
伝統のショスタコーヴィチで新シーズン・オープン、サンクトペテルブルク・フィルハーモニー

9月のロシアの音楽シーンからサンクトペテルブルクのコンサートをレポートします。

ロシア国立サンクト・ペテルブルク音楽院正規学部卒業。2008年からサンクトペテルブルク在住。サンクトペテルブルク、モスクワなど現地での演奏活動や取材を通じ、ロシア音楽...
サンクトペテルブルク・フィルハーモニー協会の2026/27シーズンが9月25日に開幕した。ご承知のかたも多いかと思うが、新シーズンは、ショスタコーヴィチの名前を冠したホールで、毎年その作曲家の誕生日である9月25日に開幕する。このホールは作曲家立ち会いのもと、多くの作品が演奏された記念すべき場所で、戦時中やソビエト連邦時代の記憶と共に「保存」されている。
建物自体は貴族会館、帝国議会の会場(正確には国家評議会)という変遷をたどり、フィルハーモニー協会が設立され、1921年に正式にその会場となった。1906年生まれのショスタコーヴィチはそうした変遷も目の当たりにしてきた。しかも、生まれたときはサンクトペテルブルクであった街も、第一次世界大戦でペトログラード(1914〜24年)に改名、1924年にはさらにレニングラードに改名され、激動の時代を経験してきたのだ(1991年に再びサンクトペテルブルクに改名)。そうした時代と共に、ロシアの音楽シーンを牽引する存在としてサンクトペテルブルク・フィルハーモニーは歩んできた。だから同協会にとって、ショスタコーヴィチという作曲家は特別な存在なのである。
さて、今年はショスタコーヴィチ生誕120年という記念年に当たっており、多くのショスタコーヴィチ作品が演奏される予定だ。今回の開幕演奏会では、同作曲家の最後の交響曲である「交響曲第15番」が取り上げられ、作曲家の作品や人生を晩年から振り返るという趣向だ。
協会のオーケストラ、サンクトペテルブルク・フィルハーモニー交響楽団の演奏会当日は、立ち見の出る超満員となった。当初ロッシーニ「《ウィリアム・テル》序曲」、プロコフィエフ「ピアノ協奏曲第3番」、ショスタコーヴィチ「交響曲第15番」とアナウンスされていたが、冒頭の《ウィリアム・テル》がグリンカ作曲のオペラ「《ルスランとリュドミラ》序曲」に変更された。もともと《ウィリアム・・テル》が予定されていたのは、「交響曲第15番」に「スイス軍の行進」部分が引用されていることにちなんでと思われる。
最初にグリンカ「《ルスランとリュドミラ》序曲」。勢い倒しの演奏が多いなか、精緻な演奏を聴かせた。テンポも緩慢になることなく、しかし安定していて、どの音もクリアに聴こえてくる。そして、なによりもその精緻さを実現しているのは、たぐいまれなアンサンブル力にある。指揮のニコライ・アレクセーエフをはじめ、オーケストラ全体に「家族」を感じる。みんなで音楽作りをしているのである。アレクセーエフは、先代のユーリ・テミルカーノフやエフゲニー・ムラヴィンスキーのようなスターを演じることを嫌い、誠実に音楽作りをしている。昨今のスターを担ぎ上げて、勢いだけの演奏に嫌悪感を持つ音楽ファンも多いことだろう。まさに、サンクトペテルブルク・フィルは奏者ではなく、音楽を聴かせることを実践し、音楽の原点に立ち返る新時代を築こうとしている。そうした、誠実さがこの演奏に表れていた。思わず涙があふれる。

続いて、プロコフィエフ「ピアノ協奏曲第3番」をボリス・ベレゾフスキー(p)を迎えて演奏した。ソリストとのバランスが絶妙で、キレのある演奏となった。難しい作品ながら、あえて楽譜を見ながらの演奏で、大変安定感があり、それでいてキレキレで、音楽全体の構成感がしっかりしてすばらしかった。
そして後半。今回の肝とも言えるショスタコーヴィチ「交響曲第15番」だ。サンクトペテルブルクの音楽学者の言葉を借りれば、この作品は「ショスタコーヴィチの走馬灯」と呼ぶこともできる。意識の中を駆けめぐる想念やイメージが眼前に描かれていくような壮大な作品である。演奏のダイナミックさと、揺るぎないアンサンブル力。粒が立っているのに、どこか一箇所が目立とうとするのではなく、一つひとつが究極のピースになり紡がれていく。新時代を迎えたサンクトペテルブルク・フィルは媚びることなく、誠実な音楽作りを続けている。会場もあたたかな拍手に包まれた。今シーズンのプログラムを追っていくのが楽しみである。
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