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2025.01.31
「林田直樹の今月のおすすめアルバム」

【林田直樹の今月のおすすめアルバム】心を鷲掴みにされる、女王アルゲリッチのピアノ協奏曲

林田直樹さんが、今月ぜひ聴いておきたいおすすめアルバムをナビゲート。 今月は、Apple Music Classicalで必聴のウィーン・フィル×アルゲリッチ、作曲家・西村朗の最晩年3作品のライブ盤、カウンターテナー・フィリップ・ジャルスキーのシューベルト歌曲集が選ばれました。

林田直樹
林田直樹 音楽之友社社外メディアコーディネーター/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

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Recommend 1

心を鷲掴みにされる、女王アルゲリッチの奔放なピアノ

シューマン:ピアノ協奏曲イ短調、ブルックナー:交響曲第4番変ホ長調「ロマンティック」

マルタ・アルゲリッチ(ピアノ)、ズービン・メータ(指揮) ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
Apple Music Classical
※同一演奏の映像を収録したDVDとブルーレイがC-Majorレーベル(国内盤はキングインターナショナル)から発売中

熱い吐息が感じられるような、素晴らしいシューマンだ。さすが女王アルゲリッチ、老いを微塵も感じさせない奔放なピアノは、最初の一撃から華麗なエンディングに至るまで、聴き手の心を鷲掴みにして離さない。一方、メータ指揮ウィーン・フィルも堂々たる貫禄で、弦の震えるように甘美な旋律の歌わせ方には思わず息を呑む瞬間がある。

メインのブルックナー「第4番」は、いかにもウィーン・フィルらしいゆったりとした呼吸感で、聴き手はその流れに安心して身を委ねることができる。とくにスケルツォの悠然たる音楽の運びは、すさまじい重量感だ。メータの指揮はオーケストラの自主性に任せた“無作為の極意”ともいえる境地を感じさせる。

これは2022年9月の録音で、ウィーン・フィルがApple Music Classicalで配信する定期演奏会のライヴの中でも、真っ先に聴きたいもののひとつだ。

そのほかにも、ムーティ指揮の2025年ニューイヤーコンサートや初演200年記念演奏会でのベートーヴェン「第9番」、メンデルスゾーン「宗教改革」やベルリオーズ「幻想交響曲」、ティーレマン指揮のシェーンベルク「浄夜」とR.シュトラウス「アルプス交響曲」、ブロムシュテット指揮のニールセン「第5番」とブラームスのヴァイオリン協奏曲(ソロはレオニダス・カヴァコス)、バレンボイム指揮のマーラー「第7番」とリストのピアノ協奏曲第1番(ソロはマルタ・アルゲリッチ)、ウェルザー=メスト指揮のマーラー「第9番」やドヴォルジャーク「第8番」、アルティノグリュ指揮のサン=サーンス「第3番」やフランク、アデス指揮の自作曲「死の舞踏」など、垂涎のラインナップが揃っている。とくに、強烈な音楽のうねりを聴かせるソヒエフ指揮のチャイコフスキー「第4番」は必聴といえるだろう。

Apple Music Classicalでのウィーン・フィルのライヴ録音が今後どのように充実していくのか、楽しみである。

Recommend 2

作曲家・西村朗の最晩年の作品3作を収録した貴重なライヴ盤

「華開世界/西村 朗 管弦楽作品集」

NHK交響楽団/杉山洋一(指揮)
小栗まち絵(ヴァイオリン)/篠﨑和子(ハープ)
上田希(クラリネット)/いずみシンフォニエッタ大阪
小菅優(ピアノ)/パシフィックフィルハーモニア東京
飯森範親(指揮)

収録曲
西村朗:
[1] 華開世界~オーケストラのための(2020)
[2] 三重協奏曲〈胡蝶夢〉~ヴァイオリン、ハープ、クラリネットと管弦楽のための(2023)
[3] ピアノとオーケストラのための〈神秘的合一〉(2023)

[カメラータ・トウキョウ CMCD-28393]

2023年9月、70歳の誕生日を目前に急逝した作曲家・西村朗の最晩年の作品3作を収録した貴重なライヴ盤。これは、死の1か月前に自らの「最後のCD」として、これまで数多くの作品をリリースしてきたカメラータ・トウキョウに制作を託したものである。

《華開世界》(かかいせかい)は鎌倉時代の僧・道元の言葉を契機とした作品で、花々のつぼみが次々と開いていく様子に、独自の死生観が重ねられている。
三重協奏曲《胡蝶夢》は、中国の思想家・荘子の逸話を基にした作品。夢の中で蝶になった荘子が、花々の間を舞いながら楽しい時を過ごしていたが、急に目覚めて現実に戻るというもの。ヴァイオリンとクラリネットは蝶もしくは人、そしてハープはそのどちらでもない「本性」を表しているという。
《神秘的合一》は作曲途中で体調を崩したため、もともと構想していた3楽章のうち、第2楽章として書いたものを一つにまとめあげた遺作である。

いずれも、西村が日本のみならずアジア広域にわたる宗教や思想、文化への深い理解を基に展開してきた独自の世界観が反映されている。最後のアルバムにふさわしく、どの作品も西村らしい曲がりくねった妖艶な響きが冴えわたり、極彩色の宇宙が体感できる。とくに「神秘的合一」(2024年1月27日初演)での小菅優のピアノは、鬼気迫るものがある。

Recommend 3

フィリップ・ジャルスキーの至純な祈りの歌声

「アヴェ・マリア~シューベルト歌曲集」

フィリップ・ジャルスキー(カウンターテナー)
ジェローム・デュクロ(ピアノ)

収録曲
1 万霊節のための連禱 D343
2 秋 D945
3 君はわが憩い D776
4 再会 D855
5 漁夫の愛の幸せ D933
6 鱒 D550
7 春に D882
8 ミニョンの歌「ただあこがれを知る者だけが」~「ヴィルヘルム・マイスター」からの4つの歌より D877/4
9 音楽に寄せて D547
10 ギリシャの神々 D677
11 ミューズの子 D764
12 最初の喪失
13 夕映えに D799
14 歌(シルヴィアに) D891
15 夜と夢 D827
16 星 D939
17 夕星 D806
18 エレンの歌第3番(アヴェ・マリア) D839
19 夜の曲 D672
20* セレナード~歌曲集「白鳥の歌」 D957より
*日本盤のみボーナストラック

[ワーナーミュージック・ジャパン WPCS-13870]

冒頭の「万霊節のための連禱」からして、至純な祈りの歌声にうっとりさせられる。何と柔らかくクリーミーな声だろう。これまでポルポラやヘンデル、ヴィヴァルディの技巧的なアリアで比類ない歌唱を披露してきたフィリップ・ジャルスキーが、こんなにもシューベルトに合うとは驚きだ。

カウンターテナーとは、かつてバロック期に一世を風靡したカストラートの代用としての男の裏声アルトというだけでなく、より自然で繊細、自由な可能性を秘めた新しい声の在り方を示すものだ。フランス生まれのジャルスキーは、まずヴァイオリニスト、次いでピアニストとして学び、18歳から声楽に転向した。彼にとってシューベルトの音楽は常に身近な存在であり、今回のアルバムは「シューベルトの非凡な才能とドイツ語への愛の宣言」でもあるという。

シューベルトの歌曲は連作歌曲集だけでなく、単独の1曲にも偉大な作品が数多く存在する。今回のアルバムはそうした楽曲を中心に選曲されており、「君はわが憩い」「春に」「夜と夢」のような、しみじみと心に染み入る曲では、言葉の扱いや声の余韻が際立って美しい。ジェローム・デュクロの詩情豊かなピアノとの共演も見事で、比類なき美しさを生み出している。

林田直樹
林田直樹 音楽之友社社外メディアコーディネーター/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

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