【林田直樹の今月のCDベスト3選】武満徹の映像音楽/波多野睦美/カテーナ
林田直樹さんが、今月ぜひCDで聴きたい3枚をナビゲート。CDを入り口として、豊饒な音楽の世界を道案内します。
1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...
DISC 1
武満徹のノスタルジックな音楽が今に蘇る
「波の盆 武満徹映像音楽集」
収録曲
武満徹:「夢千代日記」、組曲「太平洋ひとりぼっち」、「3つの映画音楽」(「ホゼー・トレス」「黒い雨」「他人の顔」)、「波の盆」
[キングレコード KICC-1600]
待ちに待ったアルバムがようやく登場した。
クラシックの現代音楽の作曲家、というだけでなく、年に300本以上は観るほど映画好きで、ポップソングやビートルズのギター編曲版なども手掛けるなど大衆的な側面も持っていた作曲家・武満徹(1930-96)は、映画やテレビドラマのための音楽も多く書いていた。
なかでもテレビドラマ「波の盆」(1983年日本テレビ系列、倉本聰原作、笠智衆主演、実相寺昭雄監督)のために書かれた音楽は、ノスタルジックな響きと陰影にあふれる知る人ぞ知る名曲で、長らく新録音が待たれていたものだ。
さらには「夢千代日記」(1981年NHKテレビドラマ、吉永小百合主演、浦山桐郎監督)、芥川也寸志との共作によるオーケストラのための組曲「太平洋ひとりぼっち」(1963年日活映画、石原裕次郎主演、市川崑監督)など、古き良き昭和の香りを伝える選曲・構成がうれしい。
耳を傾けていると、すっかりしみじみとした気分にさえなってくるが、決してそれだけではない。これらの作品の最大の理解者でもある尾高のタクトのもと、N響の格調高い演奏によって、どの曲もテレビの画面や映画館の銀幕をはるかに越えた、新たな想像力の広がりを喚起してくれる。
DISC 2
波多野睦美のしなやかな歌の魅力が結晶したアルバム
「想いの届く日」
収録曲
ガルデル:想いの届く日、ロジャース:私のお気に入り、パーセル:ソリチュード、ピアソラ:もしもまだ、オブリビオン、ガルデル:首の差で、ラカジェ:アマポーラ、プーランク:愛の小径、モリコーネ:もし〜ニューシネマパラダイス、メンデス:ククルクク・パロマ、他
[Office Sonnet MHS-007]
古楽に始まり現代作品に至るまで、しなやかで独自の歌を歌い続けている歌手・波多野睦美ならではの魅力が、ユニークな形で結晶している新作アルバム。
何と自然で無理がなく、繊細な濃淡のニュアンスにあふれ、その音楽の底には客観性と厳しさを秘めていることだろう。北村聡のバンドネオンと、田辺和弘のコントラバスは、内省的でありながら熱い想いを伝えるもので、声との相性は抜群だ。
タイトル曲「想いの届く日」(ガルデル)、「私のお気に入り」(ロジャース)、「私はマリア」(ピアソラ)、「アルフォンシーナと海」(ラミレス)、「愛の小径」(プーランク)、「もし~ニューシネマパラダイス」(モリコーネ)など、時代も国境もジャンルも越えて、さまざまな歌が楽しめる。
とりわけ、イギリスのバロック歌曲の名作を、コントラバスのジャズ的なピチカートの歩みの際立つアレンジによって、今の時代ならではの孤独な歌へと新たに生まれ変わらせた「ソリチュード」(パーセル)は印象深い。
親しみやすいだけでなく、対訳の言葉と合わせて、じっくりと付き合いたくなる1枚だ。
DISC 3
イタリアの実力派ピアニストによる深々とした響きのシューマン
「シューマン:謝肉祭、幻想小曲集、クライスレリアーナ、幻想曲」
収録曲
シューマン:謝肉祭 作品9、幻想小曲集 作品12、3つの幻想小曲集 作品111、クライスレリアーナ 作品16(第2稿)、幻想曲 ハ長調 作品17
[カメラータ・トウキョウ CMCD-15161-2](2枚組)
若くて華やかなアーティストの瞬間風速をとらえるのではなく、たとえ地味でも本物のアーティストと信頼関係を結び、時間をかけて良いものを作ること。
カメラータ・トウキョウのリリースするアルバムは、すべてその方針で一貫しているが、イタリアの実力派ピアニスト、コスタンティーノ・カテーナとの作業もその一つである。
哲学や心理学の学位も修めているというカテーナの演奏は、ピアニスティックな技巧に陥りすぎることなく、たっぷりと深々と、交響的なまでにピアノを響かせる。
録音会場としてカメラータがよく使用しているイタリアの聖クローチェ美術館の潤いある残響は、見事な相乗効果をもたらしている。1枚目がスタインウェイ、2枚目がファツィオーリと、ピアノを使い分けているのも興味深い。
この2枚組アルバムは、2016年から2018年にかけて3年がかりで録り貯めたもので、20歳代のシューマンの有名作品が中心となっている。
決して神経質すぎない、ゆとりある演奏なのだが、それだからこそいっそうシューマン特有の気分の変化ひとつひとつを、しっかりと味わい尽くすことができる。次回作も楽しみだ。
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