近代フランス詩人の言葉の錬金術に、作曲家がどれほど繊細であろうとしたか
林田直樹さんが、今月ぜひCDで聴きたい3枚をナビゲート。2月は、フランスのソプラノ歌手サンドリーヌ・ピオーによる近代フランスの詩を題材にした歌曲集、フランソワ=グザヴィエ・ロト指揮レ・シエクルによるサン=サーンスの管弦楽曲の録音、ポーランドの実力派ピアニスト、アンデルシェフスキが東欧近代の重要な作曲家3人のピアノ作品を並べたアルバムが選ばれました。
1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...
DISC 1
最高に洗練された幻想的な音楽を堪能できる1枚
「反映~管弦楽伴奏によるフランス歌曲集」
収録曲
エクトル・ベルリオーズ(1803-1869):夏の夜 H 81 より 薔薇の幽霊
アンリ・デュパルク(1848-1933):悲しき歌、旅への誘い
シャルル・ケクラン(1867-1950):エドモン・アロクールの4つの詩 Op.7 より 一面の水、妖精の時代、3つのメロディ Op.17 より エピファニー
クロード・ドビュッシー(1862-1918)/アンドレ・カプレ(1878-1925)編曲:ベルガマスク組曲 L. 75 より 月の光 (管弦楽のみ)
モーリス・ラヴェル(1875-1935):ステファヌ・マラルメの3つの詩 ため息(イーゴリ・ストラヴィンスキーに捧ぐ)、虚しき願い(フローラン・シュミットに捧ぐ)、ふくらみから飛び出した(エリック・サティに捧ぐ)
ドビュッシー/エルネスト・アンセルメ(1883-1969)編曲:6つの古代の墓碑銘 L. 131 より 第6曲 朝の雨に感謝するために (管弦楽のみ)
ベンジャミン・ブリテン(1913-1976):4つのフランスの歌 6月の夜、叡智、子供時代、秋の歌
[ナクソス・ジャパン NYCX-10444]
ボードレール、ゴーティエ、マラルメ、ヴェルレーヌら近代フランスの詩を題材に、最高に洗練された幻想的な音楽を堪能できる1枚。
1965年生まれのフランスのソプラノ歌手サンドリーヌ・ピオーは、バロック音楽からキャリアをスタートさせて世界的に高い評価を得てきただけあって、優しい情感あふれる清純な歌声が素晴らしい。まるでラファエル前派の絵画の中から抜け出してきた女性のようだ。
冒頭のベルリオーズ《夏の夜》の「薔薇の幽霊」からして、一気に引き込まれる。ロマン派の詩人ゴーティエの語る、天国からやってきた薔薇の幽霊のささやきには誰しもが心震えるだろう。甘い夢の彼方へと誘うデュパルク=ボードレールの名作「旅への誘い」や、間奏曲風に挟み込まれるドビュッシー《月の光》(カプレ編)にホッとさせられながら、このアルバムの核心であるケクラン、ラヴェル、ブリテンの歌曲へと歩みを進めていく構成の何と見事なことだろう。とりわけラヴェルの「マラルメの3つの詩」は、精緻な音の戯れによる耽美主義の極致だ。この流れに英国の作曲家ブリテンによるフランス語歌曲が自然に入ってくるのも面白い。
指揮のジャン=フランソワ・ヴェルディエはパリ・オペラ座の首席クラリネット奏者出身。ヴィクトル・ユーゴー管弦楽団はブルゴーニュを本拠にフランスの地域圏の文化を体現するオーケストラ。その繊細で雰囲気豊かな演奏は、ピオーの歌唱と響き合って、並々ならぬ実力を感じさせる。
詩人たちの言葉の錬金術に対して、作曲家たちがどれほど徹底的に繊細であろうとしたかが伝わってくる、これはじっくり付き合いたいアルバムだ。対訳と解説もいい。
DISC 2
細部までこだわった響きでサン=サーンスの再評価を推し進める
「サン=サーンス:交響詩集」
収録曲
サン=サーンス:交響詩「ファエトン」Op.39、交響詩「ヘラクレスの青年時代」Op.50、交響詩「オンファールの糸車」Op.31、交響詩「死の舞踏」Op.40、歌劇「サムソンとデリラ」~バッカナール
動物の謝肉祭(全曲)、映画音楽「ギーズ公暗殺」Op.128(全6曲)
[キングインターナショナル KKC-6761/2]
フランスの大作曲家サン=サーンス(1835-1921)は、古典的な美学を保ちながら20世紀まで長く活躍を続けたため、保守的とみなされ不当に軽視されてきたが、近年その音楽の均整の取れた美しさが見直されている。この2枚組アルバムは、そんなサン=サーンスへの再評価をさらに大きく前進させるものだ。
1971年生まれのフランスの指揮者フランソワ=グザヴィエ・ロトは、作曲家の生きていた当時の楽器や演奏法をレパートリーに応じて柔軟に取り入れるオーケストラ「レ・シエクル」を率いて、ベートーヴェンからストラヴィンスキーに至るまで、常に刺激的な演奏を展開し続けている、音楽界の台風の目のような存在。
本作には、サン=サーンスの管弦楽曲の名作《死の舞踏》《動物の謝肉祭》、オペラ《サムソンとデリラ》から「バッカナール」など、そして史上初の映画音楽といわれる《ギーズ公の暗殺》(1908年公開)のような珍しい作品までが収められている。
ロトとレ・シエクルの演奏は、たとえば《動物の謝肉祭》では二人のピアニストがすぐ近くで向かい合って弾くことのできる珍しい「対面型ダブルピアノ」(1928年プレイエル製)を使用するなど、細部まで昔の響きにこだわっている。現代のオーケストラと比べると、一つひとつの楽器の音色が渋くて味が濃い。そこから漂う独特の香りは、繰り返し聴くほどにやみつきになる。長文の解説とインタビューも読み応えがある。
DISC 3
人間生活の根源が「土とともに生きる」ことなのだと伝えてくれる
「ヤナーチェク、シマノフスキ、バルトーク:ピアノ作品集」
収録曲
ヤナーチェク:『草陰の小径にて』第2集
シマノフスキ:『20のマズルカ集 Op.50』よりNo.3 Moderato、No.7 Poco Vivace – Tempo oberka、No.8 Moderato (non troppo)、No.10 Allegramente – Vivace – Con brio
No.5 Moderato、No.4 Allegramente, risoluto
バルトーク:14のバガテル Op.6 Sz.38(全14曲)
[ワーナーミュージックジャパン 5419.789127]
常にその動向から目が離せない真の実力派ピアニスト、1969年ワルシャワ生まれのピョートル・アンデルシェフスキの最新アルバムは、近代の東欧の重要な作曲家3人――ヤナーチェク、シマノフスキ、バルトークのピアノ作品を並べて、その同質性と違いについて考えさせてくれる見事な内容だ。
「ここに収録された作品には、どれも反逆の精神がこもっている」とアンデルシェフスキは言う。「様式化や作法の入り込む余地はない。いずれも音楽の根源そのものから汲み出されているからだ」とも。
このアルバムでは、アンデルシェフスキ特有の緻密かつ大胆で、しなやかなピアニズムが遺憾なく発揮されている。ヤナーチェク《草陰の小径にて》第2集第5曲の地の底に響くような圧倒的なダイナミズム、シマノフスキ「20のマズルカ集op.50」第4曲の野性的な大地の香り、バルトーク「14のバガテルop.6」第14曲のどこに向かうかわからないような自由奔放な踊りの面白さ。いずれも人間生活の根源が「土とともに生きる」ことなのだということを伝えてくれる。
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