インタビュー
2023.05.10
【5/12(金)公開】映画ファン/クラシック・ファンが待ちわびていた超話題作がついに日本上陸!

映画『TAR/ター』にトッド・フィールド監督が「クラシック音楽界」と「ケイト・ブランシェット」を選んだ理由

トッド・フィールド監督が16年ぶりの新作として監督・脚本を務めた最新作で、第95回アカデミー賞では主要6部門にノミネートされた映画『TAR/ター』。本作で「強大な“権力”というものが個人や周囲の人々にどんな影響を与えるかを描こうとした」と語る監督が、なぜその舞台に「クラシック音楽界」を選んだのか。そして、「彼女という存在があってやっと、神話の時代からの人類永遠のテーマを形にすることに成功した」という主演ケイト・ブランシェットについて語ってくれました。

取材・文
東端哲也
取材・文
東端哲也 ライター

1969年徳島市生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。音楽&映画まわりを中心としたよろずライター。インタビュー仕事が得意で守備範囲も広いが本人は海外エンタメ好き。@ba...

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俳優としてキャリアをスタートし、スタンリー・キューブリックの遺作『アイズ ワイド シャット』(1999年)にも印象的な役柄で出演していたトッド・フィールド。彼が『イン・ザ・ベッドルーム』(2001年)、『リトル・チルドレン』(2006年)に続いて、16年振りに監督・脚本・製作を手掛けた長編第3作目『TAR/ター』は現代クラシック・シーンの頂点にまで上りつめた、あるスター指揮者をめぐる物語だ。

主人公のリディア・ターは数々の名門楽団を経て、ベルリン・フィルの首席指揮者に女性として史上初めて任命された逸材。民族音楽の研究者であり、現代音楽の作曲家としても才能を発揮。ジュリアード音楽院で講義を持ち、若手を支援するための財団も運営している。もちろん、ひとたび指揮棒を手にすれば超絶なカリスマ性を発揮。リハーサルでは団員たちに次々と指示を与え、自分のアイデアを打ち出していく。そんな誰もが従う絶対的な王国に君臨する彼女だが、重圧や過剰なまでのエゴイズム、仕掛けられた陰謀によって次第に自身の“心の闇”に呑み込まれていく…

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今作に「クラシック音楽業界」を選んだ理由

――監督はもともとジャズがお好きで、クラシックに興味を持たれたきっかけは、レナード・バーンスタインが1970年代に母校のハーバード大学で行なった講義の記録だそうですね。

トッド・フィールド監督(以下T.F) バーンスタインが「音楽とは空気を震わせるものであって、すべての音楽はノイズなんだ」というようなことを断言していて、素晴らしいなと思ったんです。

それまで年寄りが若い人の音楽に疎外感を感じるみたいに、クラシックってとっつきにくい特別なものだと思っていたのが、単なるラベリングの違いだけで、難しいものではなく音楽は音楽。ジャンル分けは名前を付けて小分けして、消費するための手段に過ぎないことに気がついた。彼のような、あらゆるスタイルの音楽と親しみ演奏した人の言葉だけに、凄く説得力がありました。

実際、指揮者のグスターボ・ドゥダメルにお会いしたとき、休みの日にはコールドプレイとかブルース・スプリングスティーンを好きで聴いてると聞いて、なるほどと思いましたよ。

トッド・フィールド
©2023 Getty Images

――ただ、本作は強大な“権力”を持った人物についての寓話であるとも思うので、こうしたテーマを描くのにクラシックの業界を舞台にされたのが、やはりぴったり過ぎて、お見事だと思いました。私たち音楽メディアも日頃から“名門”や“世界最高の”といった、ヒエラルキーを意識した言葉を使いがちですし。

T.F そうですね(笑)。どこか権威主義的であり、何にでも明確なランクが存在するところがクラシック音楽の面白いところですね。コンクールでの優勝者が重要だったり、例えばストラディヴァリウスのような非常に高額な楽器もある。

それぞれ、それに見合った理由がちゃんとあるにせよ、力関係やパワー構造をわかりやすく伝えることのできる世界であるとも言える。そして指揮者というものが演奏家の頂点にいることも理解してもらいやすいと思うのです。

ケイト・ブランシェットの存在を得て、リアルな世界を描けた

――リディアが若手の副指揮者の出世を阻んだり、楽団の若くて美しい女性チェロ奏者をえこ贔屓してソリストに抜擢したりする様子はまさに“パワハラ”で“暴君”そのものなのですが、それをケイト・ブランシェットという“神々しい”光を放つ女優が演じるので、最悪な人物なのに凄く魅力的な“巨匠”にも見えました。

T.F 男性が“権力”を濫用してハラスメントを行なう話は残念ながらニュースでもよく耳にしますが、リディアのような(同性愛者の)女性がその地位に就いた場合にどうなるかは、あまり例がないのでよくわかりませんよね。

本作のアイデアは強大な“権力”というものが個人や周囲の人々にどんな影響を与えるかを、主人公を通して描くことだったのですが、世界最高峰のオーケストラの女性指揮者という設定だけで、まるでお伽噺のようになってしまう恐れがありました。

それがケイトのような非常に才能豊かで芸術性の高い役者に演じてもらうことで信憑性を持たせることができ、観客にもこれは夢物語じゃないんだ、こういう世界がありえるかもと納得させることができる。だから彼女なくしてこの映画は成立しなかったし、彼女という存在があってやっと、神話の時代からの人類永遠のテーマを形にすることに成功したのだと思います。

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