何度もおっしゃってました。

残念なことに、レコーディングした翌年、足の怪我がもとで亡くなられました。彼は毎年、エンパイアステート・ビルディング・シニアマラソンに参加していたので、彼が亡くなったことを知り、エンパイアステート・ビルディングがイタリア国旗のイルミネーションにしたほど素敵な方でした。

野崎 特に心に残っているレコーディングというとどのへんですか?

 いや〜、全部ですよね。伝統音楽は彼らの音楽ですから、そこにいる人たちのことを理解しながら入っていくことがとても重要です。そうすると1人1人の方がとても印象に残ります。通常の商業音楽は、インペグ屋さん(スタジオ・ミュージシャンの手配を行なう専門の事務所)に頼んでミュージシャンをブッキングして、アレンジャーを手配して、レコーディングする方法が多いです。

伝統音楽はミュージシャンの方々の音楽に対する「想い」が強いですから、その「想い」を大切にしています。商業利用ということでギャラを払って録音しますが、スタジオ・ミュージシャンとは明らかに違う。ひとつの例ですが、スタジオ・ミュージシャンはスタジオを出たら「はい、終わり」で、何を弾いたかも一つ一つ覚えていないこともあるようです。
伝統音楽のミュージシャンは、音楽がお金になるものだと、そもそも思ってない気がします。むしろ伝統音楽によって自己を表現することに誇りを持っている。芸術に近い立ち位置のような気もしています。もちろん伝統音楽をしっかりステージで演奏している人も多いのだけれど、それこそストリートで演奏しているミュージシャンもいたりするくらいです。

また、海外のストリート・ミュージシャンに対しての聴衆は、教会で寄附するようにしてお金を渡しますよね? それが私には音楽に対しての感謝に見えるんです。そんな聴衆とミュージシャンの関係を見ていてとても羨ましい気がいつもします。この関係性が音楽を支えているんだなって思います。そのような環境にある伝統音楽を収録できることがとても幸せだと感じます。

 どこのミュージシャンも素晴らしいです。ひとつの例ですがペルーの話です。大航海時代に新大陸で生まれ、本国に戻れなかったスペイン系の白人がクリオーヤです。クリオーヤには「ムシカ・クリオーヤ」と呼ばれる音楽があり、各家々でオリジナルCDを作っていたりするほど盛んです。その中で代表的なミュージシャンをピックアップして録音しました。
音楽が本業ではない場合が多く、このレコーディングでも、マエストロとされるおじいさんがスタジオに入ってくると、そこにいるミュージシャン全員が立って敬意を表したりするんですが、彼の本職は仕立て屋さんだったりとか……。本当に生活の中に音楽があることを実感しました。そのマエストロの枯れた歌声がたまらなく良いのです。深夜にセントロにある集会場みたいなところで演奏会があり、お邪魔すると演奏をバックに皆でダンスをしている。その光景が、今でも忘れられない良い思い出です。

野崎 音楽をお金のためにやってない、という強みですよね。

 そうなんです。もちろん収入も必要なわけですが、みんなのために音楽をやっていき、それによって収入があるほうが良いが、なかったら、ないなりに続けていくという姿勢。その点が伝統音楽のミュージシャンの素晴らしいところだと僕は思います。
今でこそ音楽って商用のエンタテイメント・ビジネスが主流に見えますけど、音楽の歴史から見たら、それは近年のことですよね。

またBGMシリーズの特徴なのですが、時々国別ではなく、地域というか、むしろ文化圏でエリアを区切ったりもしています。第二次世界大戦後に区分けした区分だと、見えないことも多いので。

野崎 バスクも、フランス/スペインにまたがってますよね。

 はい。よく「ケルト」っていいますが「ケルト民族」、もしくは「ケルト文化」であって、国でバッサリ切るとちょっと違うかな、と思います。伝統音楽は文化や国境を越える力がありますね。

野崎 誰の物でもないのが伝統音楽ですね。商業音楽ではない、ということにおいては、親から子どもへ、もしくはベテランの演奏家から若い演奏家へ受け継がれていく力強いもの、っていうことですね。

 はい。よく「日本の音楽はやらないのか」と訊かれます。北海道や沖縄の他にも素晴らしい音楽がありますが、西洋音楽が日本に入ってきた段階で、すべて神棚に入れて額縁に飾られてしまったように感じています。西洋音階にすると消えてしまう情感が日本の音楽にはあるような気がしています。いつか「日本」というコンセプトで録音したいとも思っていますが、今の段階では難しいかもしれません。

このシリーズにおいて今まで録音してきたアーティストたちはすべて、伝統音楽の演奏家ですが、実はみんなロックだって聴いているし、ヘヴィメタを普段やっているというアーティストもいます。でも冠婚葬祭や生活シーンでは伝統音楽を演奏する。伝統音楽はその時々の演奏家によって革新し、また伝統音楽になっていく。まさに生活文化と一緒だと思うんです。早く日本にもこういった動きが出てくると良いですね。

 

なおBGMシリーズはBGM+と称して、世界の伝統音楽のアーティストを紹介している。こちらも庵さんが世界中をレコーディングしていく中で知り合ったアーティストたちの作品をライセンス契約したもので、こちらも注目だ

ツイートする
シェアする

ONTOMOの更新情報を1~2週間に1度まとめてお知らせします!

更新情報をSNSでチェック
ページのトップへ