飯田有抄と、音楽でつながる仕事人たち。

第13回 調律師 岩崎俊さん——すべてのピアノに良い「響きの形」を

インタビュー
2019.01.25

クラシック音楽の世界で仕事をする飯田有抄さんが、熱意をもって音楽に関わっている仕事人にインタビュー。その根底にある思いやこだわりを探る人気連載第13回。

ピアノという楽器は、家庭、学校、多目的公共スペースまで、私たちの日常のさまざまな場面で見かける楽器だが、その仕組みはとても複雑。調律師さんという専門の技術者の存在があってこそ、私たちはコンサートホールで聴く美しいピアノの響きにも出会えるのだ。今回の「仕事人」は、都内のホールを忙しく飛び回る調律師・山石屋洋琴工房の岩崎俊さん。そのお仕事の、驚くべき深さと広さに触れた。

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PHOTOS:Ayumi KAKAMU

取材協力:武蔵野市民文化会館
仕事人
岩崎俊 調律師
岩崎俊
仕事人
岩崎俊 調律師
山口県下関市に呉服屋の長男として生まれる。ヤマハピアノテクニカルアカデミーで学び、1985年に上京。キネブチピアノで下積みから経験する。のちスタインウェイ-ハンブルク...
聞き手・文
飯田有抄 クラシック音楽ファシリテーター
飯田有抄
聞き手・文
飯田有抄 クラシック音楽ファシリテーター
1974年生まれ。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学院修士課程修了。Maqcuqrie University(シドニー)通訳翻訳修士課程修了。2008年よりクラシ...

呉服屋のご長男が、ピアノ調律師として独立するまで

——岩崎さんは山口県下関市のご出身とのこと。ご実家はなんと10代続く呉服屋「山石屋呉服店」さん。ご長男ですが、後継の道を選ばすに、ピアノの調律師となられたのですね。

岩崎: 祖父は継いでほしいという思いもあったようなのですが、もう着物を着る人もだいぶ減りましたからね。強制はされませんでした。屋号だけは継いで、自分のピアノ工房に名付けました。

——それで岩崎さんの会社は「山石屋洋琴工房」というお名前なのですね。ピアノの調律の世界には、どういったきっかけで入ったのですか?

岩崎: 中学から吹奏楽部でトランペットを吹いていました。音大を目指したのですが、受験で失敗。浪人中に方向転換して、理系の工学部を受験しようと考えました。ところが、音大受験のために師事したソルフェージュの先生が、地元の楽器店で調律師になる人を求めていて、ヤマハのピアノ・テクニカル・アカデミーで1年間勉強してくれる若い人を探しているのだけど、と相談を受けました。狭い地方都市ですからね、うちも商いをやっていて、楽器店や先生との繋がりもあるから配慮しなくては……と、一応試験を受けましたら、私だけが通ってしまって。それで技術学校へ行く流れになりました。

——この「仕事人たち」のコーナーでは、最初から目指したというよりも、成り行きとか流れで今のお仕事と出会い、現在ご活躍という方が多いのですが、岩崎さんも……!

岩崎: そうですね、やりたくてやったというより、たまたま始めた感じでしょうか。ちょうどその頃テレビの音楽番組に山下洋輔さんが出ていて、落語の「寿限無」をジャズにしているのを聴いて、面白い! と。それまでピアノはトランペットの副科でやっていただけだったのですが、山下さんのLPを下関のレコード屋さんに買いに行き、よく聴いていました。

——その山下洋輔さんのピアノを今、岩崎さんが調律・調整をなさっているということですから、強いご縁をお持ちだったのですね。では、10代の終わりにアカデミーで学び、その後、楽器店の調律師になられたのですか?

岩崎: はい。でも、その楽器店にいたのは1年だけでした。半年でちょっと違うな、と。ここで仕事を続けてはいけないな、と思うような悲しいことがいっぱいあったんです。

——悲しいこと!?

岩崎: その楽器店が中古のピアノを販売し、お客様のもとに納品します。そのとき、納入調律というサービスが付いており、調律師の中では一番下っ端の私が出向くわけですが、行ってみると、販売前に張るはずだった低音の弦が張られていないということがありました。

また別の納入調律では、定年退職をしたばかりの男性が初めて買った安い中古ピアノ。弦を張るためのピンのトルクがまるで弱くて、全体の半分くらいの弦が調律不可能だったのです。「これから楽器を始めようという人に、調律もできない状態のピアノを売ってしまうなんて……」と悶々として、結局1年でその楽器店を辞めることにしました。

——ご自身がトランペットを通じて演奏する喜びをご存知なだけに、看過できない問題ですね。

岩崎: まだ20歳だったので、再び大学受験を考えたのですが、アカデミー時代に仲良くなった友人に、いい仕事ができるところはあるのかな、と相談しました。彼は東京音楽大学の楽器室に就職していたので、遊びに行って大学を見学させてもらいました。当時そちらには元・NHK放送センター楽器班の方がいらして、その方がキネブチピアノという調律会社を紹介してくれました。

——そして上京することになったのですね。

岩崎: 調律不可能なピアノを見てきたので、キネブチピアノに入ってからは調律よりも修理をやりたい、と思うようになりました。

日本の技術学校は、修理に関して少しは教えてもらえたけれど、ほんの体験程度。だから、技術学校を出てもオーバーホールなどはまったくできません。当時の主流はアップライトでしたから、グランドピアノについても、かじる程度にしか教わっていなかったのです。

キネブチピアノでは、修理はもちろん、当時としては珍しい改造もやっていました。国産のピアノに、ドイツの高品質な部品を乗せ替えるという作業です。そこで「こんなこともやっていいんだ!」といろいろなことを学びました。

その後、松尾楽器の委託を受けて、ハンブルクへの研修にも行かせていただき、さまざまなことを確認して帰ってくることができました。山石屋として独立したのは25歳くらいでしたね。

独立後はピアノの設計から勉強

——調律だけにとどまらず修理ともなると、さまざまな知識や経験が必要になるのでしょうね。

岩崎: そうですね、とりわけ設計に関するピアノの知識が、当時の日本にはあまりなかったんです。国産の一流メーカーは、海外の評価の高いピアノを持ち込んで、それを分解し、部品をそっくりに作るというのが主流のやりかたでした。

2台の部品は重ね合わせてもぴったり同じ。なのに、できあがったものをピアニストが弾くと、タッチがまったく違う。どこで違いが生まれるのかといえば、部品を組み立てていく設計なのです。そこまでは、真似ができなかったということなのです。

——部品がそっくりなら同じものになりそうなのに。組み立てで変わってしまうんですね。

岩崎: 組み立てや設計が違うというのは、目的が違う、とも言えるんです。本家である海外のピアノは、演奏するアーティストの要望に応えることを目的として、改良を積み重ねて今の形に行き着いています。ところが、後発の日本のメーカーは、評価されている海外のピアノを分解し、真似をして、そっくりに作るということを目的としていた。

ドイツ製の部品を使って国産ピアノを改造していたキネブチピアノでも、設計の概念まではきちんと整理ができていなかったのです。いい部品に換えさせすればよくなるだろうと。もちろんクオリティは上がります。しかし、全体的に理想的な方向に行っていたかというと、そうではなかったのだと思います。

「山石屋洋琴工房」として独立したときに、私は図面を引きながら、しっかり設計の勉強をして、修理をしたり、オーバーホールもやっていきたいと考えました。

——それが、アーティストの要望に応えることにもつながる、と?

岩崎: そうですね。アーティストとの仕事の原点は、下関で一度だけやらせてもらったジャズの本番の仕事です。辛島文雄さんのトリオだったのですが、そのときの体験が今の自分の出発点だと感じていますし、山下洋輔さんの音楽との出会いも大きかった。

調律師は、楽器屋さんやピアノメーカーの「手下」みたいなイメージを持たれがちですが、私は演奏家の方々から「仲間」だと思ってもらえるような仕事をしなければと思っています。ピアノ以外の弦楽器や管楽器は、奏者が自分の作った音で演奏しています。しかし、ピアノは構造が複雑ですから、ピアニストのために技術者が音を作り、ピアニストはその音を道具にして演奏するという、共同作業になるわけです。

同世代の作曲家の和田薫さんが近所に住んでいたり、N響クラリネット奏者の山根孝司さんは、実は小中学校からの同級生。そうした音楽家の人たちとのお付き合いの中で学んでいることもたくさんあります。

視覚や記憶に頼り、「響き」を感じる

——現在、岩崎さんはサントリーホールや東京オペラシティ、東京文化会館、本日お話を伺っているこちらの武蔵野市民文化会館など、多くの音楽専門ホールでのピアノの調律・調整を手がけていらっしゃいます。ほかにはどのような現場のお仕事がありますか?

岩崎: 独立後すぐは、ご家庭のピアノの調律も数年やっていましたが、3年くらいの周期で仕事の現場が変わってきた気がします。現在はホールをメインに、ご縁あってストリートピアノのイベントを担当したり、品川は東禅寺の本堂で毎年秋に開かれるコンサートのピアノなども調律しています。

——ご家庭のお子さんが弾くピアノからサントリーホールまで、さまざまなピアノを経験されておられる岩崎さんですが、やはりそれぞれのピアノで異なる対処をなさっているのでしょうか。

岩崎: いいえ、基本的には、子どもが弾くピアノも、サントリーホールのピアノも同じです。できるだけクオリティの良いものを弾く人に使ってほしい。アップライトだからこれでいい、こういう空間だからこれでいい、というのではなく。もちろんピアノが違えば調整の内容は変わりますし、楽器の構造上できることとできないこともありますが、調律によって音色・音程を作ることができるのです。

そして大切なのが、響き。響きというのは、感覚的、イメージ的な部分なので、説明は難しいのですが、基本的にはスタインウェイのフルコンサートグランドであれ、アップライトピアノであれ、同じように響きも作ることができるのです。

——響き、ですか。もう少し具体的に教えてください。

岩崎: 声に例えて説明すると、一人の人間でも地声と合唱での発声とベルカントの発声では違いますよね。同じピアノでも、地声のような響きに調整されてしまったり、ベルカントになったりします。技術者が地声に調整してしまっていると、それを弾き手がベルカントにしていくのは大変。最初から歌うように調整できていれば、演奏者も非常に楽に音楽づくりができます。

——ピアノにおけるベルカントを目指していらっしゃるわけですか?

岩崎: そうですね、あくまでイメージですが。それは私自身のトランペットの体験とつながっていると思います。私はモーリス・アンドレという、トランペットの神様みたいな人の演奏が大好きで、彼の響きには絶対的な何か、他者が追随できないものを感じます。彼の音楽と出会って、「響きとは、『聴く』ものではなく、感じるもの」だということに気付かされました。聴覚だけではなく、もっと、視覚的であったり、体全体と関わるものが、響きです。

ハイドン:トランペット協奏曲/モーリス・アンドレ(トランペット)、ミュンヘン室内管弦楽団

岩崎: 料理のプロは、自分の体調で味覚が鈍っている場合でも、いつでも同じ味を提供できます。調律師も同じで、耳だけに頼っていると、体調次第では同じ音を提供できないことになってしまう。他の感覚でも自分の仕事を測れるように、ものさしは複数あったほうがいい。

私は、音を動きある形として感じています。視覚的に、実際に「見ている」感覚があります。色や香りに置き換えて音を感じたり、記憶している人もいますよね。

——それは、いわゆる共感覚的なものなのでしょうか。

岩崎: そうかもしれません。響きを十分に含んだ音は、実際の弦や響板よりも、もっと高い位置から音の像、丸みを帯びた形が出てくるように感じています。その視覚的・感覚的な記憶に頼りながら、88鍵の一つひとつの音の形を揃えていくのです。

美味しい料理も、その味を思い出しながら作りますよね。明るい音、明るい響きが欲しいと思ったら、それを頭の中で再生できれば作れます。言葉で知っていたとしても、頭で再生できなければ作れません。

——イメージを明確にもって音にする。素晴らしい演奏家の方々がよく語っておられることと、まさに同じ作業をなさっているのですね。

岩崎: そうできていれば嬉しいです。

インタビュー中に「ベルカント」な音に調律してくれた岩崎さん。音程は変えずに音色を整えると......?
「えぇえ! 全然違う! なぜぇ!?」と飯田さん。編集の耳にはより豊かで、まろやかで、胸に飛び込んでくるような音に聴こえました。

相手の気持ちやコンディションを察するのもお仕事

——自分のピアノを調律していただくとき、ピアノの調律師さんに何をどう注文したらよいのかわからない、というお声を聞くことがあります。どんなふうに注文すると良い、といったアドヴァイスはありますか?

岩崎: ピアノのユーザーさんの中には、しっかり要望を出したい人もいれば、出さなくても通じ合えて、わかってほしいと思っている人もいます。要望どおりにできていても、何か必ずひとこと言いたい、という人もいます。私としては、こちら側から相手の気持ちを察し、感じ取れるようでありたいと思っています。

お客さんに対して、どういう風に注文してほしいということではなく、自由にしていただいている中で、その方にあった音、コンディション、環境を察し、こちらから考えていくことが必要かなと思っています。

——響きだけでなく、人の気持ちも感じ取るお仕事なのですね。優れたコミュニケーターでなくてはならない。

岩崎: 以前、素敵な旅館に泊まったことがありました。下足番のおじさんがいるんですが、出かけようと思うと、どういうわけかタイミングよく靴が用意されているんです。どこでどう観察されているのかわからないけれど(笑)。サービス業としてのお手本になる旅館ですね。

調律師のカバンの中身〜道具萌えの世界

——本日はこれからステージ上のピアノを調律し、本番が終わるまでいらっしゃるとのことですね。

岩崎: 本番中、もし何かがおこっても大丈夫なようにずっと控えています。以前、コンサートの本番で、真ん中のペダルが突然機能しなくなったことがありました。めったに使われないペダルですが、ピアニストが後半に使用すると言うので、休憩中に大急ぎで原因を究明して直したことがありました。

——緊急事態でも大丈夫なように、道具もたくさんお持ちなんですね。でもスマートにアタッシュケース一つにまとめられていて、道具自体もかっこいい!

岩崎: 一番よく使うのは、チューニングハンマー。これはもう何年も使っています。自分で道具を作ることもあります。鉄から削り出したり、溶接したり、叩いたりして。

上:チューニングハンマー

左:小ぶりなアタッシュケースを開けると...... 取材陣一同「かっこいい!」と大興奮の調律道具一式

——耳かきのような小さな道具もありますね。

岩崎: スプリングを調整する道具ですね、手作りです。医療用の道具もよく使いますよ。ピンセットなどは、歯科用のものは滑り止めがしっかりしていて、どんな小さなネジでも掴めます。

深刻な調律師不足がやってくる!? 若い人に知ってほしい

——岩崎さんは子どもたち向けたワークショップもなさっているそうですね。

はい、この武蔵野市のホールや調布音楽祭でも行ないました。ピアノのアクションを出して、鍵盤をばらし、それをまた子どもたちにひとつひとつ組み立ててもらいます。最後にピアニストが弾いて音が出るまでを体験してもらうワークショップです。ピアノの仕組みや、調律の仕事を知るきっかけになれば、と。

これから先、深刻なコンサート調律師不足になります。4、50年前のピアノブームの頃に技術者になった人は今60〜70代。私は今50代。コンサートで使用されるピアノのクオリティを維持するためにも、若い世代に育ってほしい。

僕が以前、山下洋輔さんの音楽に憧れたように、「このアーティストの仕事を手がけたい」という思いを持ってもらうことが、この道につながるのではないかなと思います。ぜひ、若い世代に関心を持っていただきたいですね。

イラスト:飯田有抄
株式会社 山石屋洋琴工房

住所: 東京都狛江市西野川 1-26-10-1F

事業内容
ピアノ・楽器の調律・修理ピアノ・楽器の販売中古ピアノ・楽器の買取及び販売コンサート・その他各種イベントに関する企画・マネジメント・コンサルティング

お問合せ: iwasaki@yamaishiya.com

tel: 03-3488-6616

fax: 03-3488-6912

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