九州ツアーを終えて、ヨーロッパツアー中!

オーケストラがツアーを通して得ること——日本フィルハーモニー交響楽団の場合

レポート
2019.04.08

4月、13年ぶりとなるヨーロッパツアーへと旅立った日本フィルハーモニー交響楽団。その前、2月にも44年連続で開催している九州7県をまわる「九州公演」があった。キャラバンの一行は、どんな旅をしているのか。ツアーを通して音楽にどんな変化が起こるのか。九州最大の都市・福岡での2月17日昼の公演に、記者が潜入を試みた——。

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写真・文
加賀直樹 ノンフィクションライター・韓国語翻訳
加賀直樹
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加賀直樹 ノンフィクションライター・韓国語翻訳
1974年、東京都生まれの北海道育ち。東京学芸大学教育学部卒業後、朝日新聞記者に。富山支局、さいたま総局、東京版などを経て、2010年から「全日本吹奏楽コンクール」「...

楽団員たちが親密になる近道

カササギの鳴き声が響く午前7時すぎ、西鉄・新栄町駅(福岡県大牟田市)。前日の公演を終えた楽団員は、眠い目をこすりながら特急電車に次々と乗り込んだ。打楽器や機材を積み込んだ4トントラックは、すでに福岡へ。このトラックは、本州からフェリーに乗って九州にやってきた。

2月8日に長崎から始まった楽団の九州公演は、ここ福岡公演で8カ所目。20日の鹿児島公演まで、九州全7県・10カ所をめぐるキャラバン隊だ。あらかじめ、前夜に福岡に移動した楽団員らと合流。午前9時、約70キロ離れた福岡市の都心部に位置する「アクロス福岡」で、楽器搬入が始まった。

午後1時、アクロス福岡・楽屋裏。本番公演を1時間後に控え、何やらソワソワしている楽団員を見つけた。トロンボーンの伊波睦さんだ。伊波さんは、楽団の予定や通達事項などの紙がペタペタと貼られた掲示板を見つけると、そのうちの1枚を食い入るように見入っていた。そして裏方スタッフに一言。

「交流会の場所って、このホールから近いの?」

毎回の公演後には、地元支援団体との「交流会」が、すべての都市で催される。まさに、この交流会こそが、伊波さんの最大の楽しみだ。掲示板に貼られていたのは、交流会のお店と場所を記した地図。前日の大牟田公演では、シメの豚骨ラーメンの「4次会」まで参加した伊波さん。今となっては、九州各地に友だちができ、すっかりグルメやお酒の通になったという。

「いつも最後にはベロベロになっちゃうんだけどね。若い楽団員も皆、交流会に参加してくれて交流が深まるし、何よりも土地の人たちが皆、温かいんです。お客さんだって、東京からわざわざやってくる人もいて、街おこしの起爆剤にもなっている。日本フィルの九州公演って、ちょっと独特のコンサートなんですよ」(伊波さん)

ゲネプロ前、楽団員に挨拶する福岡公演実行委員のメンバー。アクロス福岡にて。

演奏旅行は定期演奏会と同じくらい大切

今回の九州公演でタクトを振る指揮者は、藤岡幸夫さんだ。九州公演は4回目になる。奇しくも2019年は、日本フィルの創立に尽力した恩師の指揮者・渡邉曉雄さんの生誕100周年にあたる。渡邉さんは第1回九州公演を指揮し、シベリウス「フィンランディア」やモーツァルト「フィガロの結婚」、ベートーヴェン「田園」などを熱演した。

そんな渡邉さんの発した、忘れられない言葉が、愛弟子の藤岡さんにはある。

「日本フィルにとって、九州の演奏旅行は、東京での定期演奏会と同じくらい大切だ」

藤岡さん自身は1989年、本人曰く渡邉さんの「カバン持ち」として九州公演を体験し、衝撃を受けた。「どこに行ってもものすごいテンション。演奏会後の打ち上げは、次の日のことなんか考えられないくらいすごい勢いで地元の方と飲むんですね(笑)。びっくりしましたよ」(藤岡さん)。

この日はドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」や、ソリスト萩原麻未さんによるチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番などのプログラム。藤岡さんにとって、九州公演は「指揮者としても学ぶ点が多い」と話す。

10日間くらい、同じ曲を続ける。通常は1回演奏会をやって、多少うまくいかなくても、次に行っちゃうところを、同じ曲を繰り返す場合だと、修正をしていかなければならない。むっちゃ勉強になります」(藤岡さん)。

まるでシゴき抜かれる「合宿」のように、団員からさまざまなアドバイスをもらってきたと笑う藤岡さん。「普段、振り慣れているはずの名曲でも、10回、本番を繰り返すことによって、いろんなことを考えるんです。ソリストとも『ああしよう、こうしよう』って、いろんな可能性を追求してね。新発見がすごく多いんです」

指揮者の藤岡幸夫さん(右)とピアニスト・萩原麻未さん。Ⓒ山口敦

ソリストたちの体験

ソリストとして出演するピアニスト・萩原麻未さんも、藤岡さんと同意見だ。「これだけ短期間で公演を重ねられるのは貴重ですね」。連日の本番は体力勝負。体調管理に細心の注意を払いつつ、「皆さんと密に、深いところまで話し合い、時を共に過ごせるのはありがたい」と話す。

萩原さんは九州公演初参加。「会場の反応がエネルギッシュで、実行委員が公演のために一所懸命準備する姿に、感銘を受けました」。ちなみに、この福岡公演の2日後に開かれた熊本公演で萩原さんは、豪雨に見舞われた後にすっきりと晴れ上がったことから、アンコールで「オーバー・ザ・レインボー」を弾き、喝采を浴びたそうだ。晴れたら虹が出る、被災された熊本の方々へのメッセージだった。

ピアニストの萩原麻未さん。Ⓒ山口敦

九州公演では萩原さんのほか、ソリストとしてチェロ・横坂源さん、ピアニスト・古賀大路さんも出演した。横坂さんは学生時代の10年前、第33回の九州公演に初参加。連日、協奏曲をオーケストラと対峙しながら深める体験に衝撃を受け、「より深く携わりたい」と思うきっかけとなった、と振り返る。

「そのときも、ドヴォルザークのコンチェルトを演奏しました。回数を重ねていくと、どんどん新しい変化が伴うんです。演奏後には皆とお酒を飲み、美味しいご飯をいただいて、翌日、また皆で全力で演奏する。こんなこと、初めての経験でした」(横坂さん)

チェリストの横坂源さん。Ⓒ山口敦

その横坂さんに、10年前の唐津市(佐賀県)の日本フィル公演で、花束係としてブーケを渡した少年が、今回唐津にソリストとして出演したピアニストの古賀大路さんだ。古賀さんは同市出身。「本当に感慨深く、嬉しいです。私にとって唐津公演で日本フィルと共演することは、幼少の頃からの夢でした。ピアノを始めて19年。まだまだ道のりは険しいですが、コツコツとやってきて良かったと改めて感じています」(古賀さん)

市民からの愛で思いを強くする

そんな若きソリストたちを温かく迎え入れる、楽団長の中根幹太さんも、10公演の終了後には必ず交流会に参加するひとり。「手弁当で1年間、九州じゅうの方々が集まって会議を重ね、公演に対するすべての取り組みを一緒にやっていただいています。毎年、お会いできるので、互いに顔が見える関係なんですよね。体力的にはしんどいですけど、『今年も会えた』という方々が各地にたくさんおられる。顔を見ると、頑張ろうって思います」(中根さん)

午後1時20分、ホールのホワイエで始まったウェルカムコンサート弦楽五重奏を、目を細め聴き入っていたのは、大賀信泰さん「日本フィル福岡公演実行委員会」の特別顧問だ。34年間、実行委員長を務め、4年前に現任の永島勝美さんに交代した。務めていた新聞社の労働組合活動を通じ、日本フィルの争議を知り、支援に関わるようになったという。「市民とのつながりが大きいですよね。地元オーケストラのファンもたくさん聴きに来ています。お互いに切磋琢磨していて、しかも、舞台と客席の距離が近い気がするんです」(大賀さん)

演奏会の前にロビーで開かれたウェルカムコンサート(弦楽五重奏)。

開演間近。コンサートマスターの扇谷泰朋さんの楽屋を訪ねた。扇谷さんは北海道出身だが、15年前から福岡在住で、九州交響楽団のコンサートマスターも兼任している。「毎日のように続く公演を通じ、第2、第3の故郷ができた気持ちになるんです」と扇谷さん。東京と福岡の往復生活に多忙を極める毎日だが、周りの人が温かく、九州公演に対する市民の愛情も深まっているように実感するという。

午後2時、開演。舞台下手袖から固唾をのんで見守っていたのは、日本フィル企画制作部・副部長の賀澤美和さんだ。九州公演担当として約20年。どんな些細なトラブルでも逐一、賀澤さんの耳に上がる。そして、秒コンマ単位で対応策を決め、指示が下されていく。傍らで拝見しながら、記者は何度も何度も脱帽した。

そんな賀澤さんは、福島県いわき市出身。子どもの頃にはめったにオーケストラの生演奏を聴く機会がなかったという。家族が揃って聴いた数少ない経験は、今もって忘れることがない。「地方に住む方々が、どれほどオーケストラを待ち望んでいるか、実感としてわかるんです。九州の方々にも、当時の自分のような楽しい体験をお届けしたいと願って、九州公演に携わっています」(賀澤さん)

音楽にしかできないこと

20177月の北九州豪雨に遭った聴衆が、日本フィルの演奏を聴きに来た際のことが、賀澤さんの記憶に強く残っている。「災害以来、感動することを忘れていたが、オケの演奏を聴いて思い出した」と声をかけてもらった。このとき、「社会には、音楽にしかできないことが確かにある」と思った、と賀澤さんは振り返る。

44年も続く九州公演の歴史は、日本フィルの諸先輩と、各地のベテラン実行委員の「友情の証」でもある、と賀澤さん。「若い楽員には、プレコンサートや被災地支援活動などを通じ、地元の方と密な交流を持つことが必要だと思っています」。今後も、新人楽員のアンサンブルの機会を九州でどんどん増やしていきたい、と、意気込みを語ってくれた。

午後4時。満員御礼の大聴衆の喝采を浴び、幕は下りた。拍手を送り続けた聴衆の一人、福岡市在住の岩田ひろみさんは、興奮気味に「今日も最高でした! 先週の唐津公演も最高でしたよ。地元出身のソリスト古賀さんに、ブラボーブラボーの声が鳴りやまなかったんです。今日は今日で素敵でした。もちろん、また聴きに来ますよ!」

楽員たちは交流会の会場へと足早に移動した。福岡の熱い夜が始まるのだ。トロンボーン伊波さんは「今晩は8次会まで行っちゃうかも!」。笑顔でアクロス福岡を去っていった。

交流会にて。左から3人目が横坂源さん。©山口敦

来年また九州で! そしてヨーロッパツアーへ

そして来年、この九州公演のタクトを振るのは、日本フィルの桂冠指揮者 兼 芸術顧問で、ロシアを代表する指揮者のアレクサンドル・ラザレフ氏。これまでも2010年と2013年の計2回、九州公演に出演している。賀澤さんによると、ラザレフ氏は「どの街に行っても、客席から『待っていたよ!』という歓迎の空気を強く感じるんです」と語っていたという。

そのラザレフ氏は来年2月、九州公演だけのために来日する予定だ。「九州、行こう! と快諾されました」と通訳者から聞いた賀澤さんは、「楽団にとって九州公演がいかに大切か、彼がよく理解しておられるのだと感激しました」と話す。

楽団キャラバン隊の旅は終わらない。音楽を愛する九州各地のファンに会うために、4トントラックは走り続ける。

そして、日本フィルは4月、13年ぶりとなるヨーロッパ公演へ旅立った。フィンランド人の首席指揮者ピエタリ・インキネン氏と共に、ドイツ、オーストリア、英国、そしてインキネン氏の故郷フィンランドで公演する。

楽団の団長・中根幹太さんは「ここ10年で、日本フィルの楽員がだいぶ若返っているんです。僕らの世代は海外の演奏経験があるんですが、2030代の彼らは未経験。昨年、久々にソウル公演に行きましたが、遠距離は初めて。オーケストラにとって貴重な経験になると思っています」と期待を膨らませている。

2019年4月 第6回ヨーロッパ公演 日程

2日 ヘルシンキ(フィンランド)Musiikkitalo【プログラムA】

3日 コウヴォラ(フィンランド)Kuusankoskitalo【プログラムA】

5日 ヴィルヘルムスハーフェン(ドイツ)Stadthalle【プログラムB】

6日 ヴォルフスブルク(ドイツ)Theater Wolfsburg【プログラムB】

7日 レーゲンスブルク(ドイツ)Audimax【プログラムB】

8日 ウィーン(オーストリア)Wiener Musikverein【プログラムD】

9日 フュルト(ドイツ)Theater Fürth【プログラムC】

12日  ロンドン(英国)Cadogan Hall【プログラムD】

13日  リーズ(英国)Town Hall【プログラムD】

14日  エディンバラ(英国)Usher Hall

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ヨーロッパ公演関連プログラム
第709回東京定期演奏会

日時: 2019年4月19日(金)19:00開演、20日(土) 14:00開演
※東京土曜限定プレトーク「本日の聴きどころ」13:10~13:25

会場: サントリーホール

出演: ピエタリ・インキネン(指揮/首席指揮者)、ジョン・リル(ピアノ)、日本フィルハーモニー交響楽団

曲目: 武満徹:弦楽のためのレクイエム

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番

シベリウス:交響曲第2番

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第346回横浜定期演奏会

日時: 2019年4月27日(土)18:00開演

会場:  神奈川県民ホール

出演: ピエタリ・インキネン(指揮/首席指揮者)、村治佳織(ギター)、日本フィルハーモニー交響楽団

曲目: ラウタヴァーラ:In the Beginning

武満徹:夢の縁へ

チャイコフスキー:交響曲第4番

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第45回九州公演

九州全県にて来年も開催!

日程: 2020年2月7日(金)~19日(水)

2月7日(金)宮崎市民文化ホール

2月8日(土)宝山ホール

2月9日(日)熊本県立劇場

2月11日(火・祝)アルモニーサンク北九州ソレイユホール

2月12日(水)iichikoグランシアタ

2月14日(金)唐津市民会館

2月15日(土)大牟田文化会館

2月16日(日)アクロス福岡シンフォニーホール

2月18日(火)佐賀市文化会館

2月19日(水)長崎市民会館

出演: アレクサンドル・ラザレフ(指揮/桂冠指揮者兼芸術顧問)、堀米ゆず子(ヴァイオリン)、河村尚子(ピアノ)

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