映画『シュヴァリエ』公開。数奇な生涯を送った、クラシック史上初のアフリカ系作曲家
林田直樹さんが、今月ぜひCDで聴きたい3枚をナビゲート。7月はマリー・アントワネットの宮廷でも認められたサン=ジョルジュのヴァイオリン協奏曲集、サクソフォン・トリオAvant-Premièreのユニークなアルバム、来年のブルックナー・イヤーに向けて目が離せないロト&ケルン・ギュルツェニヒ管のディスクが選ばれました。
1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...
DISC 1
気鋭のヴァイオリニスト毛利文香のデビュー盤でカデンツァも作曲
「サン=ジョルジュ:ヴァイオリン協奏曲集第3集」
ミヒャエル・ハラース(指揮)
チェコ室内管弦楽団パルドビツェ
収録曲
ジョゼフ・ブローニュ・シュヴァリエ・ド・サン=ジョルジュ(1745-1799)
ヴァイオリン協奏曲 ト長調 Op.2 No.1 (1773年出版)
ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 Op.2 No.2 (1773年出版)
ヴァイオリン協奏曲 イ長調 Op.7 No.1 (1777年出版)
ヴァイオリン協奏曲 変ロ長調 Op.7 No.2 (1777年出版)
[ナクソス・ジャパン NYCX-10403]
カリブ海に浮かぶフランス領の島ドアグルーブで農園主と奴隷の間に生まれた作曲家ジョゼフ・ボローニュ・シュヴァリエ・ド・サン=ジョルジュ(1745-99)に、いま注目が集まっている。
クラシック音楽史上おそらく初のアフリカ系作曲家であり、剣士としても優秀だったサン=ジョルジュは自らのオーケストラを率いてパリで活躍し、マリー・アントワネットの宮廷でも認められるようになる。やがてフランス革命に巻き込まれたサン=ジョルジュは革命軍に入隊し、千人の有色人種から成る部隊を率いる大尉となった。その数奇な生涯は、日本でも公開が始まったばかりの映画『シュヴァリエ』(スティーヴン・ウィリアムズ監督)でも描かれている。
ナクソスも近年サン=ジョルジュの作品を次々と録音し続けてきたが、このディスクはパガニーニ国際コンクール第2位、エリーザベト王妃国際コンクール第6位など、数々のコンクールで成果を挙げたヴァイオリニスト毛利文香(もうり ふみか)のデビュー盤でもある。
ここに収められているのは、サン=ジョルジュも自らヴァイオリンを弾いたであろう協奏曲の数々。どれも明朗かつ優美で、11歳年下のモーツァルトにも影響を与えたのではと思われるほど。繰り返し聴いても飽きない見事な作品ばかりだ。毛利はカデンツァも自ら作曲し、艶やかで凛々しい演奏を楽しませてくれる。
DISC 2
ジャズ・バーで生まれたサクソフォン・トリオの柔らかくも危険なサウンド
「舞踏会の手帖」
鈴木広志(サクソフォン、アルト・フルート、アサラト)
上運天淳市(サクソフォン、ホイッスル)
東涼太(サクソフォン、ヴォーカル)
収録曲
パーセル:メアリー女王のための葬送音楽より 行進曲
上運天淳市:Golden Flog、メスカリン、ジャカランダ、springspring、tukutaka
プーランク:Valse
クルト・ヴァイル:ユーカリ・タンゴ
鈴木広志:建築組曲、白夜のリンゴ
ラモー:ロンド形式のミュゼット
クープラン:居酒屋のミュゼット
ダウランド:Come Again
サン=サーンス:死の舞踏
[ジパングプロダクツ ZIP-0065]
アルバム冒頭、17世紀イングランドの作曲家パーセルの《メアリー女王の葬送音楽》が、サクソフォンのアンサンブルで演奏される。そして次には《Golden Flog(黄金の蛙)》という不思議なタイトルの、変拍子のノリのいいオリジナル曲が続く。この流れに一気に魅了された。何としなやかで色気のある、柔らかくも危険なサウンドが展開されていることだろう。
プーランクのユーモラスなワルツ、ヴァイルの有名な《ユーカリ》のタンゴ編曲版、さらにはラモーやダウランドなどバロックの楽曲たちまでが、オリジナル曲とともに、下北沢のジャズバー「レディ・ジェーン」の世界へとすんなり馴染んでいく。最後はサン=サーンスの交響詩《死の舞踏》のサックス三重奏編曲版。始まりと終わりを「死」のイメージで結んでいる構成もいい。サックスの呼吸と静寂を美しく捉えた録音も優秀。
このアルバムを聴けば、誰もがこの非凡なサクソフォン・トリオAvant-Première(アヴァン・プルミエ)のライブに行きたくなるに違いない。ワインバー店主成田忠明、プロデューサー大木雄高によるライナーノーツも、このユニットへの愛情と理解、そして音楽的な雰囲気を伝える、味わい深い読み物となっている。
DISC 3
ブルックナーはもしかしたら前衛音楽だったのかもしれない
「ブルックナー:交響曲第4番 変ホ長調《ロマンティック》」(1874年第1稿)
ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団
収録曲
ブルックナー:交響曲第4番 変ホ長調《ロマンティック》(1874年第1稿)
[キングインターナショナル KKC-6696]
「ブルックナーとはこういうものだ」という既成概念を徹底的に叩き壊してくれる、そして改訂を重ねる前にブルックナーの楽想として最初にほとばしり出た交響曲とは、こんなにも異様な佇まいを持った独創的な作品だったのか、と驚かされる演奏だ。昨年(2022年)7月3日、東京オペラシティコンサートホールでの衝撃的な演奏を再びこうしてディスクでじっくりと聴けるのは本当にありがたい。
これは、ロマン派の交響曲の名作として親しまれている、あの《ロマンティック》ならではの、ゆったりと落ち着いたドイツの森のような世界とはずいぶん違う。もっとテンションの高い、ざわつくような、尖った響きが耳をしばしば襲う。異なった次元の世界へと聴き手を容赦なく連れ去っていくような音楽とでも言おうか。もしかしたらブルックナーとは、本質的には前衛なのであって、改訂を重ねるたびに、当時の世間の常識や好みに合わせていくような形で、角の取れた円い作品へと整理していったのではないかとさえ思えてくる。
1971年生まれのフランスの指揮者フランソワ=グザヴィエ・ロトは、オーケストラの響きのあり方を常に根底から問い直す人だ。1827年創設のケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団は、ロトを首席指揮者ならびにケルン市の音楽総監督に迎えて以来、飛躍的に評判を高めている。この演奏の成功も、単なる版の違いだけではなく、ロトの響きそのものに対する取り組みがラディカルだからこそ成し遂げられたものだろう。
来年(2024年)はブルックナー生誕200年の記念イヤーだが、このコンビが台風の目となることは間違いない。
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