ブラームス以前にかくも陰影濃く味わい深い交響曲が女性作曲家の手で生まれていたとは
林田直樹さんが、今月ぜひCDで聴きたい3枚をナビゲート。6月はフランスの女性作曲家ルイーズ・ファランクの交響曲、バッハ《フーガの技法》とウェーベルンの弦楽四重奏曲が組み合わされたアルバム、ヴァイオリンの新星・金川真弓のデビュー盤が選ばれました。
1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...
DISC 1
交響曲の系譜にはまだ重要な作品群が眠っていた
「ルイーズ・ファランク:交響曲全集・序曲集」
インスラ・オーケストラ(ピリオド楽器使用)
収録曲
ルイーズ・ファランク(1804-1875)
《CD1》
交響曲 第1番 ハ短調 Op.32
交響曲 第3番 ト短調 Op.36
《CD2》
交響曲 第2番 ニ長調 Op.35
序曲 第1番 ホ短調 Op.23
序曲 第2番 ホ長調 Op.24
[ワーナーミュージック・ジャパン 5419.752210]
ベートーヴェン以降の交響曲の系譜において、こんなに重要な作品群があったのかと驚かれる向きもあるのではないだろうか。シューベルトはおろかシューマンの交響曲もまだ知られていなかった頃のパリで、こんなにも陰影の濃く味わい深い交響曲が、ブラームスに先んじて、女性作曲家の手によって生み出されていたとは驚きである。
この2枚組では、1842年にパリ音楽院で女性として初めて教授となったルイーズ・ファランク(1804~75)の3つの交響曲と2つの序曲を、合唱音楽にすぐれた実績を残してきた女性指揮者ロランス・エキルベと、インスラ・オーケストラ(ピリオド楽器=作曲当時の様式の楽器を使用)による、しなやかでダイナミックな演奏で楽しむことができる。
ベルリオーズの前衛的な作品群とはまったく別の方向、すなわち18世紀の様式を尊重し、引き締まった構成美の中で味わいを深めていくようなファランクの交響曲の存在意義は極めて大きい。谷戸基岩氏ほかによるライナーノートも、情報豊かで読みごたえがある。
DISC 2
研ぎ澄まされた世界観が病みつきに
「ウェーベルン&バッハ:弦楽四重奏とフーガの技法」
リヒター・アンサンブル
収録曲
J.S.バッハ:フーガの技法 BWV1080より コントラプンクトゥスI~IV《基本フーガ》
ウェーベルン:弦楽四重奏のための5つの楽章 Op.5(1909)
J.S.バッハ:フーガの技法 BWV1080より コントラプンクトゥスV~VII《ストレッタ・フーガ》
ウェーベルン:弦楽四重奏のための6つのバガテル Op.9(1913)
J.S.バッハ:フーガの技法 BWV1080より コントラプンクトゥスVIII~XI《2重・3重フーガ》
ウェーベルン:弦楽四重奏曲 Op.28(1937-38)
J.S.バッハ:フーガの技法 BWV1080より コントラプンクトゥスXII, XIII《鏡像フーガ》
J.S.バッハ:フーガの技法 BWV1080より コントラプンクトゥスXIV《未完の4重フーガ》
[キングインターナショナル KKC-6704]
ざらざらした弦の触感、とがった音型、静寂の極みにありながら心をざわつかせる雰囲気。意外性のある選曲と構成。これは病みつきになりそうだ。
高度な作曲技術にこだわりぬいた鋭敏な美学の結晶という意味では、ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(1685~1750)の最晩年の《フーガの技法》と、200年後のアントン・ウェーベルン(1883~1945)の弦楽四重奏のための作品群は、確かに通じ合うものがある。
このディスクでは、二人の作曲家の異なる時代の凝縮された作品たちが、交互に演奏される。その効果は抜群で、どんなにクラシック音楽の初心者であろうとも、バッハと隣り合わせることで、ウェーベルンの無調と十二音技法の響きの研ぎ澄まされた世界観に自然と魅了されてしまうのではないだろうか。
イギリス/ブラジルをルーツとするヴァイオリニスト、ロドルフォ・リヒターの率いるアンサンブルのみずみずしさも素晴らしい。ジャケットに用いられているのはシェーンベルクの絵画作品「思考」。その色彩の美しさも、演奏ともども印象的である。
DISC 3
これは本物!新星ヴァイオリニストのデビュー盤
「リサイタル 金川 真弓」
ジュゼッペ・グァレーラ(ピアノ)
収録曲
J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 第3番 ハ長調 BWV1005
武満 徹:妖精の距離
ドビュッシー:ヴァイオリン・ソナタ ト短調 L.140
ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ 第9番 イ長調 作品47《クロイツェル》
[オクタヴィアレコード OVCL-00802]
内面的で、本物のアーティストならではの見事なリサイタル盤である。
ドイツ生まれ、2018年ロン=ティボー国際コンクール第2位、翌19年チャイコフスキー国際コンクール第4位という実績をもつ金川真弓(かながわ まゆみ)のレコーディング・デビュー。
冒頭のバッハの無伴奏ソナタ第3番の入魂の始まり、そして高く舞い上がり大きく弧を描くような高揚感からして、「これはモノが違うぞ」という手応えがある。演奏者の息遣いまでもとらえる優秀な録音の効果も大きい。
バッハに続く武満徹《妖精の距離》、ドビュッシーのソナタ、そして最後のベートーヴェンの《クロイツェル》にいたる構成はバランスも良く、あたかも一夜のコンサートそのもののよう。すべての演奏に、深い静寂と、抑揚に満ちた呼吸があり、ハッとさせるような魅惑がある。何度も繰り返し聴きたくなる完成度の高さとフレッシュさがある。
金川自身の手による文章も興味深い。「私たちは7秒間の動画をスクロールし、一音をいくつにも切り編集し、すべての動物が生息地を失いつつある一方で、機械が猫を認識することを学習する時代に生きています」という言葉からは、今の時代にクラシック音楽を演奏し聴くことの意味を問いかける真摯な姿勢が伝わってくる。
関連する記事
ランキング
- Daily
- Monthly
関連する記事
ランキング
- Daily
- Monthly