読みもの
2020.06.03
ビールと音楽の美味しい関係 6杯目

《カルミナ・ブラーナ》の作者カール・オルフゆかりの修道院で楽しむビール

山取圭澄
山取圭澄 ドイツ文学者

京都産業大学外国語学部助教。専門は18世紀の文学と美学。「近代ドイツにおける芸術鑑賞の誕生」をテーマに研究し、ドイツ・カッセル大学で博士号(哲学)を取得。ドイツ音楽と...

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ドイツ、ミュンヘン郊外に立つアンデックス修道院は、15世紀からビール醸造で知られている。そこで製造されているドッペルボックドュンケル(濃い黒のボックビールという意味は、麦の香ばしさや黒糖のような甘さが楽しめる黒ビールである。ドッペルボックは甘みが強く、アルコール度数が高いスタイル。約370年前にサルヴァトーレという修道士が生み出し、かつては修道士が断食中に栄養補給として飲んでいた。

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修道院に行かずとも、瓶ビールならドイツ全土の百貨店やスーパーで購入できる。
アンデックスのビールでは、ヘレスビールもレベルが高いが、ドッペルボックドゥンケルが一番おすすめ。ほかのメーカーのものと比べると、濃厚だけど甘さがくどくないので、最後まで飽きずに楽しむことができる。

アンデックス修道院のビールの美味さには定評があり、なんと、森鴎外も留学中に訪れたほどだ。

行くこと三時間アンデツクスの丘に達す。丘湖に臨む。アムメル湖Ammersee と名づく。丘上寺院あり。住僧に請ひて什寶を見る。後院內の釀房Braeustuebl に酌む。(中略)酒を行る者も亦皆緇衣。余覺えず絕倒す。余客と皆醉ふ。

『獨逸日記』1886318日の記述より(『鴎外全集第35巻』、岩波書店、1975年)

この修道院、実は作曲家カール・オルフゆかりの場所でもある。オルフは付近の町ディーセンに暮らし、よくアンデックス修道院を訪れていた。おそらく、ビールも楽しんだはずである。今は、オルフ本人の希望によって、この修道院の中に埋葬されている。

左:床の石板。ここにカール・オルフが埋葬されている。
上:カール・オルフの墓標。聖堂を入って左手の部屋にある。

そうした縁もあって、アンデックス修道院では、毎年7月にカール・オルフ音楽祭が開催されている。

オルフの代表作である舞台形式のカンタータ《カルミナ・ブラーナ》は、11〜13世紀に成立した詩歌集がもとになっている。大半の詩は、修道僧や学生によって書かれたもので、愛、酒、遊びなどをテーマにしている。それに従って、オルフの《カルミナ・ブラーナ》も、序「世界の支配者なる運命の女神」、第1部「初春に」、第2部「酒場で」、第3部「愛の誘い」、エピローグから構成されている。まさに、中世の人々の息遣いを再現した作品なのだ。

カール・オルフ《カルミナ・ブラーナ》

このような作品を聴くうえで、アンデックス修道院は理想の場所だといえる。なぜなら、修道院そのものが、中世の暮らしを今に伝えているからだ。かつて、修道僧たちは自給自足の生活を送り、巡礼者にビールや食事を振る舞っていた。アンデックス修道院は、今も醸造所、精肉所、ビアガーデンを併設しており、訪れた人にできたてのビールやソーセージを提供している。

ミュンヘン中央駅から電車で約1時間。自然に囲まれた美しい景観も魅力のひとつ。
アンデックスのビールは、ミュンヘン市内のビアホールAndechser am Domでも楽むことができる。

アンデックス修道院でビールと音楽を同時に楽しめば、五感を通して、中世ドイツの雰囲気を味わうことができるだろう。

山取圭澄
山取圭澄 ドイツ文学者

京都産業大学外国語学部助教。専門は18世紀の文学と美学。「近代ドイツにおける芸術鑑賞の誕生」をテーマに研究し、ドイツ・カッセル大学で博士号(哲学)を取得。ドイツ音楽と...

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