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2023.12.20

演出家ロバート・ウィルソンが語った、オペラ《浜辺のアインシュタイン》制作秘話

取材・文
林田直樹
取材・文
林田直樹 音楽之友社社外メディアコーディネーター/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

《浜辺のアインシュタイン》フランス・モンペリエでの上演 2012年
Einstein on the Beach, Montpellier, France, 2012
Kneeplay 1
Photo ©Lucie Jansch
Courtesy of RW Work, Ltd.

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ミニマル・ミュージックの伝説的な名作として知られるフィリップ・グラス作曲のオペラ《浜辺のアインシュタイン》(1976年初演)が、2022年10月に神奈川県民ホールとザ・フェニックスホールで再演が相次ぐなど、改めて脚光を浴びたのは記憶に新しい。

奇しくもちょうどその1年後となるこの10月に、このオペラの成立における最重要人物である美術家·演出家ロバート・ウィルソンが、2023年(第34回)高松宮殿下記念世界文化賞の映像·演劇部門を受賞したのを機に来日した。

いまもなお現代アートの最先端を走り続けるロバート·ウィルソンが記者懇談会で語った、《浜辺のアインシュタイン》制作秘話について以下にご紹介する。

第34回高松宮殿下記念世界文化賞の記者懇談会(10月17日)にて
©️The Japan Art Association / The Sankei Shimbun
ロバート・ウィルソン Robert Wileson
1941年テキサス生まれ。前衛的な作風で知られる米国の演出家。舞台美術や照明、ドローイング、彫刻、ダンスの振り付けも手掛ける。27歳のときに実験的パフォーマンス集団「バード・ホフマン・スクール・オブ・バーズ」を設立。『聾者の視線(まなざし)』(1970年)で注目を集めて以来、作曲家フィリップ・グラスと共同制作した独創的オペラ《浜辺のアインシュタイン》(1976年)で国際的な評価を得る。作曲家アルヴォ・ペルト、舞踊家ミハイル・バリシニコフなどともコラボレーション。プッチーニ《蝶々夫人》やモーツァルト《魔笛》などオペラの演出も多数。

光から先にすべてを考えよ

——1992年に天王洲アートスフィア(当時)で、あなたの演出されたフィリップ·グラス作曲のオペラ《浜辺のアインシュタイン》が日本初演されたときに、リハーサルを含めて3回観て圧倒されました。自分のこれまでの人生で観た舞台照明の中で、もっとも美しい光でした。今でも強く記憶に残っています。なぜあのように美しい光を作ることができたのでしょうか? 

ウィルソン 学生時代に私は建築を学んでいました。その最初の年にルイス·カーンというアメリカ人の建築家の先生からこう言われました。

「学生たち。まず光から考えるんだ」。

その言葉はのちのち私に非常に大きな影響を及ぼしたのです。

しかし演劇の世界では照明というものは通常最後に来るのです。最初に台本を書いて、キャストを決めて、演出をして、舞台美術を作って、衣装を作って、リハーサルをして、そのあとにようやく照明が来る。

私はその逆で、一番最初に照明を考えます。

というのは、照明とは建築的なものであり、構造的なものだからです。

アインシュタインは、光とは測れるものであると言っています。光がなければ宇宙は存在しないと。

ですから、私の初期の作品において特に影響を受けたのは、たとえば公園に行って、ベンチに座って、そこで自然の時間というものに接することです。

公園に座って、空の変化を、雲の流れていくのを眺める。あるいは、その傍を誰かが通り過ぎていく。あるいは誰かがやってきて座る。そういうことをずっと見ているのです。

現実の異なるレイヤーが公園の中には存在しています。つまり、自然の時間というものがそこに存在しているのです。

公園には昼食時間に行ってもいいし、朝に行っても午後に行っても夕方に行っても、いつだっていい。そういう経験をすることができる。

《浜辺のアインシュタイン》とは、言ってみれば公園に行くようなものと考えてください。その公園に座って、空の変化、光や色の変化などをずっと眺めている。そういう自然の時間として、この作品を作りました。

私はテキサスで育ち、その後ニューヨークに行きました。ニューヨークはテキサスとはまったく違う環境でした。突如、にぎやかで騒音にあふれる大都市の環境に行ったわけです。

ニューヨークが素晴らしいのは、街の中心にセントラルパークという公園があって、まったく違う空気がそこには存在していたことです。それが、私にとっては《浜辺のアインシュタイン》を作る原点となったのです。

この作品において、観客は出入り自由です。いったん出て食事をとって帰ってきてもまだ上演は続いている。そういうものとして作られたのです。

私が描こうとしているのは「自然の時間」

——あのオペラで、出演者たちはまるで夢の中の出来事のようにスローモーションで動いていた。その非現実的な世界も印象に残っています。なぜ、あのように異常にゆっくりと舞台上の登場人物たちを動かしたのでしょうか?

ウィルソン 私からすると、時間とは概念ではありません。役者に「普通よりもゆっくり歩いてくれ」と指示すると、役者は「そうか、ゆっくり歩くんだな」と考えます。

けれども時間とは考えることではないのです。「普通よりもゆっくり歩け」というと、実は(急に激しい声を出して見せて)そのときに身体にはありとあらゆることが起こっている。いろんなエネルギーがあふれ、いろんな異なるスピードで動いていたりするものなのです。

つまり時間というのは、経験するものであって、概念として存在しているわけではない。

アメリカの作家スーザン・ソンタグは、「経験することは考えることだ」と言っています。私は今朝起きたときに日の出を見ました。これは私が「経験」しているわけです。誰かから「これは日の出だ」と言われているわけではありません。

《浜辺のアインシュタイン》のみならず、私のすべての仕事について言えるのかもしれませんが、私が描こうとしているのは「自然の時間」だと思います。

東京やニューヨークのように人々が忙しく動いているような場所において、本当に必要なのは、もっと自然に近い時間ではないでしょうか?

日本はその点において本当に素晴らしい国です。何百年、何千年と自然と非常に親しい関係を築き、維持してきたのですから。自然を観察することは、人間のスピリチュアルな部分にも大きな刺激を与えてきたと思います。

(ウィルソン、こちら側をじっと見つめる)

たとえば、5分かけてここから私があなたの席のところまで歩いていくとします。

それは、まったく異なる経験となります。まったく異なる空間がそこには立ち現れるのです。飛行機に乗ってヨーロッパから日本に来るときに、窓から外を眺めていると、世界には本当に空間が多いのだと気づきます。普段は忘れがちなことですが。

つまり、もっと違う形で空間と時間を再発見できるようになるのです。

 

 

現在82歳のウィルソンは、いまもなお精力的に創作活動を行なっている。そのうち直近のものとして彼が特に記者懇談会で挙げたのが、バルセロナのリセウ大劇場でのヘンデル作曲、モーツァルト編曲による「メサイア」の舞台演出版であった。ウィルソンの特殊な舞台美学の一端を知ることのできる短い公式動画も公開されている。2024年3月にも再演予定である。

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林田直樹
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林田直樹 音楽之友社社外メディアコーディネーター/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

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