インタビュー
2021.03.21
田中彩子の対談連載「明日へのレジリエンス」Vol.2

生の音楽の価値を可視化して持続可能な活動に~環境金融コンサルタント・吉高まり

子どもたちや途上国の人々の力になる活動ができないかと模索するソプラノ歌手の田中彩子さん。対談連載「明日へのレジリエンス」では、サスティナブルな明るい未来のために活動されている方と対談し、音楽の未来を考えていきます。
第2回は、環境金融コンサルタント・吉高まりさん。紆余曲折を経て環境ビジネスに出会い、道を切り拓いていったマインドや活動の意義、音楽の可能性について伺いました。

サスティナブルな音楽活動を模索する人
田中彩子
サスティナブルな音楽活動を模索する人
田中彩子 ソプラノ歌手(ハイコロラトゥーラ)

3歳からピアノを学ぶ。18歳で単身ウィーンに留学。 わずか4年後の22歳のとき、スイス ベルン州立歌劇場にて、同劇場日本人初、且つ最年少でソリスト・デビューを飾る。ウ...

司会・文
高坂はる香
司会・文
高坂はる香 音楽ライター

大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動...

写真:蓮見徹

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音楽の価値を経済市場で認識させることが必要

——お二人は、どのように知り合われたのですか?

吉高 彩子さんとは、私が講演をしたウィーンでのUNIDO(国際連合工業開発機関。開発途上国や市場経済移行国において包摂的で持続可能な産業開発を促進し、これらの国々の持続的な経済の発展を支援する機関)の会議のあと、共通の知り合いとお食事をしたとき、初めてお会いしたんですよね。

吉高まり(よしたか・まり)
IT会社、米国投資銀行等に勤務。ミシガン大学環境・サステナビリティ大学院(現)科学修士。博士(学術)。途上国を含め環境金融コンサルティング業務に長年従事した経験を活かし、現在はESG投資、SDGsビジネス、気候変動、サステナブルファイナンス領域で多様なセクターに対しアドバイス等を実施。三菱UFJ銀行戦略調査部、三菱UFJモルガン・スタンレー証券経営企画部兼務。慶應義塾大学大学院非常勤講師として環境ビジネスデザイン論を担当。日経ウーマン・オブ・ザ・イヤー2008受賞。FRaU×SDGsプロジェクトメンバー、環境省、金融庁、経産省、東京都など複数の政府系委員を務める。
国連が制定している3月8日の「国際女性デー」に表彰式が行なわれた「HAPPY WOMAN AWARD 2021 for SDGs」にて、個人部門を受賞。

田中 私がアルゼンチンの青少年オーケストラを日本に招聘したいと思ったとき、まっさきにご相談したのは、吉高さんでした。

吉高さんは環境金融の活動における第一人者です。SDGsやESG投資について企業向けにアドバイスをされ、また途上国の貧困層のための活動の経験も豊富。スーパーウーマンなので、いろいろ教えていただいています。

吉高 彩子さんは、音楽の才能はもちろん、こうした活動へのモチベーションも本当にすばらしい。プロジェクトの内容を伺い、その熱意に感動して、SDGsとして進めてはどうですかと提案させていただきました。

今でこそ、気候変動問題は身近なものとなり、ビジネス界でもSDGsやESG経営への取り組みが広がっています。でも、1990年代はじめ頃は、環境問題への取り組みは経済的な利益と結びつけて考えられず、社会貢献事業やリスクマネジメントとしてしか捉えられませんでした。そんな長年の経済界の考え方が、環境問題をここまで深刻化させたと言えます。

そんな状況のなか、環境に配慮したビジネスに価値づけをして、経済市場で評価することで、企業の環境問題への取り組みを自然と促進させる。環境金融にはそういった効果があります。

同じように音楽も、人を幸せにするという価値(Well-being)を経済市場のなかでしっかり認識させることが必要でしょう。彩子さんのアルゼンチンの活動も、メセナや寄付で成り立たせるのではなく、市場経済の中で価値づけされることが必要なのではないかと思いました。

思いがあるのなら何かをしたほうがいい

——こうした国際的な取り組みに携わっていると、なぜ海外なのか、まず自分の国の人を助けないのかとよく言われるのではないかと思います。お二人はその点について、どんな答えを出していますか?

田中 世界というと大きな話に聞こえますが、実際、私たちの生活は、さまざまな国の支え、つながりがあって成り立っているものです。どこかの国の子どもたちに何かをすることによって、結果的に日本の子どもたちのためにもなるわけです。みんなつながっているという意味では、同じ子どもたちだと思っています。

吉高 私はシンプルに、縁を大切にするということでいいのではないかと思っています。人間、人生のなかで会える人、得られる知識や経験は限られています。そのなかで、自分ができること、問題意識を感じることがあれば、国内であれ海外であれ、取り組めばいいと思うんです。

自分がつながっていると感じなければ、行動に移すことはできません。どんな小さなことでも無駄なことはないと思います。思いがあるのなら、何もしないよりは、何かをしたほうが絶対にいいと思います。

ニューヨークで環境ビジネスに出会うまで

——吉高さんは、どのような経緯で環境金融の道に進まれたのでしょうか?

吉高 最初に、問題意識を持ったのは、子どもの頃に好きだった仮面ライダーがきっかけなんです(笑)。ショッカーが悪事を働くなか、アフリカの飢餓の写真が映る場面があって、この写真は本物で、どこか世界にはこうして苦しんでいる人がいるんだと、子ども心にショックを受けました。

ただ、若い頃の私は、意識はあっても行動に移すタイプではありませんでした。大学は法学部で国際関係法を勉強したのは関心があったからですが、当時は、女性は短大ならいいけれど、四大卒だと就職が難しいと言われていた時代。就職活動も書類で落とされてばかりでした。

でも私は、子どもの頃から自分の糧を持ちなさいと教えられて育ったので、とにかくずっと働ける仕事がしたかった。そんなとき、IBMが日本に進出して四大卒女性に広く門戸を開いたのです。そこに応募し、無事に設立したばかりのIBM関連のネットワークの会社に入ることができました。

しかし、2年目には会社が不安定な状態に。当時、転職は一般的ではなく不安ななか、ご縁があり、米国投資銀行の日本法人に転職しました。当時、秘書で入社し、英語は不得意でしたが、実力がつけば別の部署に行けると知って、一生懸命勉強しました。

おかげで仕事は順調だったのですが、どこか自分のやっていることが好きになれなかった。もっと自分に向いていることをやりたい、でも自信がないと悩み始めたら、体調を崩してしまいました。

吉高 そこで、上司に相談したところ、ニューヨーク本社に場所を変えてみたらと提案されたのです。自分の仕事は認められていたのだと感じ、自信がつきました。さらに、ニューヨークに行くという目標ができたことで、そこまでなかなか受からなかった試験にもパスし、無事本社に移ることができました。

ウォール・ストリートでは、年齢も性別も関係なく、ビジネスパーソンとして平等に扱ってもらえました。これが本当に嬉しくて、さらに自信がつきましたね。その頃に、環境ビジネスと出会いました。

こうした経験から私が若い方に言いたいのは、もし自分に自信がないなら、自信を持てるまで目の前のことをまずがんばってみてほしいということです。そうすると、道はつながっていきます。

田中 私、吉高さんは子どもの頃から何でもできて、一直線にこの街道を歩んでこられたのだと思っていたので、そんなにいろいろな経験をされていたとは驚きました! だからこそ、内側から溢れる魅力があるのですね。

吉高 いえいえ、逆に私が彩子さんを尊敬するのは、早いうちからやりたいことを見つけて進んでこられたところです。正反対なので、憧れるんですよね。彩子さんは、子どもの頃からピアノを弾き、手が小さかったため声楽に転向されていますが、音楽の道に進むという思いは変わらず持ち続けていらしたんですものね。

田中 私の場合、両親は音楽家ではありませんが、ピアノを始めたことで音楽が自分の一部となり、それ以外にできることがなくなっていた、というほうが近いんです(笑)。でも一般に、若い方にはいろいろな可能性があって、だからこそ迷ってしまうのかもしれませんね。

吉高 それが若さの特権ではありますよね。私もニューヨークで環境ビジネスと出会うまでは、これしかないというものに出会えていませんでした。でも、そのあとは猪突猛進。

環境に金銭価値を認めて取引する

吉高 1992年、リオデジャネイロで行なわれた地球サミットをきっかけに、持続可能な発展や環境と経済発展の両立という考えが、一般に広がりました。その頃の私はまだ英語に不安があり、ニューヨーク大学の社会人英語講座に通っていました。そのパンフレットのなかに「Business and environment(ビジネスと環境)」という講座があったのです。

ビジネスとして成立させながら、環境問題を解決する。その概念が、私の中にスッと入ってきました。もともと私は、自分の生活を犠牲にしてまで人のために何かができる立派な人間ではないというコンプレックスを感じていましたが、これなら、自分の暮らしを向上させながら、社会の課題を解決できるのかもしれないと感じたんです。そこで会社をやめ、改めてアメリカに留学し、大学院で環境学を勉強しました。当時、すでに30代前半でした。

吉高 ただ、留学を終えて帰国したあとも、すぐに仕事は見つかりませんでした。それでも、自分が働いてきた金融と環境を結びつけて何かできないかと考え、排出権ビジネスなどを扱うクリーン・エネルギー・ファイナンス・ビジネスについて、当時の東京三菱証券(現三菱UFJモルガン・スタンレー証券)の副社長にご提案したのです。

排出権ビジネスとは、気候変動の原因となるCO2の排出削減量に価値をつけ、取引をすること。例えば、途上国でクリーン・エネルギー事業を実施し、そこで排出削減できた排出を権利として売って、途上国に収益をもたらすビジネスのことです。

これには当初、金融機関がまた目に見えないものに価値をつけてマネーゲームをしているという批判も出ました。ですが、事業を行なう人にとって、排出削減に対しての“ご褒美”がなくては、今の経済社会では継続して取り組むことは難しい。努力すれば利益や褒賞がでるというシステムがあってこそ、持続可能な発展が成り立つのです。

例えば、カンボジアでは、精米所から出たもみ殻を使ったバイオマス発電事業を支援しました。日本がこの事業から生まれた排出権を購入したことで、その資金でできた発電所は今も稼働し、精米所を動かしています。また、養豚場からのバイオガスを回収して発電し、その明かりが人々の生活を支えています。子どもたちが夜も勉強できるようになりました。視野を広げると、こうした効果も見えてきます。

「環境」という値段をつけることが難しいものに、金銭価値を認めて取引することで、実現できるものがあるのです。

対談動画その1:吉高まりさんの環境の価値を見える化する仕事(抜粋)

生の音楽の価値を可視化する

田中 環境という言葉を音楽にあてはめても、同じことが言えそうですね。その意味でお聞きしたいことがあります。音楽家が自分の足で立ち、ビジネスを成り立たせるために必要なことは、なんだとお思いになりますか?

吉高 例えば環境でいえば、あって当然の空気を金銭化するのはおかしいという批判があります。でも、それが当たり前に存在しなくなったとき、どれほどの影響があるかを考えてほしい。実際に今、気候変動問題はより大きなものになっています。

それと同様、例えば生の音楽がなくなってしまったら……特に今はコロナ禍でその危機が感じられると思いますが、人間の暮らしに、どれほどの弊害が起きるでしょうか。そんなふうに、生の音楽の力を金銭価値に定量化して考えることは、一つの方法だと思います。

1990年代の持続可能な開発は、環境と経済の両立がメインでした。それが今のSDGsでは、環境に加えて、教育健康などの分野も組み込まれた、トリプル・ボトムラインが大切にされています。その流れに着目し、生の音楽の価値の可視化を進めていくと、進展があるかもしれません。

田中 音楽を聴くと精神的にいい、という感覚的な話で終わらせるのではなく、効果を具体化して見えるようにすることが必要かもしれませんね。

吉高 とくに音楽家の方は、聴き手やファンとのコミュニケーションが重要です。音楽活動をコミュニケーションツールとして捉えることで、できることもあるかもしれません。

田中 それは新しい視点ですね。音楽家は、どうしても音楽ばかりやってきて他のことはわからないとなりがちですが、ビジネスも学ぶ必要がありそうです。同時にビジネス界の方たちにも、支援するだけでなく、ビジネスとして一緒に考え、興味を持っていただけたらいいなと思います。

ファン投資には可能性がある

——今コロナ禍で多くのクラシック関係の団体は苦境に立たされ、特に助成金ありきで成り立ってきた部分などはますます厳しい状況にあります。吉高さんのご経験から、クラシック業界へのアドバイスはありますか?

吉高 途上国の開発も、かつては助成金などで成り立っていましたが、やはり、助成金ありきのものは持続可能ではありません

一つのアイデアとして、今企業の間でも広がっている、ファン株主の考え方を応用できるのではないかなと思いました。かつて株主というのは、その企業が利益を出し、それに伴う優待や利益を得ることが目的で投資をしていました。

でも今は、ある企業や商品が好きだから株を持ちたい、という観点で動く個人投資家が増えているんです。株主とは企業のオーナーでもあるから、投資というコミュニケーションツールでつながるのです。なかでもSDGsに貢献する企業を応援する投資は、広がっています

ファンが自分の好きな音楽家に投資をし、成長したのちにリターンを得る、というシステムには可能性があるのではないでしょうか。そうすることで音楽家の価値が可視化されるし、ビジネスとしても広がりそうです。

田中 おもしろいですね! ただ、音楽家がビジネスやお金を語ると、あまりよく思われない傾向があるのも現実です。

吉高 日本は特にそうですね。企業の経営者でも言います。でも、とても大事なことですし、世の中も変わりつつあるのではないかと思います。とくに今の若い世代、Z世代は、SDGsネイティブとも言われ、考え方が大きく変わってきています。

自分のしていることを発信することも大切です。社会貢献活動を紹介するにしても、日本人は隠匿の美の精神が働くのか、どうしてもためらってしまう。でも私は、一人ひとりが熱意を示し、ファンとつながることこそが、何かの始まりになると思います。

——アルゼンチンの青少年オーケストラ招聘プロジェクトで、第一段階であるクラウドファンディングが目標金額を達成できた理由は、なぜだと思いますか?

田中 クラウドファンディングを行なうにあたっては、専門の方と相談しながら、目標金額の設定やリターンを検討し、期日まではいろいろな場でプロジェクトの紹介をさせていただきました。そして、一音楽家の私が大きなプロジェクトを行なうことに不安を感じる方もいるかもしれなかったので、金融のプロである吉高さんにサポートしていただいた形です。

うまくいった理由ははっきりわかりませんが、こうした活動は重要だと思って誰かが動き出したら、協力するという方が、実はたくさんいらっしゃるのだろうと感じました。今はコロナ禍ですぐに進めることができない状態ではありますが、必ず成功させます。

吉高 彩子さんの情熱があれば、きっとプロジェクトは実現すると思います。この成功が、他の音楽家をこうした活動に取り組む呼び水になったらと思いますね。

それにしても音楽家の方は、芸術を磨くためにかなりの時間を割かなくてはならないでしょうに、さらにこうした活動をされるのは大変ですね。

田中 音楽って、人生経験を積んでこそ深みの出るものだと思うので、こうした活動の経験も、結果的には自分の音色に戻ってくると思います。練習だけで最高地点にたどり着けるわけではありません。自分の音楽のためになることが、プラスアルファ誰かのためにもなるのはいいなと単純に思っています。

世界を見て、いろいろなものを知ることは、本当に大きな財産です。そして、自分の意識が変わる瞬間を感じると、自信にもつながります。

スーパーウーマン吉高さんが経験された悩みや今の想いを伺って、私も今日は元気をいただきました。ありがとうございます。

吉高 私もいつも、次はなにをしようか考えているのですが、今日こうしてお話をさせていただいて、また一から考えるきっかけになりました。ありがとうございました。

対談を終えて

新しいことを始める、先頭に立って第一歩を踏み出すことはとても大きな決意と勇気がいると思います。

昔からずっとスーパーウーマンだったわけではなく、私たちと同じように悩んで苦労して逆境のなか、諦めずに進んでくださった1人の女性の努力が、今、目に見える形となり、いろんな場所や国で人々の未来をサポートし続けている。歴史に残る素晴らしいご活動をされている吉高まりさんは私の憧れの女性の1人です。

助成金ありきの活動は持続可能ではない、では、どのようにシステムを改善していくべきか。すべての音楽関係者にとって悩めるテーマだと思います。

ファン投資や積極的な発信、音楽の価値を見える化する方法など、今後大きく発展していけそうなお話をたくさん聞かせていただき、どうもありがとうございました。

そして、「HAPPY WOMAN AWARD 2021 for SDGs」の「HAPPY WOMAN賞」受賞おめでとうございます!!

田中彩子

「女性のエンパワーメント推進と社会活性化」および「女性の力によるSDGs推進」を目的としているHAPPY WOMAN実行委員会(事務局:一般社団法人HAPPY WOMAN)による『国際女性デー|HAPPY WOMAN AWARD for SDGs』表彰式にて(2021年3月8日)。

対談動画その2:音楽の価値を見える化するアイデア(抜粋)

サスティナブルな音楽活動を模索する人
田中彩子
サスティナブルな音楽活動を模索する人
田中彩子 ソプラノ歌手(ハイコロラトゥーラ)

3歳からピアノを学ぶ。18歳で単身ウィーンに留学。 わずか4年後の22歳のとき、スイス ベルン州立歌劇場にて、同劇場日本人初、且つ最年少でソリスト・デビューを飾る。ウ...

司会・文
高坂はる香
司会・文
高坂はる香 音楽ライター

大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動...

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