演出家、宮本亞門にきく~《蝶々夫人》で描くテーマ、オペラとミュージカルの違い
オペラとミュージカル、両方を長年追っている音楽ライター山田治生さんの連載「音楽ファンのためのミュージカル教室」第4回は、上演機会は多いけれども、そのストーリーにモヤモヤ感が残る人も多い《蝶々夫人》。
公演を10月初旬に控え、「亞門」と改名し、稽古に臨んでいた宮本亞門さんにインタビュー!
1964年京都市生まれ。1987年、慶應義塾大学経済学部卒業。1990年から音楽に関する執筆活動を行う。著書に、小澤征爾の評伝である「音楽の旅人 -ある日本人指揮者の...
宮本亞門が世界に発信する《蝶々夫人》
宮本亞門は、1987年の『アイ・ガット・マーマン』で演出家デビューを飾り、2004年にはブロードウェイでソンドハイムの『太平洋序曲』を演出するなど、ミュージカルでの活躍が著しいが、その一方で、オペラ演出も、2002年から06年にかけて東京二期会でモーツァルトのダ・ポンテ三部作《フィガロの結婚》、《ドン・ジョヴァンニ》、《コジ・ファン・トゥッテ》を手掛け、2013年にはリンツの《魔笛》でヨーロッパ・デビューを飾るなど、熱心に取り組んでいる。
そして今秋、念願であった《蝶々夫人》を初めて演出する。
これは東京二期会、ザクセン州立歌劇場(ゼンパーオーパー・ドレスデン)、デンマーク王立歌劇場、サンフランシスコ歌劇場との共同制作で、東京公演のあと、世界各所を巡回する。6月の制作発表記者会見では「歴史あるドレスデンの歌劇場でできると最初に聞いたときは、身体が震えました」と語っていた。
宮本は、今年5月、前立腺がんの手術を受け、9月8日には、名前を「亜門」から「亞門」に改めた。新たなステップを歩み始めた彼に、ミュージカルとオペラの違い、今回の《蝶々夫人》への意気込みなどをきいた。
現代のお客さんが楽しめるように
——ミュージカルとオペラとで演出はどう違いますか?
宮本 オペラは、譜面に音楽と詞ががっちりと書かれていて、それを一切変えることができないということが、まず、あります。ミュージカルはゼロから作ることが多い。ブロードウェイ・ミュージカルは権利上変更できないところも多いのですが、セリフなどは変えられます。
オペラでは、すでに出来上がった演出があり、同じことをやっていてはいけません。新しい味付けや新しい視点が要求されます。ただ、ミュージカルでもリバイバルのとき、たとえば『太平洋序曲』では、まったく違う視点で演出して、評価を受けました。それはオペラに近いかもしれません。
オペラは作品が出来上がっていて、譜面、指揮者、歌手の力が非常に大きく、音楽性がもっとも重視されます。ミュージカルはそうではありません。僕がオペラの演出で心がけているのは、現代のお客さんにオペラを楽しく見ていただくことです。それから僕の考える、作曲家の気持ちなども入れ込みたいと思っています。
——《蝶々夫人》はいかがですか?
宮本 今回の《蝶々夫人》も音楽重視だと思っています。プッチーニの音楽は、聴けば聴くほど、華やかで、喜怒哀楽が激しく、これでもかというくらいドラマがあります。
先輩の演出家たちは、《蝶々夫人》での着物や所作など日本的なものが、ちゃんと日本的でなければならないと気にされていたと思いますが、面白いのは、蝶々さんは「私は踊りたくない」と言い続けているのですね。芸者がつらくて、芸者の世界を飛び出して自由になりたい、束縛感を否定する女性なのです。彼女は、言っていることが革命家みたいなところがあって、日本的な伝統を愛している人ではないのですね。
演出家としてはどうすればよいのか考えました。プッチーニの弾むような音楽のなかで、自由な15歳の女の子の、自分はこのように生きたいという思いを描こうと思っています。今回の演出は、僕なりにプッチーニの音楽を聴いたうえでの答えです。僕の考えすぎかもしれませんが、ト書きに書いてあることだけやっても、オペラの観客は満足しません。
今回、海外のプロデューサーたちからは「今までとは違うものにしてくれ」と言われています。「日本人が日本的とは違う《蝶々夫人》を作ってくれないと、僕らは日本的な呪縛から解かれない」というのです。
原作を読むと、15歳の蝶々さんは、気が強く、負けず嫌いで、むしろ扱いにくい女の子のようですね。僕が演出する、音楽を中心に、生き生きとした今までにない蝶々さんは、ちょっとミュージカルっぽいのかもしれません。
プッチーニの音楽と描きたかったテーマ
——プッチーニの音楽とミュージカルに近さを感じますか?
宮本 プッチーニの音楽は華やかですね。ショーアップしている音楽といいますか。音楽が高鳴っていて、プッチーニは明るい人だったのではないかと思います(笑)。変な言い方をすると、プッチーニは、芸術よりもエンタテインメント的な才能をもった方かなと僕の中では思っています。
——2012年にKAAT(神奈川芸術劇場)で構成・演出されたネオ・オペラ『マダム・バタフライX』では、現代のドラマのなかに《蝶々夫人》を劇中劇のように挿入されていましたね。
宮本 《蝶々夫人》は上演するのが難しいかなといつも思っていました。なぜなら、他の方の演出を見ても、いろいろなことを考えてしまうからです。たとえば、蝶々さんの自決への流れにも釈然としないものを感じてきました。ジャポニズムや異国の話ということでまとめられかねませんが、僕は生身の人間の喜怒哀楽を入れ込みたいと思いました。
『マダム・バタフライX』では、《蝶々夫人》をいったん全部切って、解体してみて、客観的にその世界観がどうなのかを、現代のテレビ・プロデューサーの話を面白おかしく入れ込んで、オペラも入れて、描いてみたのです。
——それが今回の《蝶々夫人》にも生かされているわけですね。
宮本 僕なりの《蝶々夫人》への葛藤を経て、今回の《蝶々夫人》になっているわけで、それがなければ、できなかったかもしれませんね。
現代の《蝶々夫人》の演出では、アメリカ批判も多いです。プッチーニにもそういうところがあったとは思いますが(僕自身はブロードウェイで仕事をしても彼らと対等にやり合いますし、トランプ大統領は大嫌いですが)、作品自体は、それが目的ではなかったように思うのです。
それ以上に、2人は、若くて、純粋で、無垢で、無知であったかもしれないが、真剣に愛し合っていたというところをちゃんと描きたいと僕は思ったんですね。大人たちの恋愛ではなく、あくまで、15歳の蝶々さんと20代半ばのピンカートンの恋愛です。ピンカートンが女の子を買って、本気ではなかったけれど、最後に心が痛んだというのではなく、本当に愛し合ってしまった瞬間を描きたいと思ったのです。お客さんもそういう恋愛を信じたいのではないでしょうか。国を越えた2人の純粋な出会いにしたいと思っています。
——宮本亞門さんは常々「チャレンジが大好き」とおっしゃっていますが、今回の《蝶々夫人》はまさにチャレンジですね。
宮本 東京からスタートして、世界のいろいろなところをまわります。今までにないフレッシュで生き生きとした、心の高揚や喜びが音楽とピッタリ合うような蝶々さんができないかとチャレンジしています。衣裳の高田賢三さんをはじめ、いろいろなスタッフと一緒に仕事ができていることもチャレンジです。
視覚的にも、カーテンを使い、日本の家も軽やかに動いたりします。夢の中にいるような、想像力の中にあるような《蝶々夫人》が展開されるようにしました。こういう《蝶々夫人》もあるんだと楽しんでいただけるとうれしいと思いますね。
オペラ全3幕(新制作)/日本語および英語字幕付き原語(イタリア語)上演
日時: 2019年10月3日(木)18:30開演、4日(金)14:00開演、5日(土)14:00開演、6日(日)14:00開演
※6日公演は託児サービスあり
※約3時間上演予定(休憩を含む)
会場: 東京文化会館 大ホール
台本:ジュゼッペ・ジャコーザ、ルイージ・イッリカ
原案:デイヴィッド・ベラスコ『マダム・バタフライ』
作曲:ジャコモ・プッチーニ
指揮: アンドレア・バッティストーニ
演出: 宮本亞門
装置: ボリス・クドルチカ
衣裳: 髙田賢三
美粧: 柘植伊佐夫
照明: マルク・ハインツ
映像: バルテック・マシス
合唱:二期会合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
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