名曲3曲を6人の歌手で楽しむ!——初めての聴き比べプレイリスト “歌もの”編
クラシック音楽の醍醐味のひとつ、それは「聴き比べ」。ひとつの名曲を、異なる演奏家による録音やコンサートで聴くことで、その作品のさまざまな面が見えてきて、もっと好きになれるはず。
ONTOMOのディーヴァ担当! 声楽を愛する東端哲也さんのおすすめ3曲を、それぞれ2種類の録音で楽しんでみましょう。
1969年徳島市生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。音楽&映画まわりを中心としたよろずライター。インタビュー仕事が得意で守備範囲も広いが本人は海外エンタメ好き。@ba...
「歌曲」は聴き比べに最高のジャンル!
クラシック名曲の聴き比べで、演奏者の違いがいちばん出やすいのは“歌もの”(オペラ、歌曲などの声楽作品)だと思う。特に、劇中の役柄をもとに音域を決めて書かれているオペラ・アリアと違って、歌曲などは、歌手が声域区分を超えて演奏することが多くの場合可能である。
実はつい先日も、12月にニューヨークのカーネギーホールで行なわれた、アメリカの国民的メゾ・ソプラノ歌手であるジョイス・ディドナートが、今をときめくマエストロ、ヤニック・ネゼ=セガンのピアノ演奏でシューベルトの連作歌曲《冬の旅》を歌うリサイタル公演を、medici.tvによるストリーミング配信で楽しんだばかり。
《美しき水車小屋の娘》《白鳥の歌》とともに、この傑作《冬の旅》は、ドイツの歌曲王シューベルトが残した“3大歌曲集”のひとつとされている。同時代の詩人ヴィルヘルム・ミュラーの連作詩をテキストにして作曲されたもので、失恋した若者が冬の真夜中に恋人の家の前から、あてどない旅に出ていくのを、映画的なドラマ描写でもって追いかけた内容。
荒涼たる寒空の下を悲観に暮れた重い足取りで歩き回り、時には楽しかった頃の想い出を呼び覚ましたりして、虚しい憧れにいつまでも執着しつつ孤独の淵をさまよう様子は、寂寥感に溢れた“男の旅路”そのものだ。
当然のことながら、バリトンやテノールなどの男声によって歌われることが圧倒的に多い。この映像でディドナードは、ある貴婦人が旅人の書いた日記を手に入れて、ひとり読みふけり、その壮絶な運命にワナワナと心を震わせているような、朗読劇のような演出で見事に全曲を歌い上げ、聴衆を魅了していた。
そんなわけで聴き比べ、最初はこちらから……。
シューベルト:歌曲集《冬の旅》
生涯に7回の録音! ドイツ歌曲のエキスパート
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(バリトン)/ダニエル・バレンボイム(ピアノ)
人気曲《冬の旅》の名盤は数多いが、やはりこの曲を生涯に7回もレコーディングしている、20世紀最高の歌手の一人でドイツを代表する偉大なバリトン、フィッシャー=ディースカウ(1925-2012)をお薦めしたい。
とはいえ、ベルベットのような美声と比類なきテクニック、強烈な個性でドイツ歌曲そのものの在り方を覆してみせたと高く評価されるその歌唱は、いずれも甲乙付けがたく、ここではピアノの名手でもあるマエストロ、ダニエル・バレンボイム(1942-)との共演盤を挙げておく。バレンボイムが伴奏の域を超えて自己主張しているのも聴きどころ。
女声による《冬の旅》の真骨頂
ナタリー・シュトゥッツマン(コントラルト)/インゲル・セデルグレン(ピアノ)
一方、女声による《冬の旅》はドイツの名ソプラノ、ロッテ・レーマンが1940年頃に吹き込んだLPレコードの全曲盤を始め、ブリギッテ・ファスベンダーやクリスタ・ルートヴィヒなど20世紀後半に活躍したドイツ系メゾ・ソプラノ、そして最近では波多野睦美(メゾ・ソプラノ)と高橋悠治(ピアノ)による2017年録音盤など、数は決して多くはないものの愛聴盤揃い。
その中からお薦めは、フランス人でありながらドイツ歌曲の第一人者でもある、現代のコントラルト(アルト)歌手、ナタリー・シュトゥッツマン(1965-)のもの。彼女の“性差を超越した”芯の強い歌唱がこの悲劇を、真っ直ぐに紡ぎ出していくスタイルに魅了されるはず。公私にわたって良きパートナーであるインゲル・セデルグレンの個性きらめくピアノとの相性も抜群。
ガーシュウィン:歌劇《ポーギーとベス》より「サマータイム」
伝説のジャズ・ヴォーカルが歌う超名演
ビリー・ホリディ(ヴォーカル)
“冬”ときたら“夏”というわけで、次は「サマータイム」。
書いたのは、20世紀の音楽シーンに新しい作風を切り拓いた米国が誇るユニークな作曲家ジョージ・ガーシュウィン。1930~50年代黄金期のブロードウェイ“5大作曲家”のひとりとして、作詞家の兄アイラと一緒にミュージカル14作品を世に送り出す一方で、クラシック音楽の分野でも偉大なる功績を残した天才。
この曲は 黒人音楽に傾倒していた彼がベストセラー小説をもとに作曲した、フォーク・オペラの傑作《ポーギーとベス》(1935年ブロードウェイ初演)から生まれたもっとも有名なナンバー。第1幕の冒頭で、漁夫ジェイクの妻クララによって歌われる黒人霊歌風の子守唄である。ジャズの人気スタンダード曲として、今なお数多のミュージシャンによって愛奏されているが、まずは壮絶な人生を送った不世出の女性ジャズ・ヴォーカリスト、ビリー・ホリディ(1915-1959)の極めつけ歌唱で。
クラシック系「サマータイム」の極めつけ
キャスリーン・バトル(ソプラノ)/アンドレ・プレヴィン指揮&聖ルカ管弦楽団
長らくミュージカル風の上演が多かった《ポーギーとベス》だが、1976年にヒューストン・グランド・オペラのカンパニーが、ブロードウェイ最大のユリス劇場(現ガーシュウィン劇場)で行なった公演が、ガーシュウィンの考えた通りのオペラ作品として、オリジナルの音楽を復元して大絶賛。その後は初演から50周年を記念してメトロポリタン歌劇場のレパートリーにも加えられた。
ここで紹介している歌唱は、かつて日本でも一世を風靡したアフリカ系オペラ歌手の最高峰、キャスリーン・バトル(1948-)によるもの。2019年に惜しまれつつ亡くなったが、ガーシュウィンと同じようにジャズとクラシックの垣根を越えて活躍した偉大な音楽家アンドレ・プレヴィン(1929-2019)の指揮で1992年に録音したアメリカ作品集『ハニー & ルー』より。こちらはクラシック系の極めつけかも。
オルフ:《カルミナ・ブラーナ》より「イン・トゥルティーナ」
カラヤンに見出された神がかった美声で恋を歌う
グンドゥラ・ヤノヴィッツ(ソプラノ)/オイゲン・ヨッフム指揮&ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団
最後は季節も時代も超越したこちらの作品で締め。20世紀劇音楽シーンの開拓者カール・オルフの出世作で、中世に生きた修道士や学生の詩歌集をテキストにした、舞台形式による独創的な世俗カンタータ《カルミナ・ブラーナ》より。
力強い大合唱の繰り返しと壮大なオーケストラ演奏で運命の女神を讃えた、冒頭の大スペクタクル曲「おお、運命の女神よ」であまりにも有名な作品だが、ソプラノ独唱によるこの「求愛された乙女が恋と貞操の間で思い悩む」歌も、第3部のハイライト。
オイゲン・ヨッフム指揮の超名盤(1967年録音)で聴かれるこの天上の響きは、巨匠ヘルベルト・フォン・カラヤンに見出されて、1960~1970年代に国際的な人気を呼んだグンドゥラ・ヤノヴィッツ(1937-)の歌唱によるもの。
エンタメ・シーン最高のDIVAが歌うカルミナ・ブラーナ
バーブラ・ストライサンド(ヴォーカル)
個人的にはこの曲でグンドゥラ・ヤノヴィッツよりも“神がかった”美しい歌唱はないと思っていたが、やはり現代アメリカのエンターテインメイント・シーンの頂点に君臨するDIVA(ディーヴァ)バーブラ・ストライサンド(1942)の歌声にも魅了される。ミュージカルや映画で活躍するバーブラが、クラシックの名曲たちに挑んだ1976年の名盤『Classical Barbra』から。
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