キャット・パワーがディラン伝説のアルバート・ホール・コンサートを再現、そのステージが国内で再現される
ラジオのように! 心に沁みる音楽、今聴くべき音楽を書き綴る。
Stereo×WebマガジンONTOMO連携企画として、ピーター・バラカンさんの「自分の好きな音楽をみんなにも聴かせたい!」という情熱溢れる連載をアーカイブ掲載します。
●アーティスト名、地名などは筆者の発音通りに表記しています。
●本記事は『Stereo』2025年2月号に掲載されたものです。
ロン ドン大学卒業後来日、日本の音楽系出版社やYMOのマネッジメントを経て音楽系のキャスターとなる。以後テレビやFMで活躍中。また多くの書籍の執筆や、音楽イヘ...
確実に年間ベストに 入れたい素晴らしいアルバム
毎年、年末が近づいてくると世界中の各メディアで年間ベストの記事が立て続けに出てきます。音楽、映画、テレビ・ドラマ、本などのリストを見てもピンと来ないというか、巷で流行しているものをほとんど知らない自分が今の仕事でよく通用していると、ときどき感心せずにはいられません。
ぼくも一応個人的な年間ベスト・アルバムを毎年選んでいます。2年前までは雑誌でそれが発表される関係で11月末までに決めなければなりませんでした。それでも遅い方だったと思います。年間ベストが掲載される海外の雑誌の12月号は11月発売なので遅くても10月には編集内容が決まっているはずです。グラミー賞の候補の締め切りは9月だったと思います。それより後に発売される作品はもちろん翌年の候補になりうるものですが、1年後になると皆の記憶から消えてしまっている可能性がかなりありますし、選ぶ時は印象が鮮やかな方が絶対に有利です。
去年は、雑誌のスケジュールから開放され、年間ベストを発表するのを年明けのラジオとしたため、年末ぎりぎりに選べばいいので楽でした。そして11月に発売され、聞いた途端に惚れ込んでしまって確実にベストに入れたいと思ったアルバムがありました。それはキャット・パワーの「Cat Power Sings Dylan:The 1966 Royal Albert Hall Concert」です。
時期的にどのメディアの年間ベストにも登場しなかったわけですが、今年は評価されるだろうかと思ったら意外に(やはり?)違いました。しかし、これは素晴らしいアルバムで、しかもキャット・パワーがその同じ企画のコンサートを日本で行うことになったので、このタイミングで取り上げることにしました。
ロック・バンドを従えた歴史的コンサート
ボブ・ディランの1966年のツアーというと、後にザ・バンドとして世界的に有名になるザ・ホークスという当時無名のロック・バンドを従えていたわけです。それまでアクースティック・ギター1本で弾き語りスタイルのコンサートをやってきたディランを「フォーク・シンガー」と捉えていた一部のファンから、毎晩ブーイングを受けていたのはよく知られた話です。そのツアーの時にまだ14歳だったぼくはロンドンのロヤル・アルバート・ホールで見ました。
確かにブーイングもありました。しかし、それはほんの一部の人たちだけ。今のネトウヨと同様に少数派の声が大きければその影響力がそうとう増します。
「The 1966 Royal Albert Hall Concert」として発売されたライヴ・アルバムは、実はそこではなく、マンチェスターの会場で行われたコンサートの模様です。最後の「ライク・ア・ローリング・ストーン」の直前に裏切られたと感じた一人の観客が「ユダ!」と叫ぶ声は伝説と化しています。
2022年11月にアルバート・ホールでコンサートをやることになったキャット・パワーは、まずこのライヴのことを連想したそうです。そして彼女はこの伝説のコンサートを丸ごと再現することに決めました。前半はアクースティックの弾き語り、休憩を挟んでバンドを従えた演奏をしたディランと同じように、しかも同じ曲を同じ順番にやったのです。
1966年という時期はボブ・ディランの黄金時代のピーク、画期的な2枚組のアルバム「ブロンド・オン・ブロンド」が発売されたのはコンサートの翌月でしたが、すでにライヴで数曲演奏していたのです。とにかく名曲揃いのライヴです。
前半は「シー・ビロングズ・トゥ・ミー」、「フォース・タイム・アラウンド」、「ヴィジョンズ・オヴ・ジョハナ」、「イッツ・オール・オーヴァー・ナウ・ベイビー・ブルー」、「デゾレイション・ロウ」、「ジャスト・ライク・ア・ウマン」、「ミスター・タンバリーン・マン」。
後半は「テル・ミー・ママ」、「アイ・ドント・ビリーヴ・ユー」、「ベイビー・レット・ミー・フォロウ・ユー・ダウン」、「ジャスト・ライク・トム・サムズ・ブルーズ」、「レパード・スキン・ピル・ボックス・ハット」、「ワン・トゥー・メニー・モーニングズ」、「バラッド・オヴ・ア・シン・マン」、「ライク・ア・ローリング・ストーン」。
聴き手の心に 刺さる解釈力、丁寧な演奏
中にはオリジナルのレコードではアクースティックだったものをエレクトリックにしたり、またその反対もあります。ディランもそうしていたし、キャット・パワーもその通りにしています。こう書くとただのコピー・アルバムのように聞こえかねませんが、それまでに数枚のカヴァー・アルバムを発表したことがあり、解釈力に定評があるキャット・パワーです。多くの歌手が取り上げているディランの有名な曲ばかりにもかかわらず、聴き手の心に刺さる切なさを持った彼女の歌は実に見事です。女性のことを歌っている曲が多いですが、女性が歌う「ジャスト・ライク・ア・ウマン」は不思議と説得力があります。
また彼女のバンドの演奏は、当時のちょっと粗いザ・ホークスと違ってとても丁寧、かつ力強いです。アルバート・ホールのお客さんの歓声も大きくコンサートが大成功だったことが明らかです。シャレで(?)「ユダ!」を叫ぶ人がいますが、場所を間違えて1曲早いのには笑えます。
このライヴ・アルバムをふたたびコンサートで再演しているキャット・パワーを去年のライヴ・マジックに呼びたかったです。時期が合わず残念でしたが、今度、一観客として存分に楽しめるので、すでにわくわくしているところです。
来日公演は1回だけ、3月21日(金)、豊洲ピットです。これは見逃せないイヴェントになると思います。アルバムをまだ聴いていない方はぜひ予習に役立ててください。
年間ベストはまた改めてお伝えしますね。
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