CDは「音楽」ではなかった?
美術館など展示施設のおみやげコーナーってどうしてあんなに気になるんでしょうか?ストリーミングやダウンロードなど、音楽が「もの」ではなくなりつつある現代において、体感や体験を通して訴えかけてくる音楽の「手に取れるもの」としての側面の魅力を白沢さんが語ってくれました。
英文学専攻をへて青山学院大学大学院で西洋美術史を専攻(研究領域は「19世紀フランスにおける17世紀オランダ絵画の評価変遷」)。音楽雑誌編集をへて輸入販売に携わり、仏・...
美術館で出会う「もの」の楽しみ
最近ではどうやら、CDショップより美術館のほうがCDと出会いやすいのかもしれません。
美術館で展覧会を見終わって帰ろうとすると、たいてい出口のあたりにミュージアムショップが併設されていますね。カタログや絵葉書などをはじめ、展覧会で過ごした時間の追体験にもなる「おみやげ」がいろいろ……商品も近年ますます多様化していて、「もの」を買う楽しみは増えるばかり。
2017年に東京都美術館と大阪の国立国際美術館で開催された「バベルの塔」展では、16世紀の南ネーデルラント(現在のベルギー)で活躍した大画家ブリューゲル(1525頃~1569)の絵に出てくる魚の怪物をモチーフにしたゆるキャラ「タラ夫」をはじめ、画中に出てくる不思議なモチーフをピンバッヂ化したカプセルトイ(ガチャガチャ)も登場しました。
そうした公式グッズに交じって、ここ数年クラシック音楽のCDを見かける機会が増えてきました。
その多くは、必ずしも展覧会向けに録音・制作されたわけではない普通のCDアルバムです。でもよく見てみると、その展覧会で特集されている画派と同じ時代・地域で生まれた音楽を扱っていたり、展示作品がジャケットに美しく使われていたり(それも、アルバム内容とのかかわりから必然的にその絵になった、というような音楽内容だったり)……何かしら展覧会の企画と関連性がみられるCDなのです。
たとえば、上述の「バベルの塔」展。16世紀前後のネーデルラント美術を中心とした展示だったことから、デュファイ、バンショワ、ファート、アグリコーラ……と、音楽史でいうネーデルラント楽派の同時代人たちの作品を収めたCDを多く見かけました。
CD「アグリコーラの音楽世界~フランドル楽派の多面性~」プロモーション映像
また、ベルギー20世紀を代表する奇才画家マグリット(1898~1967)を特集した展覧会(2015年・東京の国立新美術館および京都市美術館)の会場では、マグリット自身と同じ芸術サークル「新美学会」の一員だった作曲家アンドレ・スーリ(1899~1970)の室内楽曲集が売られていました。
他にも19世紀フランスの画家シャセリオー(1819~1856)の展覧会で、ロッシーニの室内楽曲集や1836年パリ製の歴史的楽器を使ったリストのピアノ曲集を見かけたり、最近ではベラスケスの傑作をはじめとする17世紀スペイン美術が集まる「プラド美術館展」のショップで、スペイン・バロック界隈の知られざる作曲家を扱ったアルバムがいくつか置かれていたり……。
2017年にはチェコ出身の画家ミュシャ(1860~1939)の大作『スラヴ年代記』を主軸に据えた展覧会で、チェコ随一の作曲家スメタナ(1824~1884)の《我が祖国》を収めたCDが売れていたのが話題になりましたが、このときはCDジャケットとブックレットが『スラヴ年代記』をカラー写真入りで解説する仕様になっていたことも大きかったようです。
展覧会では多くの場合、展示作品を見ながらイヤフォンで解説を聴ける音声ガイドも用意されています。この音声ガイドに、ショップで販売されているCDからとった音楽が盛り込まれていることも。
何百年も前に描かれた絵を前に、同じ国・地域で演奏されていた音楽を聴くことで、美術館での体験はいっそう濃密なものとなる……そのあとCDを見ると、いま見てきた絵と同じ画家の作品がジャケットに使われていたり、そうでなくても丁寧に作り込まれていることの多い外装の魅力とあいまって、つい欲しくなってしまう。買ったあとも、手に取るたび自分の体験を再確認できる記憶のよすがとして、CDという「もの」が存在感をもつわけです。
その意味で、ミュージアムショップにあるクラシックCDは「音楽だから」「音楽として」そこにあるわけではない、ということにもなるのでしょう
展覧会で、CDはどのくらい売れているのか
クラシック音楽ファンの方はお気づきかもしれませんが、CDショップ主体の従来のクラシック音楽CDマーケットでは「大きなセールスは望めない」と判断されやすい音盤が多いのも面白いところ。
しかし、たとえば「マグリット展」に登場したスーリのアルバムは、たった1箇所3カ月の展覧会期中だけで、全国CDショップで3~5年かけて売れてゆくのと同程度の販売数を記録しました。しかもベルギーの制作元がこれを発売したのは2001年。世界的にも15年以上眠っていた在庫が……というわけです。
また2012~13年の「エル・グレコ展」では、フランス小規模レーベルAlphaから発売されたスペイン・ルネサンスの作品集が、5ヵ月弱の展覧会期のうちに、発売以来9年間の日本での販売数の7倍も売れたそうです(日本発売元の株式会社マーキュリー調べ)。
そこまで大きな成功でなくとも、従来のクラシックCD市場では概して売れ筋とは思われてこなかった「古楽」つまりルネサンス~バロックの音盤が、展覧会内容にあわせて丁寧に選んでみたことで、概して全国CDショップ1年分以上に相当する売り上げが1箇所で、2~3カ月程度の美術展会期中に上がるタイトルが多いようです。ワーナークラシックの担当の方も、「ミュシャ展」で登場したスメタナ盤の売れ行きは「例外的ともいえる大成功」とのこと。開催期間中だけで、一般的なクラシックCD新譜を1年かけて全国で売る規模の販売数になったそうです。
CDを「見る」
スマートフォンなどで手軽に音楽を検索して聴けてしまう今、あえてCDを作りつづけている制作者たちには、それが「音楽を伝える媒体」どまりではない「もの」としてどう魅力的たりうるか?をよく考えている人が少なくありません。たとえばフランスのAlphaレーベルは立ち上げ当初、美術書を手がける出版社と同じ印刷所でパッケージを作っていましたし、ベルギーRicercarレーベルは一時、古書の装丁を強く意識した外装デザインを採用していました。
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