フィギュアスケートの魅力が凝縮した《プリンスアイスワールド》
花魁が、座頭市が、花火とレーザーの光の中、和太鼓に乗せて氷の上でタップを踏むかと思えば、宇野昌磨、鍵山優真、紀平梨花ら名だたるスケーターが世界トップレベルの演技を披露する――。
1978年の誕生以来、「氷上」だからこそ可能なエンターテインメントを追求し続けるアイスショー「プリンスアイスワールド」。その横浜公演をレポートする。
1966年生まれ。大学卒業後、出版社に入社。月刊誌、ムック、書籍の編集を手掛け、1991年よりフリー。女性向け実用、育児・教育書、エンタメ等を中心に、200冊以上の書...
音楽、ダンス、花火、和太鼓…...さまざまな演出で観客を魅了
5月3日、KOSE新横浜スケートセンター。
数々の名スケーターを輩出してきたこの常設リンクへ一歩足を踏み入れると、途端に体を包む独特の冷気が、これから始まるショーへの期待を高めてくれる。
40年以上の歴史を持つショーの今年の演目は、三部作シリーズ「Brand New Story」の最終章「Brand New StoryⅢ ~Our Compass~」。
コロナ禍を乗り越え、未来を祝福するかのように、24人のプリンスアイスワールドチームによる荘厳な「Amazing Grace」から、ショーは始まった。
フィギュアスケートは、年々技術面において難易度が上がっていく競技スポーツとしての面白さももちろんあるが、一斉にパフォーマンスするシンクロナイズドスケーティング(群舞)、広い空間とスピード感、そして音や光の演出を生かしたショーには、エンターテインメントとしてまた違った醍醐味がある。
総勢24名・日本唯一のプロスケーターチームを擁する「プリンスアイスワールド(以下PIW)」では、あらゆるジャンルの音楽からダンス、フォーメーション、そしてレーザーや花火、リアルな炎まで使った多種多様な演目が次々とくり出され、2時間半を飽きさせることがない。
森山直太朗の「さくら(独唱)」にのせて、スケーター自身が花びらとなって舞っているかのような群舞があるかと思えば、力強い和太鼓とともに“アイスタップ”を踏み、連続バックフリップで盛り上げ、映像に合わせて滑走しながら演劇仕立ての殺陣もこなす。
危険も伴う大胆かつ繊細なパフォーマンスは、メンバーそれぞれの高度なスケート技術あってのものだ。
競技とはひと味違う トップスケーターたちの滑りもみどころ
一方、日本の最高レベルの現役スケーターたちの個人技は、競技会での演技とまた違い、持てる力を思い思いに解き放つ姿も魅力的だ。
長い手脚を生かしたフレッシュな演技が印象的な住吉りをん、華やかでコケティッシュな演技で魅了する本田真凜など、持ち味を発揮して観客を惹きつける。
本格的な復帰が待たれる紀平梨花は、スケーティングに柔らかさが増し、光の演出とあいまって、まるで天空にいるかのような空気を作り出した。
女優・タレントとしても活躍する本田望結は、エネルギッシュな個人プログラムだけでなく、演出で差し込まれた映像作品ではOL姿でコミカルな演技も披露。スケーターに女優にと大活躍だ。
男性陣は、指の先までイキイキとした躍動感を感じる友野一希、少年っぽさが影をひそめ、落ち着いて正確な演技を披露した鍵山優真。荒川静香をはじめとするベテランスケーターらの、円熟味を増したゴージャスな演技もさすがと思わせる。
トリは、北京オリンピック銅メダリスト、宇野昌磨。白シャツにダークグレーのスーツというシンプルな装いは、大人っぽさを増した宇野の魅力をひき立てているように見えた。披露したプログラムは早くも来季に向けた新作『Gravity』。宇野のコーチを務めるステファン・ランビエールによる緩急のついた振り付けを、宇野ならではの氷に吸い付くようななめらかなスケーティングで表現していく。4回転ジャンプやトリプルアクセルなどの高難度なジャンプ、宇野の代名詞であるクリムキンイーグル(※)も、余裕さえ感じさせた。
※クリムキンイーグル…イーグル(両足のつま先を外に向けた状態で滑る技)のひとつで、上体を後ろに大きく反らした状態で行なう。
プリンスアイスワールドならではの魅力が詰まったシンクロナイズドスケーティング
興味深かったのは、第二部の冒頭のレクリエーションのコーナー。プリンスアイスワールドの特徴でもある、一斉にパフォーマンスをするシンクロナイズドスケーティング(群舞)をわかりやすく解説するコーナーだ。2本のラインを作ったスケーターが互いの間を通り抜ける「インターセクション」、中心軸の周囲をラインを作って等間隔でくるくる回る「ホイール」などが、解説とともにPIWのメンバーによって披露され、プリンスアイスワールドならではの面白さ、魅力にふれることができた。
ここで披露された技が、フィナーレの「パイレーツ・オブ・カリビアン」等に組み込まれ、演技をいっそう深く楽しむことができる仕掛けだ。
また、PIWの歴史を振り返るコーナーで、OBである鍵山の父・鍵山正和さんが登場したのも、ファンにとって嬉しい演出だっただろう。
身体芸術の極みへ―― 町田樹と田中刑事が作り上げたショパンの世界
こんな華やかでショーアップされた空気の中、異色ともいえる演技を披露したのが田中刑事だった。
暗転した会場にショパンのピアノの旋律が流れた途端、それまでの空気は一変。会場中の視線が、氷上に現れた苦悩するひとりの男の一挙手一投足に注がれる。まるでバレエ作品を観るかのように、男が全身を使って表現する感情に、観客も心を揺さぶられる。
このプログラムの振り付けは、身体芸術としてのフィギュアスケートを探求し続ける、元オリンピアンで現・國學院大学助教、町田樹氏によるものだ。町田氏は、このプログラムで「失敗の美学」を表現したと言う。競技会において失敗は忌避されるものであるが、その行為をあえて演劇的要素としてプログラムに取り込んだ意欲作だ。
ショパンのプレリュードの4番と24番を使ったこのプログラムは、前半で苦悩する男を、後半は、そんな自分に打ち勝とうとする男を表現する。
随所で出てくるエッジの先端でタンタンタンと3回氷を叩く動作は、前半では男が苦悩してさまよう様子を、後半では力強く運命に立ち向かおうとする意志を表す。使われている2曲は、ともに雨を思わせる通奏低音が奏でられるが、その雨が後半では激しい横殴りの雨となる。体は煽られて持っていかれそうになるけれど、それでも必死で自分を保ち、前に向かおうと試みる男。最後のダーンダーンダーンという3音が意味するものは……。
失礼ながら、こんなにもエモーショナルなスケーターだったのか! と思わず目を見はる演技だった。フィギュアスケートの魅力は、決してジャンプなどの技だけではないということを再確認させられた。
振り付けを完全に自分のものにし、会場の空気を支配した田中刑事。先日、競技生活引退・プロ転向を発表した彼に対して、この日もっとも大きなスタンディングオベーションが贈られたのだった。
プリンスアイスワールドは、この後、7月15日(金)~18日(月・祝)に東京公演が控えている。
現実を離れ、スケーターたちが作り出すめくるめく夢の世界に、しばしトリップするのはいかがだろうか。
公演日: 2022年7月15日(金)~18日(月・祝)【4日間8公演】
全日程【1回目11:30~/2回目16:00~】※開場は開演時間の1時間前を予定。
会場: ダイドードリンコアイスアリーナ(東京都西東京市東伏見3丁目1−25) 西武新宿線「東伏見駅」より徒歩
特設サイトはこちらから
※本記事は横浜公演のレポートになります。東京公演のゲストスケーターについては、特設サイトをご覧ください。
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