編集者で本は変わる! 人間味どっぷりで仕事したい! 楽譜編集者・山本美由紀
クラシック音楽ファシリテーターの飯田有抄さんが、クラシック音楽の世界で働く仕事人にインタビューし、その根底にある思いやこだわりを探る連載。
今回は小社(音楽之友社)の楽譜編集者、山本美由紀。ピアノやヴァイオリン、合唱などの楽譜を手がける出版部楽譜課の課長で、その熱いキャラクターに目を付けたONTOMO編集部が取材を打診。楽譜を手にする人に向けて、どんなところにこだわって作っているのか話を聞いた。
「編集者」とは、人間味どっぷりのコーディネーター
——山本さんは楽譜や本の編集者としてお仕事されていますが、「編集」というお仕事は、あまり一般的にはイメージされにくいかもしれませんね。
山本 そうですね。「楽譜課」というところにいるので、「楽譜を書いている」と思われることが多いです。でも、編集者の仕事は、ひとことで言うならコーディネーター。1冊の楽譜を作るには、まず著者(作曲者)がいて、表紙や中のイラストを描く人がいて、全体のデザインをする人がいて、楽譜を見やすく制作する浄書屋さんがいます。英訳を付ける場合は翻訳者がいて、監修する人を置く場合もあります。
1つのタイトルに4〜6人が関わるわけですから、うまく交通整理をして、最終的にみんなの要望や私自身の思いものせて、ひとつの出版物に仕上げていく作業が「編集」ということになります。
——著者を中心として、それぞれの役割をもった人々の力をどう組み合わせてまとめていくか、企画の段階から考えていくのが、山本さんのお仕事なんですね。
山本 企画の始まりには、いろんなパターンがあります。著者ご本人から持ち込まれるものもあれば、どなたからかご紹介があったり、私自身がずっと活動を追わせていただいていて、面白いのでお声をかけさせていただく、ということもあります。最終的には、私自身が「そういう楽譜や本があったら欲しい!」と思えることが、出版への大きなきっかけとなりますね。
たとえば、この『ヴァイオリン骨体操』(矢野龍彦、遠藤記代子 共著)という本(楽譜課だけど、書籍も作っています)。桐朋学園大学の体育の教授と「骨体操」師範のヴァイオリニストをご紹介いただき、制作しました。私自身アマチュアでずっとヴァイオリンを弾いているのですが、楽器を弾いていると肩が凝るし、首も痛くなる。それが解消されたら幸せなことです。おかげさまでよく売れています。
この本は体操の仕方を図解していますが、体の動きをあえて写真ではなくイラストにしました。写真を撮って、それをわざわざデザイナーさんにイラストに起こしてもらって。そのほうが見やすくてわかりやすいと思ったから。紹介する身体の動きが、ちゃんとヴァイオリンの実演に結びつくというのがポイントです。
——楽譜も体操本(!)も、手にした人にとって、どうすればわかりやすく伝わるのか、それを考えるのは大変そうですが、やりがいがありますね。
山本 これまで何冊も本を作ってこられた著者なら、頭の中でしっかりイメージがある場合もありますが、人によっては、アイデアはめちゃくちゃ面白くて素晴らしいけれど、それをどう本にして伝えたらいいかイメージが湧かない、という著者もおられます。そうした場合は、ゼロから構成を考えていかなければなりません。最初のお打ち合わせが肝心ですね。
初期の段階でページ構成と内容、つまり「台割(だいわり)」を考えるのはとても重要で、それが固まりさえすれば、あとは原稿をもらい、細かく確認をしながら、整えていく。途中で変わっていく部分があっても、必ず良いほうに変わります。
——私も以前、音楽之友社で本を作らせていただきましたが、編集者さんが最初の段階、つまり章立てから一緒に考えてくれて、内容がどんどん厚くなりました。こちらが「こんなこと書いたらやり過ぎかな」と思うようなところも、「もっと、どんどんやっていいよ!」と背中を押してくれました。本はまさに「編集者さんと一緒に作るものなんだ!」と実感しましたね。
別の編集者さんとのお仕事で楽譜の解説文を書かせてもらったときも、内容のことはもちろん、日本語の助詞の使い方、いわゆる「てにをは」についてのご指摘に至るまで、すごく丁寧にアドバイスをもらいました。編集者さんのおかげで、著者は成長するのです。
山本 編集者によっても、お願いすることやアドバイスすることは全然違うと思います。
——たしかに! アッサリしていて、納期(締め切り)以外は、ほとんど何も言わない編集者さんもいますから(笑)。著者目線からしますと、私の場合はぐいぐい内容に迫ってもらえることは、編集者のコンテンツに対する「愛情」だと思いますし、すごくありがたいです。
山本 編集者がどこまで著者に寄り添うかというのは、担当する人にもよりますね。会社の方針でもない。大事なのは、「どの編集者が担当しても同じになる」ような本は作っちゃいけないと私は思っているんです。雑誌であっても、そのときの編集メンバーで内容が変わります。本や楽譜もそうです。
料理屋さんと同じで、チェーン店のように、どこに行っても同じ味を提供し続ける大切さもあるけれど、著者も人、デザイナーも人、編集者も人、その中で、この編集者だからこの本になったんだな、というものならないといけないと私は思います。誰が担当しても、同じようになるのなら、AIとやればいいじゃん、っていう話になる。
だから、人間関係をどう築いていくかが大切。私は人間味どっぷりで仕事をするのが好きです。時に、落ち込んだり、腹ワタ煮えくり返る! みたいなこともあったりしますが、それをどう乗り越えて、より良いものを作っていけるかを考えていけるのは、やっぱり楽しい仕事です。
「美しい」「かわいい」は本の大切な要素
——山本さんの最近のお仕事では、「ピアノランド」シリーズでお馴染みの樹原涼子先生のご著書『教える人も習う人も幸せになる ピアノランドメソッドのすべて』がありますね。
山本 はい。樹原先生はご自身の中でしっかりとアイデアがまとまっていらっしゃるし、具体的にこうなさりたい、というイメージもおありです。
今回私が特にこだわらせてもらったのは、中の挿絵。先生のキャラクターづくりも手掛けてくださったイラストレーターさんは、とてもセンスがいい。イラストのドレスなどは、樹原先生のイメージにぴったりで、絶対に先生ご自身もお好きだろうな、と。案の定、とても気に入ってくださいました。
とにかく「HAPPY」感を大切にしたい本なので、表紙の加工も、マットではなくピカーッとした光沢のタイプを選びました。
カバーの後ろにつけた樹原先生のプロフィール写真にもこだわりが。通常ここには真面目な感じの著者近影が載るところですが、「ピアノランド」にまだ馴染みのない方にも読んでいただきたいから、かしこまったものよりも「みんな、いらっしゃい♪」と先生が明るく元気に呼んでくれているようなイメージにしたかった。
おかげさまで、多くの共感を呼んでいます。よっしゃ! という感じですね。
——樹原先生の楽譜のシリーズでは、本間ちひろさんの表紙画が印象的ですね。『ラプソディ第2番』はかなり話題となりましたし、轟千尋さん・春畑セロリさんとのコラボレーションによる最新刊『ある日、オリーブの丘で』は中の挿絵も素敵です。
私の友人でもある本間さんが、あるとき、こんなことを言ってました。「編集の山本さんからの依頼がすごいの! ぼわッとした絵を描いて、ぼわッと! って」
山本 ああ、これかな。『ロシア奏法によるピアノ教本 はじめの一歩』の表紙画やイラストをお願いしたとき。本間さんとは、何作もご一緒してきて、私は彼女の感性を信じています。
この本は、小さな子どもが持っていて嬉しくなったり、レッスンが楽しくなったらいいなと思ったので、表紙は水彩画でほわっとした感じ、柔らかい感じがいい、とだけ伝えました。そうしたら本間さんから「動物どう?」と言われ、「いいんじゃない?」みたいなやりとりだけした結果、ドンピシャの絵が出てきました。完璧じゃん! と。
——まさに経験と関係性から生まれた作品ですね! 説明過多にならないほうが奮起する人もいるでしょうしね。こちらの楽譜もとってもかわいい。『ヴァイオリン曲集 ソレラミのうた』。
山本 川合左余子先生による、開放弦だけで弾ける初心者のための作品集です。内容はもちろん素晴らしいですが、表紙も可愛い本なら、レッスンバッグに入れるだけで子どもたちが幸せを感じてくれるんじゃないかな、と。表紙はマットの表面加工を選び、柔らかさを大事にしました。
山本 作品集でもアレンジ曲集でも、実際の曲やアレンジがよくないと、やっぱり買ってがっかりしてしまうので(私にもそういう経験があります)、内容の良い企画力のあるものを作るのは重要です。
一方で、今や、楽譜も書籍もネットからダウンロードして、端末で映し出せる時代です。
便利な世の中で、わざわざ紙になったものにお金を出して買ってもらうには、現物を手に取ったときに魅力がなければなりません。そのときに、「美しい」「かわいい」という要素は、楽譜や本にとって必要だと思うのです。
物理的に「♯」が落ちていた!? 版下からデータ入稿への時代変遷
——ところで山本さんは、編集者歴何年になりますか?
山本 大学を出てすぐ、1998年に音楽之友社に就職しました。最初は楽譜課へ、次に雑誌「教育音楽」、その次に雑誌「音楽の友」の編集部に異動しましたが、そこでいったん退社し、10年ほどどっぷり2人の子育てに専念して、子どもの学校の役員をやりまくっていました(笑)。
でも、2014年に復帰したら、世界が変わっていてびっくり!
——10年で、何がそんなに変わったのですか?
山本 時代はすっかり、アナログからデジタルへ、版下入稿から完全データ入稿へと変わっていたのです!
山本 私の入社時は、楽譜を作るときは、まだ専門の職人さん(浄書屋さん)が一つひとつの音符や文字をハンコで押して、きれいに手作りしていました。出来上がった「版下(はんした)」を、印刷屋さんがピックアップして出版されるわけです。
職人さんの作業を見ているのも楽しくて、一つひとつキュッキュッと、本当に美しくハンコを押していくんです。音楽の好きな方々が作業していますから、人の目の感覚に沿う美しさがあって、音の流れが紙面に乗り、波のように見えるというか。とても読みやすくて、初見でも演奏しやすい楽譜が多かった。
ただし、そうした版下は、一度出来上がったらなかなか修正が難しい。原稿の段階で慎重に整えておくのですが、どうしても後から、「あ、ここ♯(シャープ)が1個抜けてた!」ということも起こるわけです。そういうときに、場合によっては編集者自ら、写植のりとハサミで小さな「♯」を貼り込んで修正して、版下を完成させます。ところが、「あ〜無事に版下の入稿が済んだ!」と席に戻ったら、床に「♯」がひとつ落ちていたりするんです! 物理的に落ちている(苦笑)。「うわ、これどこの♯だ!?」と大騒ぎ。でも、ある意味間違いを発見しやすいというのもありましたね。確実に「落ちた」のがわかるわけですから。
山本 ところが、2014年に復帰すると、完全に社会はデジタル化。浄書屋さんじゃなくても、編集者が自分で入稿データを扱う時代に。私はもともとデジタル音痴。あちゃ〜と。浦島太郎状態です。だんだんとデータ入稿ができるようになりましたが、最初はミスも多くて、手に取れない情報を扱う不安はありましたね(苦笑)。
編集者冥利! 合唱曲「HEIWAの鐘」がヒット作に
——さまざまな楽譜や書籍を手掛けてこられた山本さんですが、とくに喜びを感じたお仕事はありますか?
山本 楽譜編集の仕事として、楽曲開発というものがあります。新作初演などを聴いて、ぜひ楽譜を出させてください、とお声がけしたりもします。雑誌「教育音楽」編集部にいた頃、付録楽譜の担当もしていたのですが、その頃手掛けた作品が、今や全国の小中学校で歌われるようになりました。「HEIWAの鐘」という曲です。テレビでアイドルが歌ってくれることもある、人気合唱曲となりました。
原曲は、沖縄のシンガーソングライター仲里幸広さんのオリジナル曲で、九州・沖縄サミットで紹介されて注目を集めました。それを聴いたとき、ぜったいに合唱曲にしたら素晴らしいと確信しました。子どもたちが合唱しているイメージが、バッと頭に浮かんだのです。それで仲里さんに許諾を取り、編曲をアレンジャーさんにお願いし、合唱作品として「教育音楽」の付録に載せました。
その後、いったん会社を離れたため反響がわからなかったのですが、子育て中に父兄として学校行事に参加していたら、小・中学校の合唱コンクールなどで、この曲がどんどん歌われていることを知りました。感動しましたね。子どもの学校に行くたびに、あの歌声が聞こえてすごく嬉しかった。この仕事をしてきて少しは世の中のためになったのかな、と。
仲里幸広オリジナル「HEIWAの鐘」
仲里幸広 作曲 合唱曲「HEIWAの鐘」※洗足学園音楽大学のYouTubeチャンネルより
——山本さんのような編集者が、人気曲を生み出しているのですね。
山本 楽譜は、専門的に楽器を習ってる人たちのためだけじゃなく、学校でも使われるもの。多くの人が触れる教育現場に、思い出に残るような楽曲を提供できたのは嬉しかったですね。
今は、さまざまな人が自由に楽器を演奏し、歌ったりして、みずからネットで発信する時代となりましたね。若い人はとくに自分の感性を信じ、クラシックもポップスも自在に垣根を超えて音楽表現を楽しんでいます。みんなで集まったからちょっと歌ってみようとか、合奏してみようとか、そういうことが自然にもっと気楽になされる時代になるといいですね。
そういう場面で私たちの作る楽譜がみなさんの手元にあり、音楽で元気になったり、癒されたり、泣けたり、人間らしく生きる時間のお手伝いができていたら嬉しいです。
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