インタビュー
2025.06.21
特集「ウェルビーイングとクラシック音楽」

音楽やガジェットで更年期を乗り切る!飯田有抄のウェルビーイング術

忙しない毎日、情報の洪水、鳴り止まない通知音――私たちは今、気づかぬうちに多くのストレスにさらされています。
「更年期真っ只中よ!」と明るく言い放つのは、クラシック音楽ファシリテーターの飯田有抄さん。そもそも耳が疲れやすい体質だという飯田さんが、ガジェットやアナログレコードの魅力に助けられながらたどり着いたのは、音楽を通じた“自分を整える”時間のつくり方。
難しい理屈は抜きにして、耳から、手から、心からほぐれる「音のあるウェルビーイング」のヒントを、一緒に見つけてみませんか?

飯田有抄
飯田有抄 クラシック音楽ファシリテーター

1974年生まれ。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学院修士課程修了。Maqcuqrie University(シドニー)通訳翻訳修士課程修了。2008年よりクラシ...

取材・文
川上哲朗
取材・文
川上哲朗 Webマガジン「ONTOMO」編集部

東京生まれの宇都宮育ち。高校卒業後、渡仏。リュエイル=マルメゾン音楽院にてフルートを学ぶ。帰国後はクラシックだけでは無くジャズなど即興も含めた演奏活動や講師活動を行な...

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ガジェットを使ってストレス社会をキャンセル

——普通に生きてるだけでも、つらいことっていっぱいありますよね。仕事や人間関係のストレス、ホルモンの乱れ……日常そのものが“攻撃”みたいに感じてしまうことがある(笑)。今日は、そんな中でどうやって心穏やかに生きるか、そんな話ができたらと思っております。

飯田 ワタクシ、更年期真っただ中ですからね(笑)。 いろいろ工夫していますよ。ウェルビーイングのため!

そもそもね、音楽の仕事をしているわけですが、わたしは耳がすごく疲れやすくて。だから、かなり早い時期からノイズキャンセリング(ノイキャン)のイヤホンには助けられてきました。

ノイキャンイヤホンは「砦」! でも強すぎるノイキャンは逆に疲れる?

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——ノイキャンって、単に音楽に集中するだけでなく、飛行機や電車内のゴーという音といった、ストレスになる音から身を守る「砦」みたいにもなりますよね。周囲の音をシャットアウトしてくれるわけですから。

飯田 そうなんです。危険を回避できるようアナウンスや人の声は通す仕組みになっていても、大きな環境音を遮断してくれるだけで、こんなにも違うものかと感動した覚えがあります。今では、ほとんどのワイヤレスイヤホンにデフォルトでノイキャンが搭載されるようになりましたが、10年前はまだ珍しく、数社から発売されて有名になったころに、片っ端から買い漁って試していましたね。

でも、ノイキャンも進化する中で、最近はちょっと課題も感じていて。「ノイキャン頑張りました!」みたいな感じで、なんか耳にツーンってくるのがあるじゃないですか。それはそれで謎の疲れが出てきます。

—— 1時間もつけていられないなと感じるものもありますよね。

飯田 だから最近は、効きすぎない自然なノイキャンを感じるBowers & WilkinsのPi6を使っています。「静かになりました。スッ」みたいな感じではないんですが、その自然さが心地いいんです。若いころに求めていた「ギュンって静かになったら、よっしゃー!」という感覚とは違う、年齢を重ねて疲れやすくなったからこそ求める、心地よい静けさですね。

もちろん、人によっては物足りないと感じるかもしれませんが、キンキンに効きすぎるノイキャンに疲れたなという方には、本当におすすめしたいですね。

Bowers & Wilkins「Pi6」(オープン価格)

耳を塞がない「ながらイヤホン」で広がる音楽体験

飯田 さらに最近は、耳の穴をふさがない「ながらイヤホン」、HUAWEI FreeClipも使い始めました。音楽は聴きたいけど、耳を密閉するのもしんどくなってきたという、わたしの切実な思いから生まれた選択です(笑)。

HUAWEI「FreeClip」(オープン価格)

—— ああ、これ! 最近、つけている人をよく見かけますね。骨伝導ではないんですよね?

飯田 骨伝導ではないです。ちゃんとイヤホン自体にスピーカーが内蔵されていて、耳に引っかける形ですね。だから、周囲の音も自然に取り入れながら音楽を楽しめます。

若者たちは「イヤホンは外したくないけど、コンビニで店員さんの声も聞きたい」という用途で使っているのかもですが、わたしは心と身体をゆるめるために、この「ながらイヤホン」を取り入れていきたいですね。電車の中などでは使わないですが、公園での散歩には最高なんです。

——散歩! 疲れたわたしたちを助けてくれるのは、間違いなく散歩ですよね(笑)。

飯田 緑の中を歩いて、鳥の声も聞きながらお気に入りの音楽を流す時間が、私にとって最高の癒やし。趣味の写真を撮るときに、スナップ撮影に夢中になっていても、これなら後ろから自転車が来ても分かるし、危険がないんです。安全性と心地よさの両立ですね。

——そもそも街中だとイヤホンしながらだと歩きにくいですもんね。でも音楽がないと散歩はつまらないので、まさにこれは求めていたものかも!

飯田 住宅街の静かな場所や公園の中なら、お気に入りの音楽を小さく流していてもちゃんと聴こえますし、さわやかに散歩を楽しめます。

©Arisa IIDA

飯田さんがお散歩中に撮影したお写真。みているだけで呼吸が深くなりそう

心を解き放て! ウェルビーイングな音楽の選び方

難しいことは考えなくていい「構造を聴かない音楽」

——ガジェットの話もおもしろいですが、どんな音楽がウェルビーイングにふさわしいか、ソフト面も気になります。

飯田 あんまり作曲家が語ってこないのがいいよね。「俺が俺が!」とあんまり言われすぎると、ちょっと疲れちゃう。コンサートで知的な音楽体験をするのはもちろん素晴らしいですが、ソナタ形式とかフーガとか難しいことは考えなくていい、「構造を聴かなくてもいい音楽」を選びたいですね。

最近、私がサブスクのレコメンド機能で偶然出会ったのが、スウェーデンの現代作曲家カリ・マローンの作品です。アルバム『The Sacrificial Code』は、木のパイプが突き出たオルガンらしき楽器が映るジャケットが気になって聴いてみたんですが、ずっと同じ音が鳴り続けているんです。

——紹介していただいて、わたしも聴きました。 最高ですね!

飯田 でしょ? 展開するのかなと思ったらしないんだけど、ずっと聴いていると、ちょっと方向性が感じられてくるんです。時のように移り変わっていく、明るくなったり陰ったり、いい塩梅で叙情性を感じるんですよね。木のパイプから風が通り抜けていく振動音が「たまらん」って思いません?

——まさに風を感じます。ここは森か、って(笑)。眠くなるわけではなく、瞑想に近い感覚ですよね。半覚醒というか……「聴くヨガ」みたいだと思いました。

飯田 ほかには「レコード芸術ONLINE」で書かせていただいたのですが、ピアノのアルバムで、マリー・アワディスというレバノンで生まれ育ったアルメニア人のコンポーザーピアニスト。彼女の『エチュード・メロディーク』は、いわゆる癒やし系のポップな感じですが、よく聴くと実は凝ったコード進行で、作曲の基礎がしっかりしていることがわかります。でも、ぱっと聞きはすごく気持ちよくて、ミニマリスティックな要素もあって、まさに構造をあまり考えずに楽しめる。

この人の音楽を、あの「ながらイヤホン」で聴きながら広い公園で写真を撮ると、最高に気持ちいいんです。

——自分の好きなこと詰め合わせですね!

飯田 ええ。忙しい毎日の中で、少しでも自分の好きな時間を持つことが大切だなと。

音楽が記録された媒体そのものにも癒される

飯田 あと、これは紹介する予定じゃなかったんですが……川上さんに教えていただいて、すぐ注文したレコードがあるんです。ムーミンの『シーズンズ・イン・ムーミンバレー』。ちょうど今年はムーミン誕生80周年で、キャラクターを管理する会社と作曲家が正式にコラボして制作されたアルバムなんです。

——文学作品としてのムーミンも大好きなので、この展開は本当にうれしかったですね。

飯田 ええ、わたしも大好きなんです。このアルバム、ジャケットもかわいいし、中身の音楽もすごいんですよ。ジャン・シベリウスのひ孫であるラウリ・ポルラさんが、ピアノや弦楽器を入れた曲を作っていて。彼、もともとはメタルバンドでベースを弾いていた人なんですが、このアルバムでは春夏秋冬に沿って、ほんとうに心穏やかで優しい、自然音のような曲が詰まっているんです。

そもそも、ウェルビーイングというテーマでおすすめしたいのがアナログレコードそのものなんです。

——イラストが描かれた美しい盤面は、アナログレコードならではですね。

飯田 これね、聴くときは33回転なんだけど、45回転で回してiPhoneで30FPSで録画すると、アニメーションのように動く遊びがあるんですよ。

ムーミン・シリーズの登場人物「ホムサ」が描かれた美しいレコード盤

——それ、見てるだけで癒やされちゃいますね! AIが普及し、世の中が実体のないもので動いていく中で、わたしたち人間から奪えないのは、やっぱりこのフィジカルな世界観。触って気持ちいいとか、手に持って幸せとか、光り輝く盤面がかわいいとか。これはAI社会とはある意味対極にある、わたしたちの宝物ですよね。

飯田 そうなんです。自分の機嫌は自分でとる、じゃないですけど、美しいものや楽しいものを手元に置いて、眺めるだけでもいい……。そして、実際に針を落としてみること。

わたしはそもそもね、「これ飯田さん好きそうですよ!」って連絡をくれたり、逆におすすめしたりというやりとりも、音楽がもたらしくれた、日々の嬉しい出来事だなと。

デジタル全盛の時代にこそ! アナログレコードが紡ぐ「丁寧な時間」

飯田 実体のないサブスクが手軽で超便利な反面、あまりにスピーディーすぎるから。ちょっと違うと思ったらすぐ次の曲へ、と一足飛びに行ってしまうと、心が焦って呼吸が浅くなる気がするんです。

でも、レコードはそうはいかない。レコードは、呼吸が浅いと針がおろせないんですよ。慎重に、ゆっくりとやらなきゃいけない。そして、その日の気温や湿度で音の響きが変わる、といったアナログならではの特性も。

冬場は乾燥して静電気が起きてパチパチしたり、夏はアンプの熱で部屋の温度が上がったり。オーディオ機器って、季節を感じさせてくれるんです。でも「今日は湿度であまり音よくないね、とか、パチパチ嫌だけど、まあしょうがないね、冬だもんね」って、それもまた楽しさにつながるんです。時間をかけて、ゆっくり何かをやることで、失われつつある豊かな時間を取り戻せる気がします。

——その繊細さも愛おしくて、楽しい時間ですね。

@Arisa IIDA

飯田さんご自宅のレコード・コーナー

コンサートは贅沢な「デジタルデトックス」?

——考えてみれば、何ごともスピーディになっていく時代にあって、コンサートは絶対に会場に行けば2時間くらい黙って座っているわけじゃないですか。あれも堅苦しい行為と捉えるんじゃなくて、スマホからも会社からの連絡からも、すべてから遮断された「切り離された2時間」だと考えると、すごく贅沢なデジタル・デトックスですよね。

飯田 そう! そう考えると、音楽には、わたしたちの心や気分を整えてくれるツールがほんとうにたくさんあるんです。更年期は、特定の年代の方々には「ああ、わかるわかる」という話ですが、そうじゃなくてもストレス社会で皆さんお疲れだと思います。だから、自分の好きなガジェットや音楽再生の方法を考えたり、試したりする時間って、それ自体が楽しいんです。

ぜひ皆さんも、さまざまなアプローチの音楽体験を通じてウェルビーイング、よく生きるためのヒントを見つけてみてください。

飯田有抄
飯田有抄 クラシック音楽ファシリテーター

1974年生まれ。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学院修士課程修了。Maqcuqrie University(シドニー)通訳翻訳修士課程修了。2008年よりクラシ...

取材・文
川上哲朗
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川上哲朗 Webマガジン「ONTOMO」編集部

東京生まれの宇都宮育ち。高校卒業後、渡仏。リュエイル=マルメゾン音楽院にてフルートを学ぶ。帰国後はクラシックだけでは無くジャズなど即興も含めた演奏活動や講師活動を行な...

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