即興曲第3番 変ト長調 Op.51――男女平等、仕事第一の共同生活
ショパンの作品を全曲聴いてみよう! ショパン自身がつけた作品番号順に聴くことで、ショパンの“設計図”が見えてきます。
東京・神楽坂にある音楽之友社を拠点に、Webマガジン「ONTOMO」の企画・取材・編集をしています。「音楽っていいなぁ、を毎日に。」を掲げ、やさしく・ふかく・おもしろ...
即興曲第3番 変ト長調 Op.51
本日の「即興曲第3番 変ト長調」は、1842年に作曲されました。
夏はノアン、冬はパリというルーティンが恒例となっていた1842年の秋。パリでは少し離れていたところに住んでいたショパンとサンドはスクワール・ドルレアンという、多くの芸術家たちが住んでいた地区に引越しをすることになりました。同居を始めるのかと思いきや……。
サンドは5番地、ショパンは9番地、そしてこのころサンドがもっとも仲良くしていたマルリアーニ夫妻は7番地に住んで、ある意味の共同生活を実践することにした。サンドが理想とするのは、「ファランステール主義」と呼ばれる同時代の社会主義者フーリエが提唱したものに基づいていて、男女平等でそれぞれが情熱にしたがって仕事に励み、調和のある日々を送りたいというものだ。
——小坂裕子著 作曲家◎人と作品シリーズ『ショパン』(音楽之友社)134ページより
ここでは費用をみんなで出しあって料理人を雇い、食卓を囲むのは真ん中にあるマルリアーニ家だったそうです。少し不思議な共同生活ですね。
遺作の幻想即興曲は1834年に作曲されているため、これが最後の「即興曲」となりました。作品はハンガリー出身の貴族、ショパンのパトロンで弟子だったエステルハージ侯爵夫人に献呈されました。
即興曲第3番 変ト長調 Op.51
作曲年代:1842(ショパン32歳)
出版:1843年
献呈:A Mme. la Comtesse Esterhazy
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