読みもの
2020.06.17
ビールと音楽の美味しい関係 8杯目

リトミシュル城内のビール醸造所で生まれ育ったスメタナ

山取圭澄
山取圭澄 ドイツ文学者

京都産業大学外国語学部助教。専門は18世紀の文学と美学。「近代ドイツにおける芸術鑑賞の誕生」をテーマに研究し、ドイツ・カッセル大学で博士号(哲学)を取得。ドイツ音楽と...

出生地リトミシュルにあるスメタナ像。

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ベトルジハ・スメタナは、チェコ北東部にあるリトミシュル城で生まれた。彼の父が、領主ヴァルトシュタイン伯にビール醸造師として仕え、城の中の醸造所に住み込んでいたからだ。

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この城は、ルネサンス建築として世界文化遺産になっており、醸造所もスメタナの生家として公開されている。

スメタナの生家。醸造設備は残っていない。
スメタナの生まれた部屋。

スメタナは、リトミシュル城で幼少期を過ごした。当時から音楽の才能を発揮し、わずか6歳でピアノの演奏会を開いたという。城内には、彼の使用したピアノも展示されており、作曲家としての原点が垣間みられる。

スメタナが弾いていたピアノ。

毎年6月末から7月にかけて、リトミシュルではスメタナ国際オペラ・フェスティバルが開かれ、歌劇を中心とした作品が演奏されている。

スメタナを代表するオペラ《売られた花嫁》は、ボヘミア地方の農村を題材としており、当時の民族運動とも相まって大成功を収めた。酒場を舞台にした第2幕は、ビール王国のチェコらしく、次のような合唱で始まる。

ビールは天からの贈り物。美味いビールは! 君からあらゆる悩みや不安を追っ払い、君に力を与え、幸せにしてくれる! エイクク!* ビールがないのなら、僕らは今日何を飲んだらいいんだ。喉が渇いたまま座り、世界は悩みごとだらけ。一滴でも逃す奴は、愚か者ってことだ! エイクク!

 

*エイククは男たちのかけ声

スメタナ:《売られた花嫁》より第2幕

村の男たちは、酒場でビールを酌み交わし、その美味さを讃えている。実際、美味しいビールは、チェコの人々に欠かせないものだ。というのも、チェコは、1人あたりのビール消費量の調査において、26年連続で世界1位になっているからだ。

チェコでは、前回紹介したピルスナーウルケルに並んで、ブドバイゼル・ブドバルというビールが広く親しまれている。このピルスナービールは、ボヘミア南部のブジェヨヴィツェ(ドイツ語名:ブドヴァイス)という町にある国営の醸造所で作られている。チェコでは、ビール作りに昔から国や領主が深く関わってきたのだ。

ブドバイゼル・ブドバル。ブジェヨヴィツェ市は、神聖ローマ皇帝の御用達に指定されるなど、古くからビールの産地として知られていた。やや厚めのボディとハーブやレモンのような香りが特徴である。
ちなみに、アメリカのバドワイザーは、その評判にあやかった名称。直接は当地のビールと関係ないため、商標権を巡る訴訟に発展している。

スメタナが生まれた日、父のフランチシェックは、皆にビールを振る舞ったという。息子が醸造師になると期待し、ビールで祝杯をあげたのだ。醸造所で生まれたスメタナは、きっと麦芽を煮込む匂いに包まれて育ったに違いない。

残念ながら父親の願いは叶わず醸造師にはならなかったが、チェコらしい環境で育ったスメタナは、音楽の才能に恵まれ、ボヘミアの風土を題材にした作品を多く残した。ピルスナービールとスメタナの音楽。ぜひ、リトミシュルでこの2つの「天からの贈り物」を味わいたい。

山取圭澄
山取圭澄 ドイツ文学者

京都産業大学外国語学部助教。専門は18世紀の文学と美学。「近代ドイツにおける芸術鑑賞の誕生」をテーマに研究し、ドイツ・カッセル大学で博士号(哲学)を取得。ドイツ音楽と...

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