第10回:科学コミュニケーター 深津美佐紀さん
クラシック音楽の世界で仕事をする飯田有抄さんが、熱意をもって音楽に関わっている仕事人にインタビュー。その根底にある思いやこだわりを探る。
第10回は深津美佐紀さん。飯田さんと親しい方たちとの作品でデビュー作を飾った科学コミュニケーターだ。
「科学コミュニケーター」という仕事人をご存知だろうか。今回ご登場いただくのは、科学コミュニケーターの深津美佐紀さん。科学者や技術者とは違った立場から、一般の人に科学を解説したり、さまざまな立場の人が科学について語り合う場をつくるのが深津さんのお仕事だ。
そんな深津さんが作曲家の春畑セロリさんと出会った。セロリさんは『ゼツメツキグシュノオト』という、絶滅が心配されている動植物たちに思いを寄せたピアノ曲の楽譜を手がけている。この春、楽譜とCD、絵本となって世に送り出された『ゼツメツキグシュノオト』に、科学の視点からわかりやすい解説や、アートの世界にも寄り添った文章を深津さんが執筆した。
市民オーケストラでトランペットも演奏するという、音楽と科学を愛する深津さんにお話を伺った。
絶滅が心配な生き物たちに思いをよせる、絵と音楽のコラボレーション。音の台所(茂木淳子)さんが生き物の絵を描き、つぶやきを添え、そのイメージを作曲家の春畑セロリさんが曲にしました。リュウキュウコノハズク、エゾナキウサギ、ラッコ、アオウミガメ、ホッキョクグマ、カカポなど、18種の動植物が登場します。
科学を切り口に人と人とをつなぐ
——「科学コミュニケーター」とはどんなお仕事ですか?
深津 簡単にいうと、科学という切り口から人と人とをつなげるお仕事です。職業名というよりは、役割的な意味合いが強いですね。科学を専門としない人と、専門家とを橋渡しします。
科学コミュニケーターという言葉が頻繁に使われだしたのは2000年代からですが、以前からそういう役割の人はいました。たとえば、ジャーナリストや学校の先生は、科学や技術について、一般の人や子どもたちと一緒に考える場をつくってきました。
最近では、科学コミュニケーターに必要な能力を養うためのプログラムもあちこちで提供されるようになり、科学コミュニケーターという肩書きで活動する人も少しずつ増えてきました。
——普段は科学館で、来館者の人たちに向けてお話をされているのでしょうか。
深津 そうですね、館内の展示をきっかけにして、その背景をご説明したり、生活の中で使われている技術についてお話をしたり、科学によせる疑問や期待を伺ったりしています。
私自身は生物を専門としていましたが、ロボットや最新技術のことなどについてお話しすることも多いので、日々勉強です。だからこそ、科学を専門としない方々のお気持ちにも共感できることがあるんじゃないかと思います。その視点を生かしつつ、経験を積み上げたいです。
アートと科学の出会い『ゼツメツキグシュノオト』
——今回は、作曲家の春畑セロリさんと、イラストと詩の音の台所(茂木淳子)さんが手がけた『ゼツメツキグシュノオト』に、科学サイドからコラボされましたね。
深津 最初にセロリさんと出会い、『ゼツメツキグシュノオト』について聞いたときは、ユニークで面白いプロジェクトだから、私も何か一緒にやりたいな、ってすぐに思いました。私は科学も好きですが、音楽も大好きなんです。今も市民オケでトランペットを吹いています。
もちろん音楽の受け取り方は、みなさんそれぞれ自由でいいと思うのですが、ちょっとでも生き物の情報、たとえば、カカポやヤンバルクイナは飛ばない鳥なんだ、とか、そういう情報を知ったうえで作品に触れると、さらにイメージが広がるのではないかな、と。
個人的にCDは、いちばん最初は科学的な情報なしに聴くのがよいかもと思っているのですが(笑)。
まずは自分の想像力でひと通り楽しんだあと、私が書いた文章をちょっとでも見てもらえれば、セロリさんの作品をさらに深く楽しんでもらえるかもしれないし、あわよくば絶滅の問題について関心をもっていただけるかもしれない、そんな思いで書かせてもらいました。
——きっかけは何だったのですか?
深津 あるとき、出版チームのみなさんが、絶滅危惧種について科学的な面から学びたいということで、内輪の勉強会が開かれました。そこで私が身近な事例を出しながら、生き物や絶滅のことについて、みなさんにお話しさせていただきました。
そして、解説をつけるなら、たとえば「サンゴ礁」ならこんな文章はどうですか? と提案しましたら、みなさんが共感してくださり、他の生き物についても書いて〜! とご依頼いただいたのです。
——この文章が、本当に素晴らしいです! CDと楽譜と絵本とで、同じ生き物でも伝え方を変えていますよね。
CDには、科学のストレートな説明。楽譜はもっとやさしい、詩的な言葉。だけどちゃんと、その生き物がどんなコなのかが伝わってくる。
そして、絵本の巻末は、その中間というか、説明的かつ詩的という、これはもう大変に高度なことですよ! 私も文章を書く仕事をしてますから、わかるんです! こりゃ、すごいワザだなって。
深津 いえいえ、そんな……。
——それぞれ、どんな思いで書き分けようと思ったんですか?
深津 CDの解説には図鑑的な、科学の知識をとくに飾りをつけずに書きました。なぜかというと、CDにはピアニストの内藤晃さんの素晴らしい演奏が入っていますから、余計な味付けはないほうがいいだろう、と。
楽譜のほうは、私も5歳から中学生までピアノをやってましたから、弾く人の気持ちになって考えました。曲のモチーフになった生き物の特徴を知ったうえで演奏すると、表現しやすくなる。でもCDの解説のように書いてしまうと、音楽表現にはつながりにくいというか、やさしい言葉のほうが感じとっていただきやすいかなと思って書きました。
——なるほど。CDは買った人が受け手として楽しむものだけど、楽譜は手にとった人が自ら音を出すためのメディア。表現のお手伝いというか、背中を押してくれるような、言葉選びがなされていますね。
深津 練習の合間にでも眺めていただければ嬉しいです。
——絵本はまた違う特性がありますよね。
深津 絵本は多くの人が手にとるものです。ページをめくるたびに、それぞれの生き物が美しい絵、言葉、音符で表現されています。ページの見開きいっぱいに広がるアートから、生き物の暮らしぶりについての想像をもっと膨らませてほしい、そう思って、生き物の個性が伝わるような言葉をアートに添えて書きました。
——絵本だから子ども向け、ということではなさそうですね。
深津 巻末の「いのちをつなぎつづける ゼツメツキグシュの、ものがたり」という文章は、中高生や大人が自分で読むことも、親が子に読み聞かせる場面も想定して書きました。
それぞれの生き物の可愛らしさや、ユーモラスなところを、やさしい言葉で説明し、生き物が減ってしまっていることの背景も最後にちょっぴり添えています。本を閉じたときに、みなさんが感じたこと、その気持ちを大切にしてもらえたらと思います。
音のモティーフ:春畑セロリ
A5変型判・46頁・定価(本体1,800円+税)
色鮮やかな絵の世界と音楽的なエッセンスを、 絵本に取り込んだ
でも、『ゼツメツキグシュノオト』プロジェクトのコンセプトは、絶滅の問題を声高に叫ぶことではありません。生き物たちが、かわいくて、おもしろくて、魅力的だね、というところからのアプローチを大切にしています。絶滅はもちろん深刻な問題ですが、この作品を通して問題を知った人たちが、それぞれ自分の立場で考えを深めていただけたら嬉しいです。
絶滅危惧種に対して、わたしたちは何ができるのか
——作品に登場する18種類の動植物たちは、絶滅の危険度がどれも等しいわけではないそうですね。
深津 絶滅の危険度は、生き物によって違います。絶滅の可能性が特に高い「絶滅危惧種」のなかでも3つのランクがありますし、そのランクに至らない予備軍にも、準絶滅危惧、軽度懸念というランクがあります。
危険度の高いものに注目することはもちろん必要ですが、これ以上絶滅危惧種を増やさないために、危険度の低いものにも目を向けることが大切だと、私は思っています。
生き物によっては、今はランクが低くてもこれから絶滅危惧種になってしまうものがいるからです。
『ゼツメツキグシュノオト』で音の台所(茂木)さんが選んだ18種類は、たまたま危険度がばらけていました。その「たまたま」は、科学者だけでは作れなかったかもしれません。異分野の人が関わったからこそできたラインナップですね。
——「絶滅危惧種」というと、とにかく字面からして怖いですし、一般的には生き物が絶えてしまってかわいそうとか、バランスが崩れるから心配とか思う。でも一方で、自分は問題に対してどう向き合ったらいいのか、何ができるのかというと、よくわからなくなります。
深津 地球に暮らす生き物たちの関係は、まるで網の目のようにとても複雑です。
そんな関係のなかで、1種類の生き物がいなくなったことに気づいたとしても、その次にどんなことが起こるのかを正確に予測することは、科学者でも難しいんです。
私たちの生活とは直接関係はないように思える遠くの森の生き物や、害虫扱いしている生き物でも、いなくなったときに「私たちの生活に何の影響もない」かどうかは、誰にも分からないのです。
それでも、毎日の生活で私たちに出来ることはあります。
例えば、自分が興味をもった生き物について、話題にしてみたら。最初は「かわいい!」から始まった会話でも、次第にその生き物が置かれている状況や人間との関わりへと興味が広がるかもしれません。
そうやって一人ひとりが気づいたことや新しいアイデアを束ねていくことで、生き物を守れるかもしれない、私はそう信じています。
——なるほど、ダイレクトな保全活動のようなことができなくても、興味や関心は広げていきたいですね。
深津 作品に登場する生き物たちがどんなところに住んでいるのか、どんな空気を吸っているのか、実際に感じてから文章を書きたいと思い、私は沖縄に行くことにしました。
生き物のことをみんなに伝えたいという一心で私は沖縄に向かっていたのですが、その一方で、CO2をたくさん出す乗り物に乗っている自分は、ある意味、生き物を追い詰めることもしてるんだ、飛行機の中で、ふとそう気づいたんです。
私は自分の中の矛盾を感じて、一瞬苦しくなりました。
私はその矛盾を拭い去ることができませんでしたが、そのとき思ったんです。
「今の自分にできることを一生懸命頑張ろう、読者の頭の中で、生き物が動き出すような、そんな文章を書こう」と。
——なるほど、考え方のカーボン・オフセット的な。今の社会ではどうしたって、そういうことになりますよね。私だって今日、深津さんに生物のお話を伺うために、この公園までカブ(バイク)に乗ってガソリン燃やして来ちゃった。
深津 自分の生活が、巡り巡って遠くの生き物を追い詰めてしまっていることに気づいたとしても、私だって生きていかなければならない。
ならば、遠くの生き物をまるで近くにいるように想像してみることで、生活の中のちょっとした行動が変化するんじゃないか、そう思っています。
——そうですね。人間は葛藤しつつも想像力をたくましくしていかなければなりませんね。でも科学に携わる方でも、葛藤を抱え矛盾を感じておられるのを聞くと、なんとなく少しほっとします。私たちも自分なりにできることを探していけばいいんだ、と。
深津さんと、花さんぽ。
——ところで、深津さんはこうした文章力を、どうやって磨いたのですか? 今まで詩や散文や小説を書くようなことをしていたのですか?
深津 身近な生き物のことを書くブログをやっています。「未知草のーと(ミチクサノート)」っていうんです。
最近更新できていないけれど、そこでは堅苦しい文章ではなく、おちゃめな言葉を紡ごうと思っています。
——おお。植物への愛情にあふれた、ユニークな文だし、ハーブの知識とかもおすそ分けしてもらえますね。
深津 よかったら、このあと草花を見つけるお散歩をしませんか? ここ都立野川公園は、私が最初にセロリさんご自身が演奏する『ゼツメツキグシュノオト』の音源を聴きながら、文章のアイデアを練った場所で、大好きな公園です。自然観察園があるので、よかったら一緒に行きましょう。
——お願いします!
都立野川公園の自然観察園で深津さんと飯田さんがお散歩しました。
歩きなら深津さんが、「あっ!! ◯◯◯がいた〜!」と小さく叫ぶも、指差す先に何があるのかさっぱりわからない。よくよく目をこらすと、小さな小さなお花が咲いている。
深津さんが大学院で研究されたという「カタバミ」という花だった。なんと小さく可憐なお花! 小さすぎて、普通に歩いていたら、まず目に入らない、素通りしてしまうようなお花。タンポポの4分の1ほどだろうか。驚きました。私の目には輪郭がぼやけているものを、深津さんの目にはしっかりと見えている。きちんと言葉(名前)にその存在を落とし込んで……。
その後も深津さんは次々と、「セリバヒエンソウですよ」とか「オドリコソウです」とか「あ、エビネいるじゃ〜ん」とか言いながら、どんどんお花の名前を教えてくれました(が、ぜんぜん1回では覚えられませんでした)。
今まで見過ごしてきた、小さく可愛いお花たちの出会いは、大きな刺激を与えてくれました。
後日、私は再びカブに乗り、野川公園へ。
今度は自力でお花の名前を調べながら丁寧に観察。その後は家の近所だろうが、どこだろうが、カタバミやハルジオンがパッと目に入るようになったから不思議。「雑草」とされるお花たちがどんどん可愛く思えている今日この頃です。深津さん、ありがとう。
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