ルターが世界一美味しいと評したアインベッカー醸造所のボックビール
京都産業大学外国語学部助教。専門は18世紀の文学と美学。「近代ドイツにおける芸術鑑賞の誕生」をテーマに研究し、ドイツ・カッセル大学で博士号(哲学)を取得。ドイツ音楽と...
アインベッカー醸造所は、ドイツ中部のアインベックという町を本拠地とし、世界中にさまざまなボックビールを輸出している。ボックビール(註:アインベックのビールがなまった名前)は、濃い麦汁で作られたハイアルコールのビールである。なかでも、アインベッカーのウアボック1378は、中世のレシピに倣って作られたもので、酵母がろ過されていない。口に含むと、パンのような甘みが広がっていく。
また、ラベルの数字は、1378年に販売したビールの領収書がアインベックの町から見つかったことに由来する。現在はさまざまなタイプのビールを作っており、いくつかの銘柄は日本でも購入することができる。
この醸造所は、なんと14世紀からボックビールを作っていた。ハンザ同盟(註:北海、バルト海沿岸のドイツ諸都市が結成した経済同盟)の流通網を利用して、ハンブルク、リガ、アムステルダムなどにビールを卸していたのだ。
アインベッカーのビールは、マルティン・ルターが愛したことでも知られている。ルターは当時のカトリック教会を批判し、宗教改革を巻き起こした。そのため、1521年にヴォルムスの帝国議会に召喚され、神聖ローマ皇帝から自説の撤回を求められた。議会に臨む際、ルターはボックビールを気付けに飲み、「この世でもっとも美味い飲み物、それはアインベッカーのビールだ」と語ったという。
その後、ルターはヴァルトブルク城で聖書のドイツ語翻訳を完成させ、かつて「95カ条の論題」を発表したヴィッテンベルクの町に戻った。1525年に結婚した際、この偉大な宗教家には町から1樽のアインベッカーのビールが贈られている。どんなときも、ルターには1杯のビールが欠かせなかった。
アインベッカー醸造所の公式youtubeチャンネルには、ルターが作曲した賛美歌《高き天より、我は来れり》(ルーテル賛美歌集の第101番)をビール瓶で奏でた動画が公開されている。
この讃美歌は、ドイツでもっとも有名なクリスマス・ソングのひとつだ。ルターは単なる宗教家ではなく、作曲家でもあったのだ。礼拝にドイツ語での歌唱を取り入れ、数多くの賛美歌を残した。
《高き天より、我は来れり》は、さまざまな作曲家に取り上げられている。例えば、J.S.バッハはこの旋律をもとに、オルガン用の《カノン風変奏曲》BWV769を作り上げた。さらにストラヴィンスキーは、バッハの変奏曲を合唱とオーケストラ版にアレンジしている(1956年)。
これらの曲を聴き、アインベッカーのビールを味わいながら、「ルターがどれほど音楽とビールを愛していたのか」に思いを巡らせたい。
関連する記事
ランキング
- Daily
- Monthly
関連する記事
ランキング
- Daily
- Monthly