沖澤のどか×ソフィー・デルヴォー「音楽家を続けるべきか」悩んだ日々と自分らしいキャリアの築き方

指揮者の沖澤のどかさんとファゴット奏者のソフィー・デルヴォーさんに、キャリアについてインタビュー! キャリアについて悩んだ時期や音楽家ならではの大変さ、プライベートとどうバランスをとているのか……たっぷりとお話しいただきました。

フランス文学科卒業後、大学院で19世紀フランスにおける音楽と文学の相関関係に着目して研究を進める。専門はベルリオーズ。幼い頃から楽器演奏(ヴァイオリン、ピアノ、パイプ...
二人ともキャリアについて悩み、試行錯誤してきた
——音楽家として、キャリアに悩んだ時期はありましたか?
デルヴォー はい、常にです(笑)。音楽家のキャリアは、決して一直線に進むものではありません。オーディションやコンクールなど、うまくいくこともあれば、そうでないこともあります。大切なのは、その都度状況に対応しながら、物事はよくなっていくと信じることだと思います。
オーケストラのオーディションに合格しても、すぐに安定したポジションが得られるわけではありません。試用期間が設けられていることもあり、その間は大きなプレッシャーを感じます。合格したという喜びがある一方で、まだ自分の立場が確定していないという不安もあるのです。オーケストラによって試用期間の長さやしくみも異なりますし、そうした段階を一つずつ乗り越えていく必要があります。
沖澤 私もずっと悩んできました。大学で指揮科に入ってからも指揮者としてやっていけるのか自信がなかったし、アシスタントをするようになってからも、こういう生き方は自分にはできないのではないかと思っていました。もともと高校までは楽器を演奏する側だったので、指揮者という立場に対して少し抵抗感のようなものもありました。
コロナ禍を経て、そうした迷いはいくらか落ち着いたのですが、第一子を出産したあとは、物事の捉え方が変わって、音楽家を続けていくべきなのかと考えた時期がありました。1年半ほど、自分のなかで問い続けていたと思います。

フランス出身。12歳からファゴットを始め、パリ国立高等音楽院などで学ぶ。2012年にベルリン・フィルハーモニー管弦楽団に首席コントラ・ファゴット奏者として入団。2015年にはウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の首席ファゴット奏者に就任。現在はソロ奏者、指揮者としても国際的に活躍している。
——そこから、再び音楽に向き合うようになったきっかけは何だったのでしょうか?
沖澤 すでに自分のポジションがあり、担っている仕事や責任もありましたから、まずは目の前のことを一生懸命やろうと思っていました。ただ、仕事と日常生活との間に大きなギャップがあり、最初は自分のペースをうまくつかめませんでした。頑張りすぎて、燃え尽きてしまったこともあります。
そこから試行錯誤を重ねて、自分のペースを守ることを少しずつ覚えてきました。京都でのポジションも大きかったですし、松本で小澤征爾さんに「サイトウ・キネンよろしく!」といわれたのも、続ける原動力になりました。

青森県出身。東京藝術大学とベルリンで指揮を学び、2018年東京国際音楽コンクール、2019年ブザンソン国際指揮者コンクールで優勝。2020年よりベルリン・フィルでキリル・ペトレンコのアシスタントを務める。国内外の主要オーケストラへの客演やセイジ・オザワ松本フェスティバルへの出演を重ね、2023年に京都市交響楽団の常任指揮者に就任。
——音楽家としてのキャリアには、たとえばオーケストラの奏者になる道もあれば、フリーランスのソリストとして活動する道もありますし、音楽教育に携わる道もあります。デルヴォーさんはそうしたなかで、どのようにして今の道を選んだのでしょうか。
デルヴォー 何かをはっきりと決断するというより、少しずつ進んでいくものだと思います。私たちは常に成長し、学び、さらに先へ進もうとするものです。
私の場合、音楽家になると決めたのは10代の頃で、最初の夢はオーケストラのポストを得ることでした。そして、ポストを得ると「次の目標は、優れたオーケストラの団員になることだ」と思いました。ウィーン・フィルにたどり着いたとき、オーケストラ奏者のキャリアとしては、自分が夢見ていたことを達成できたと感じました。
でも、私はその先も成長し、学び、自分自身を豊かにしていきたいと思っていました。目標を達成したところで、もう十分だと考える人もいますが、私にとっては音楽が依然としてとても重要で、さらに成長したいという気持ちがありました。そこでコンクールにも出場し、コンクールをきっかけにソリストとして演奏する機会も得られるようになりました。ファゴットの場合はソリストの機会がそう多くないので、キャリアを確立するには、長い時間がかかりました。
その後、私は指揮も始めました。音楽のなかで自分をさらに成長させるために、もうひとつのことに挑戦したかったからです。私が考えていたのは、キャリアそのものというより、自分自身を成長させることでした。
結局のところ、人生は自分で決める部分もあれば、自然に展開していく部分もあります。人との出会いがあり、助けてくれる人がいて、それによって計画が変わることもあります。そうして、自分なりの道を進んでいくのです。
15歳のときに、将来のことをすべて見通して計画するのは不可能です。もちろん、高い目標を持つことはとてもよいことです。でも、そこに至る道のりは長いものです。私自身は、いつも一歩ずつ進んできました。
「音楽家以外の自分」も大切に
——一般の会社員とは違う、音楽家ならではの難しさはありますか?
沖澤 音楽家の場合、自分の人格と音楽性を切り離すことが難しいと感じます。特に指揮者は、人との関係性のなかで仕事をする職業です。何かうまくいかないことがあると、仕事上の問題というだけでなく、自分自身が否定されたように感じてしまうこともあります。
私は子どものころからずっと音楽を続けてきて、音楽が中心にあるから、音楽家としての自分を評価されることが、そのまま自分自身への評価のように感じられることがあります。
音楽にのめり込みすぎたり、音楽に依存しすぎないことも大切だと思います。音楽と自分を切り離すことができなければ、精神的に苦しくなってしまう。でも、あまりに距離を置きすぎると、演奏や表現に必要な深い部分まで届かなくなることもある。そのバランスが難しいですね。
また、クラシック音楽の世界は、仕事の市場がとても狭く、人間関係も密接です。誰と誰がつながっているかが見えやすい環境だからこそ、プレッシャーを感じることもあります。
デルヴォー 音楽家は、旅をする機会がとても多い職業ですし、音楽が自分のアイデンティティの大きな部分を占めています。私自身、演奏することも、さまざまな場所へ行き、その土地の文化に触れることも大好きです。
ただ、家にいるときや家族、友人と過ごすときには、音楽家ではない自分でいることも大切にしています。家ではあえて音楽を聴かず、料理をしながら政治に関するポッドキャストを聴くこともあります。仕事とプライベートを分けることで、バランスを保つようにしています。
——舞台上と舞台を降りたあとでは、違う自分になるのでしょうか?
デルヴォー 音楽家のなかには、舞台の外では内向的でも、舞台に立つと社交的になる人もいます。私も、仕事の場では多くの人と関わりますが、プライベートでは自分の時間を大切にしています。SNSも基本的には仕事に関する発信を中心にしています。
音楽は私にとって非常に重要ですが、それだけが人生のすべてではありません。仕事で充実した時間を過ごすためにも、日常生活のなかで自分を取り戻す時間が必要だと感じています。
ジェンダーの平等は舞台上だけでは変えられない
——音楽界におけるジェンダーの違いや、ヨーロッパと日本の環境の違いについて、どのように感じていますか?
デルヴォー 私は日本の文化について十分に詳しいわけではないので、ヨーロッパと日本を直接比較することは難しいです。ただ、日本で演奏した際に、舞台上で多くの女性が活躍していることを目にして、ポジティブな印象を持ちました。
一方で、オーケストラのなかで男女が完全に平等になっているかというと、まだそうとは言い切れません。状況はさまざまで、変化している部分もあれば、まだ課題が残っている部分もあると思います。
沖澤 ヨーロッパの主要なオーケストラでも、男性主体なところはまだあります。女性指揮者に対して積極的に機会を与えたり、支援したりする動きはありますが、それがかえって本人にとって難しい状況を生むこともあります。
たとえば、女性だから選ばれたのではないか、という見方をされることです。女性を支援すること自体は大切ですが、そうした支援がどのように受け止められるかという問題もあります。
クラシック音楽界では、意思決定を担う立場やコンクールの審査員などに、今も白人男性が多いという現実があります。日本でも、理事や館長、組織の責任者といった立場は男性が多いと感じます。
舞台上に女性が増えることは重要ですが、それだけで組織の構造が変わるわけではありません。誰が選考し、誰が意思決定をするのかという部分も変わっていかなければ、本当の意味での変化にはつながらないと思います。

——若い音楽家がプロになるまでの仕組みについては、いかがでしょうか。
沖澤 その点では、日本とヨーロッパの違いも感じます。ヨーロッパにはオーケストラのアカデミー制度があり、学生からプロのオーケストラに入るまでの中間段階として、大きな役割を果たしています。
日本では、そうしたアカデミー制度がまだ少なく、学校を卒業したあと、すぐにプロのオーケストラのオーディションを受けるというケースもあります。アカデミーで経験を積み、プロの現場を知る機会があることは、若い音楽家にとって貴重だと思います。
私もデルヴォーさんもカラヤン・アカデミーで学びましたが、そうした場所で得られる経験は、演奏技術だけではなく、プロの音楽家として働くための準備にもつながります。

音楽界のこれから
————音楽家がより働きやすくなるために、改善したほうがよいと感じる課題はありますか?
デルヴォー 私自身は、現在の環境にとても満足しています。ただ、世界全体に目を向けると、政治や気候の問題など、さまざまな課題があります。そうした状況は、文化や芸術にも影響を及ぼしています。
政治のなかで、アイデンティティや愛国心が語られることがありますが、文化や音楽は、人々が自分たちの社会や歴史を理解するうえでも重要な役割を果たします。音楽家は、音楽を通して人々に情熱を伝えたり、心の平穏をもたらしたりすることができます。
だからこそ、音楽が文化や社会にとってどれほど大切なものなのかを、意思決定をする人たちに理解してもらう必要があると思います。文化を支えることは、社会を支えることでもあります。
コンサートに足を運ぶことや、楽器を習うことも、音楽と社会をつなぐ大切な方法です。音楽家が演奏するだけでなく、音楽の魅力を広く伝えていくことにも意味があると思います。

沖澤 ソフィーがすべて言ってくれたのであまり付け足すことはないのですが、私の場合は、自分が好きなことを続けてきただけなので、 社会にとってどういう存在であるべきか、どういう影響を伝えるべきかというのは、最近になってやっと考えるようになりました。
自分の活動と矛盾するところでもあると思うのですが、今は世界中どこに行っても、ソリストや指揮者が同じ顔ぶれなので、その辺はもう少しローカルになっても面白いだろうなと思います。
仕事とプライベートのバランスも大切に
——沖澤さんは産休・育休を経て、どのように子どもや家族との時間、家事などを調整していますか?
沖澤 家事については、まず自分のなかで求める水準を下げることが大切だと思っています。仕事も子育ても家事も、すべてを完璧にこなそうとすると、とても無理ですから。
子どもが生まれる前から、夫とは、私のキャリアを続けるためには夫にかなりの負担をかけることになる、という話をしていました。そして、上の子が小学校に入るまでは、できるだけ家族で一緒に動くことにしました。いわば「サーカス一家」のように、家族みんなで移動する生活です。
子どもたちにとっても、それが楽しい経験になればいいなと思っています。いろいろな場所に行き、さまざまな人や環境に触れることが、いい思い出になってくれたら嬉しいですね。

——デルヴォーさんは、仕事とプライベートのバランスをどのように取っていますか?
デルヴォー あまり細かく決めすぎず、そのときの状況に合わせて過ごすようにしています。音楽家としても、一人の人間としても、自分らしくあることを大切にしています。
仕事で忙しい時期や、ツアーなどでストレスがたまったあとには、回復するための時間を取るようにしています。散歩やハイキング、自転車に乗ることも好きです。数日間ゆっくり過ごして、心身を休めることが必要だと感じています。
音楽家としての活動を続けるためには、仕事に集中する時間だけでなく、そこから離れて自分を整える時間も欠かせません。
若い音楽家へのメッセージ〜音楽と向き合うことと健康を大切に
——最後に、キャリアに悩んでいる若い音楽家や、これからプロを目指す人たちにアドバイスをお願いします。
デルヴォー 困難に直面したときには、音楽そのものに立ち返ってみてほしいと思います。音楽には、激しい部分もあれば、穏やかな部分もあります。そうした音楽のなかに、自分自身を見つけ直すきっかけがあるのではないでしょうか。
難しいパッセージを練習したり、問題を解決しようと努力したりすることも大切ですが、それだけではありません。音楽を感じること、音楽と向き合うことそのものが、自分を取り戻す助けになると思います。
沖澤 健康を大切にしてほしいです。若いときは、つい無理をしてしまいがちですし、自分の体や心の状態に気づかないこともあります。ストレスを感じていることに早めに気づき、自分の許容量を超えてしまう前に対処することが大切です。
そして、完璧になることはありません。どれだけ準備をしても、すべてが整ったと思える日はなかなか来ないものです。だからこそ、完璧になるまで待つのではなく、思い切って一歩を踏み出す勇気を持ってほしいと思います。

日時: 2027年1月9日(土) 14:30開演
会場: 京都コンサートホール大ホール
出演: 沖澤のどか(指揮)、ルーカス&アルトゥール・ユッセン(ピアノ)
曲目:
ヨハン・シュトラウスⅡ世/喜歌劇「こうもり」序曲
サン・サーンス/組曲「動物の謝肉祭」
コープランド/バレエ組曲「ロデオ」
ストラヴィンスキー:/若い象のためのサーカス・ポルカ
ブラッドリー(M.バリー編)/トムとジェリー at MGM
日時: 2027年1月15日(金)19: 00開演、16日(土)14:30開演
会場: 京都コンサートホール大ホール
出演: 沖澤のどか(指揮)、ルーカス&アルトゥール・ユッセン(ピアノ)
曲目:
プーランク/2台のピアノのための協奏曲
ストラヴィンスキー/バレエ音楽「火の鳥」(1910年全曲版)
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