【林田直樹の今月のおすすめアルバム】ベートーヴェン愛を感じる、バティステの味わいのあるピアノ
林田直樹さんが、今月ぜひ聴いておきたいおすすめアルバムをナビゲート。 今月は、ジョン・バティステの「ベートーヴェン・ブルース」、尾高ブルックナーの初期交響曲集、ロト&レ・シエクルの歌劇「ナイチンゲール」が選ばれました。
1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...
Recommend 1
不思議と癒される、ジャジーなクラシックの名曲
ベートーヴェン・ブルース
収録曲
エリーゼのために - バティステ
交響曲第5番 - ストンプ
月光ソナタ - ブルース
ダスクライト・ムーヴメント※
交響曲第7番 - エレジー
アメリカン・シンフォニーのテーマ※
歓喜の歌
交響曲第5番 - イン・コンゴ・スクウェア
ヴァルトシュタイン - ウォブル
ライフ・オブ・ルートヴィヒ※
エリーゼのために - レヴェリー
※ジョン・バティステ新曲
[ユニバーサルミュージック UCCV-1209]
クラシック音楽のジャズ化にはたくさんの実例があるが、これはかなりおもしろいと思う。
このアルバムでは、「エリーゼのために」、交響曲第5番《運命》第1楽章、ピアノ・ソナタ《月光》第1楽章、同《ワルトシュタイン》第1楽章、交響曲第7番第2楽章、交響曲第9番より「喜びの歌」などがジャズ化されているが、和声やアドリブの驚くような変化があっても、ちゃんと原曲に対するリスペクトが感じられるところがいい。この人はベートーヴェンを愛しているということがわかるジャズ化なのだ。
ジュリアード音楽院でジャズを学び、プリンスやビヨンセとも共演歴があり、ピアニスト、シンガーソングライター、テレビパーソナリティとしても活躍するジョン・バティステは、2022年にはグラミー賞を、2021年にはディズニー/ピクサー映画「ソウルフル・ワールド」でアカデミー賞も受賞している。
バティステは自らの音楽スタイルを「ニューエイジ・ブルース・ピアノ」と名付けており、ベートーヴェンの音楽とブルースやゴスペルとの共通性にも着目しているという。ともあれ、これは不思議に癒される、くせになりそうな味わいのあるピアノである。
Recommend 2
気品に満ちた、尾高ブルックナーの初期交響曲集
ブルックナー:初期交響曲集
収録曲
ブルックナー:
交響曲 第0番 二短調 〈ノーヴァク版〉
交響曲 第1番 ハ短調 〈1865/66 リンツ稿 ノーヴァク版〉
交響曲 第2番 ハ短調 〈1877第2稿 キャラガン版〉
[フォンテック FOCD9919/21(3CD)]
ブルックナーにかけては朝比奈隆時代以来の確固たる伝統を誇る大阪フィルが、音楽監督の尾高忠明とともに、新しいブルックナー像を築き上げている。その歩みはフォンテックからリリースされ続けているが、今回の第7弾は第0番、第1番(ノーヴァク版:1865/66第1稿=リンツ稿)、第2番(キャラガン校訂版:1877年第2稿)を3枚組にまとめたもの。
これは何と明快な、堂々たる構成力とドラマを秘めた演奏だろう。朝比奈時代の重量感を残しつつも、整然たる響きがあり、気品に満ちている。
私見ではブルックナーに関心のある人は初期こそ聴いてほしいと思う。もちろん晩年の巨大交響曲はあまりにも素晴らしいが、初期(とはいっても40代半ば)の交響曲もみずみずしい魅力たっぷりだし、ブルックナー独自の個性が早くから確立されていたこと、その革新性を耳で実感する意味は大きい。晩年のブルックナーが第0番(第1番より後に書かれた)や第1番のことを気にかけていた事実も忘れてはならない。
今回の3枚組は、じっくりと初期交響曲に腰を据えて向き合う良い機会になるだろう。
Recommend 3
ロト&レ・シエクルの「ナイチンゲール」新解釈
ストラヴィンスキー:歌劇「ナイチンゲール」
シリル・デュボワ(テノール:漁師/日本の大使)
シャンタル・サントン・ジェフェリー(ソプラノ:料理人)
ロラン・ナウリ(バス・バリトン:従者)
ヴィクトル・シカール(バス:僧侶)
ロドルフ・ブリアン(テノール:日本の大使)
フランチェスコ・サルバドーリ(バリトン:日本の大使)
ジャン=セバスティアン・ブー(バリトン:中国の皇帝)
ルシール・リシャルド(コントラルト:死神)
アンサンブル・エデス(合唱)
マチュー・ロマーノ(合唱指揮)
レ・シエクル(ピリオド楽器オーケストラ)
フランソワ=グザヴィエ・ロト(指揮)
収録曲
ストラヴィンスキー:歌劇「ナイチンゲール」(歌唱:フランス語)
[ワーナーミュージック・ジャパン 5419.762404]
ストラヴィンスキーが3大バレエ音楽(火の鳥、ペトルーシュカ、春の祭典)のすぐ後に完成させた、アンデルセンの童話を原作とするオペラ「ナイチンゲール」(初演は1914年5月)は、おとぎ話の雰囲気、中国風の異国情緒に、「春の祭典」を成功させた作曲家ならではのモダニズム的な響きが加えられた作品である。
フランソワ=グザヴィエ・ロトの指揮するオーケストラ、レ・シエクル(20世紀初期のフランスの楽器を使用)は、精妙な響きによって醸し出される夢幻的な音楽の魅力をたっぷりと伝えてくれる。
何よりも耳をひくのは、バロック音楽で実績あるサビーヌ・ドゥヴィエルのソプラノによるナイチンゲールの歌声で、人間離れした神秘の領域にある鳥の声そのもの。シリル・デュボワのテノールによる漁夫の声も、物語の詩情をひきたてている。
ちなみに、この演奏は2023年3月にパリのシャンゼリゼ劇場でのライヴ録音だが、実際の舞台上演でのオリヴィエ・ピイの演出はかなり現代的だった(プーランクのオペラ「ティレジアスの乳房」とのダブルビル)。中国の皇帝は、ベッドでtwitterの鳥のマークのロゴのついたノートパソコンを手放さないまま死神に取りつかれ、病み衰えていく。それを救うのがナイチンゲールの歌なのである。
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