
フィロペラ、第1回のコンサートを行う

9月のフランスの音楽シーンから、パリ国立オペラとフルハーモニー・ド・パリの新シーズン開幕のもようをお届けします。

1961年生まれ、兵庫県神戸市出身。1986年渡仏。パリ第8大学でベアトリス・ディディエ、パリ国立高等音楽院=高等師範=トゥール大学合同音楽学課程でデイヴィッド・チャ...
9月6日に、パリ国立オペラ・ガルニエ宮で「フィロペラ」(Philopéra)の第1回コンサートが開かれた。「フィルハーモニック」と「オペラ」を重ねたオーケストラは、パリ国立歌劇場管弦楽団の若手有志が集まって誕生した。会場がフィルハーモニー・ド・パリやシャンゼリゼ劇場という交響曲演奏に適した会場でなかったのは、この2カ所の使用は、数年前には決めなければならなかったためだ。
「フィロペラ」は1842年に創設されたウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の例にならい、歌劇場オーケストラのメンバーが演奏曲目、指揮者、ソリストを選んで交響曲と室内楽の演奏活動を行う。団員たちが国家公務員として所属する、パリ国立オペラからは独立した団体である。パリ国立オペラ総監督のアレクサンダー・ネーフとマリエル・ラベック夫人を同伴したセミヨン・ビシュコフ同音楽監督の二人は新楽団の設立を支持し、当日も、天井桟敷まで満席となった会場に姿を見せていた。
初回の指揮台には、多忙ななかで快諾したダニエル・ハーディングが招かれ、シューベルト「交響曲第3番」とマーラー「交響曲第1番《巨人》」という、二人のオーストリアの作曲家によるニ長調の交響曲が演奏された。
前半は小編成ということもあって、残響が短いガルニエ宮の音響が足を引っ張り、若いシューベルトの伸びやかさがいま一つ影をひそめたきらいがあった。
しかし、後半はマーラーを得意とするハーディングの本領が発揮された。レナード・バーンスタインのような派手なアプローチではなく、ゆったりとしたテンポによる抑制された、禁欲的と言ってもよいようなアプローチによって均整の取れた曲が構築されていった。
今シーズンのフィロペラの演奏会は1回だけだが、来シーズンからは年2回の演奏が予定され、将来的には外国での公演や音楽祭への出演も視野に入っている。新楽団の創設によって、パリの演奏界がいっそう充実したものになる契機となることが期待されている。
フィルハーモニー・ド・パリのシーズン開幕

フィルハーモニー・ド・パリでは、9月1日から10日までシーズン開幕の恒例行事となったプレムスが開催された。今年はMETオーケストラ(メトロポリタン歌劇場管弦楽団)、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団、パリ管弦楽団が参加した。
9月2日のMETオーケストラはメゾソプラノのジョイス・ディドナートがソリストを務めたマーラーの夕べだった。
前半の《リュッケルトによる5つの詩》というインティメートなリート歌唱において、ディドナートは台詞を彫琢した繊細な歌を聴かせた。この曇りのない純粋さは比類がない。「第5曲〈私はこの世に忘れられ〉」の「私は一人で己の歌のなかに生きている」という詩句は、ディドナートの人となりに重なって響いた。ヤニック・ネゼ=セガンの指揮もていねいに歌を支える細やかなものだった。
後半は「交響曲第4番」ト長調だった。ネゼ=セガンの指揮はテンポを揺らし、起伏に富んでいた。喜びと皮肉、地上と天上、といった性質の異なる曲想が誰にもわかりやすく、表情豊かに表現されていた。第2楽章のヴァイオリンのおどけたソロをはじめとして、優れた独奏が各所で目についた。第4楽章「天上の生活」のディドナートによる独唱は天使の歌というよりも母性的なマリアを喚起させる温かみがあった。
同会場でよくある楽章間の拍手もなく、立った観客たちも傾聴していた。この充実した夕べは、万雷の拍手に応えたマーラー《子供の不思議な角笛》の〈原光〉で締めくくられた。ディドナートと楽団が一体となった演奏に誰もが胸が締め付けられた。
9月9日、パリ管音楽監督として最後のシーズンとなるクラウス・マケラがマーラー「交響曲第3番」ニ短調を指揮した。誰もが、マケラが以前に比べて腕の動きを抑制しているのに気づいたが、これはオーケストラを掌握している証左だろう。大太鼓の耳をつんざくような大音響といった過度に派手な部分があったにせよ、100分近い長大な曲の全体を俯瞰した曲作りは、第6楽章のフィナーレを高揚感あふれる高みに導いて、観客を熱狂させた。





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