祝・ラヴェル150歳!~9人の演奏家の「大切な1曲」と誕生日メッセージ
2020.06.27
136年前の今日、ドビュッシーのカンタータ《放蕩息子》初演!
1925年6月6日、パリでプロコフィエフの交響曲第2番が初演されました。ロシア人の指揮者、作曲家、コントラバス奏者のクーゼヴィッキーからの依頼によって作曲された作品で、初演も彼が指揮しました。
1921年にパリでバレエ《道化師》が好評を博し、1923年からパリに住んでいたプロコフィエフ。当時のパリでは、キュビズム(ピカソとジョルジョ・ブラックによって創始された多角的に、立体的に描こうとする動き)が流行し、「フランス6人組」(ルイ・デュレ、アルテュール・オネゲル、ダリウス・ミヨー、ジェルメーヌ・タイユフェール、フランシス・プーランク、ジョルジュ・オーリック)が活躍しはじめたところでした。
こうした時流にのって、プロコフィエフは負けじと現代的な作品を書こうとしたのです。交響曲第2番の作曲当初の構想は、「鉄とはがねで作られた」大交響曲。2楽章からなり、第2楽章は20分を超える長大な変奏曲です。
6月6日にクーゼヴィッキーの指揮によって初演されたが、聴衆は何の反応も示さなかった。「自分は二流作曲家たるべく運命付けられているのではあるまいか」という疑念を、彼ははじめて抱くことになった。
『作曲家別名曲解説ライブラリー プロコフィエフ』(音楽之友社)23ページより
初演の反応は悪かったものの、不協和音や複雑なリズムのなかにもロシアの旋律がひそんでいるため親しみやすく、今ではなぜ難解というレッテルをはられてしまったのか不思議なほどに評価されているそうです。それぞれの旋律に耳を傾けてみましょう。