福井発!音を通して子どもの創造性を育む実験室「おと・ラボ」で思い描く音楽の未来
2023年8月23日から27日の5日間にわたって、福井県立音楽堂 ハーモニーホールふくいで開催された、音を通して子どもの創造性や伝えたい気持ちを育むワークショップ「越のルビープロジェクト おと・ラボ〜いろいろな音をつくってきいてみよう〜」を室田尚子さんが体験レポート!
東京藝術大学大学院修士課程(音楽学)修了。東京医科歯科大学非常勤講師。オペラを中心に雑誌やWEB、書籍などで文筆活動を展開するほか、社会人講座やカルチャーセンターの講...
2023年8月23日から27日に、福井県立音楽堂 ハーモニーホールふくいで開催された「越のルビープロジェクト おと・ラボ〜いろいろな音をつくってきいてみよう〜」。赤ちゃんや子どもたちが音とどのようにつながって心躍る音楽づくりの場が生まれたのか、室田尚子さんがレポートします。
ハーモニーホールふくいの初めての試み「おと・ラボ」とは
JR福井駅から車でおよそ15分。緑豊かな田んぼの向こうに特徴的な三角形の屋根を持った大小2つの建物が現れます。これが、「世界有数の美しいコンサートホール」とも称される福井県立音楽堂 ハーモニーホールふくい。お隣りの石川や京都と違って常設のオーケストラを持たない福井県ですが、ここハーモニーホールふくいはホール独自の自主企画や育成事業などを積極的に行なって、県の芸術文化振興の中心地となっています。
そんなホールの自主企画のひとつとして8月23日から27日の5日間にわたり、「越のルビープロジェクト おと・ラボ〜いろいろな音をつくってきいてみよう〜」が開催されました。これは、フランスを拠点に活動している「越のルビーアーティスト」のフルート奏者・大久保彩子さんのプロデュースによるもので、「音を通して子どもの創造性を育てる」という考えにもとづいています。子どもの参加を中心とした〈ベベ・ラボ〉〈ファミ・ラボ〉〈キッズ・ラボ〉と、大久保さんの取り組みや知育玩具を体験しながら乳幼児期の音との関わり方について語り合う〈大人・ラボ#語り場〉の、4つのラボ(実験室)からなるワークショップ企画です。
現在フランスにて演奏活動中。現代音楽を中心に、作曲家や映像作家等と音楽の新しい可能性を追求し、同時に子ども向けのコンサートやアトリエ等も企画。
©Gregory Massat
「越のルビーアーティスト」とは、ハーモニーホールふくいが行なっている、福井県にゆかりのあるプロのアーティストで構成されるアーティストバンクに所属するメンバーのこと(ちなみに「越のルビー」は福井県名産のミディトマトの名称です。ルビーのように真っ赤な完熟で、甘くておいしい!)。大久保さんは福井市出身で、現代音楽を中心とした演奏活動を行ないながら、子ども向けの企画も積極的に展開してきました。今回の「おと・ラボ」はもともと大久保さんがフランス各地で行なってきた4つのラボをまとめて、5日間のフェスティバルのスタイルで開催するという、ハーモニーホールふくいとしても初めての試みでした。
0~2歳の赤ちゃんのためのオペラ〈ベベ・ラボ〉
黒い幕が張られた部屋の中、柔らかい照明が照らし出すのは、ポツンと置かれた不思議な箱。真ん中には何やら水の入った水槽のようなものが設置されています。
まるで別世界のような空間に静かにたたずむ大久保彩子さんが、箱の中の水をすくって音を立て始めます。さらに陶器でできたお皿や壺などを取り出して、ぶつけたり、水に浮かべたり。静かな部屋の中に響くのは、四隅に設置されたスピーカーから流れる不思議な音響。心理学者、舞台美術家、作曲家、音響家、照明家が集まり、赤ちゃんの「聴く力」を引き出すことに特化したのがこの赤ちゃんのためのオペラ〈ベベ・ラボ〉で、期間中4回行われ、合計36人の赤ちゃんが体験しました。
実際私が参加した回では、微動だにせずじっと大久保さんの動きに見入っている子や、逆に生み出される音に合わせて体を動かしたりする子などがいましたが、泣き出したり外に連れ出される子は皆無でした。音と光、形あるものと形ないものが交錯する不思議な空間が、赤ちゃんたちの無意識の記憶の中に何かを残したのかもしれない、と思わせる30分間でした。
親子で一緒に思い出作り〈ファミ・ラボ〉
小学生以上の子どもとその家族が参加する〈ファミ・ラボ〉は計3回。それぞれ「音さがし」「音のかきかた」「音のみらい」と題し、それぞれテーマにまつわるお話や演奏を聴いてから、実際に自分たちで音や楽譜をつくる体験をします。
私が取材したのは第3回「音のみらい」で、20世紀に登場した電子音楽について学ぶ回でした。参加者には事前に身近にある生活音を録音したものを送ってもらい、それを打楽器奏者のオリビエ・モーレルさんがコンピューターでデータ化。それぞれ「骨組み」「テクスチュア」「ナレーション」の3つのグループに分けエフェクトをかけます。親子でどんなイメージの作品にするかの設計図を書き、それに合わせてコンピューターで音を組み合わせて音楽をつくっていきます。うまくいくとみんなから大喝采。
またこの時につくった作品のデータでQRコードを作成。最終日に行われた〈ファイナル・コンサート〉のホワイエに張り出され、観客はめいめいスマートフォンでデータを再生して楽しみました。
仲間と一緒に手作り楽器で音楽をつくる〈キッズ・ラボ〉
「おと・ラボ」のメイン企画ともいえるのが、毎日90分、5日間にわたって行なわれた〈キッズ・ラボ〉です。参加者は小学校1年生から5年生までの12名で、身近にある音を探すことから始まり、家にあるものを使って音を出し、その音から物語をつくっていきます。
石を入れたペットボトル、小豆やお米などを入れた箱、泡立て器でアルミホイルを叩くもの、短く切ったゴムホースなど、さまざまな手作り楽器は「揺れるもの」と「叩くもの」の2つのチームに分かれ、それぞれ「海」と「工事現場」を表現。さらに2つが合わさってひとつの作品「あたらしい音楽」が出来上がりました。
最終日に大ホールで行われた〈ファイナル・コンサート〉では、大久保彩子さんのフルート、オリビエ・モーレルさんと川村法子さんのパーカッションによるテジェラやケージなどの現代音楽作品と、先述した〈キッズ・ラボ〉参加者による「あたらしい音楽」を演奏。“バリバリの現代音楽”と子どもたちの作品を一緒に演奏したわけですが、そこにはまったく違和感がなかったことに感動しました。
「おと・ラボ」が示した、音楽の未来のすばらしい可能性
大久保さんは「すべての音に意味があって居場所がある」ということをこのコンサートで示したいと語っていましたが、あらゆる音が音楽になることができる、そしてその組み合わせは無限大である、ということこそが「現代における音楽」の意義だということを強く実感。それは、この5日間を通して「おと・ラボ」が示してみせた、すばらしい可能性でした。
とかく東京中心に物事が進んでいくクラシック音楽の世界にあって、福井からこのように先進的な、そしてただ「新しい」だけではない、「人と人とのつながり」という音楽芸術にとって基本的な哲学を実現する場が生まれたということには、大きな意味があると思います。
この「おと・ラボ」は最小単位の人数と楽器編成で行なうことができる、実にコンパクトなプロジェクトでもあります。大久保さんも「いろいろな場所でやってみたい」と語っていましたが、たとえば毎夏、日本のどこかで「おと・ラボ」が開かれ、たくさんの子どもたちが音楽づくりを経験する……。そんなことが実現したら、日本の音楽の未来はとても豊かなものになるのではないでしょうか。
開催日:2023年8月23日(水)~8月27日(日)
会場:ハーモニーホールふくい大ホールエリア
各ラボ:
べべ・ラボ:0~2歳
キッズ・ラボ:小学校低学年~中学生
ファミ・ラボ:小学生以上の子ども+ご家族(大人)
ファイナル・コンサート:0歳以上
大人・ラボ#語り場:教育関係者、音楽家、子どもの教育と音楽について興味がある方、など
大人・ラボ#コンサート:小学生以上
講師・出演:
大久保彩子(フルート)、オリビエ・モーレル(パーカッション)、ほか
問い合わせ:福井県立音楽堂 ハーモニーホールふくい 0776-38-8288
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