読みもの
2022.01.21
高坂はる香の「思いつき☆こばなし」第96話

指揮者の沼尻竜典さんの「ベルリンの壁」崩壊時にドイツ留学していた話から

高坂はる香
高坂はる香 音楽ライター

大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動...

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先日発売された「音楽の友」2月号は、指揮者の沼尻竜典さんが表紙です。インドカレー好きということで親しみを感じている指揮者さんなのですが、わたくし今回、そんな沼尻さんの巻頭インタビューを担当いたしました。

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1964年、前回の東京オリンピックの開幕前日にお生まれになり、昭和の歌謡曲やコマーシャルソングの魅力にハマっていたという少年時代、ピアノを学ぶうち、作曲家、指揮者を目指すことになった過程、オペラ指揮者として日本とドイツで活躍した近年、そしてこれからについて、たっぷりお話を伺っています。

沼尻竜典(ぬまじり・りゅうすけ)

びわ湖ホール芸術監督、トウキョウ・ミタカ・フィルハーモニア音楽監督。2022年度より神奈川フィルハーモニー管弦楽団音楽監督に就任。1990年、ブザンソン国際指揮者コンクールで優勝。これまでにドイツのリューベック歌劇場音楽総監督など数々のポストを歴任。びわ湖ホールでは1998年の開館より、「青少年オペラ劇場(現・オペラヘの招待)」「プロデュースオペラ」、「沼尻竜典オペラセレクション」において数々のプロダクションを指揮、2017年より4年間かけてミヒャエル・ ハンペの新演出による《ニーベルングの指環》を上演。2017年紫綬褒章。

沼尻竜典指揮 トウキョウ・ミタカ・フィルハーモニアのモーツァルト・アルバム

そのなかで、私が実はもっとその詳細を聞きたいと思ったのが、1989年からベルリン芸術大学に留学されたときのお話です。

1989年といえば、ベルリンの壁が崩壊したその年であります。沼尻さんは同年の春からドイツのフライブルクに渡り、半年語学を勉強して、10月からベルリンへ。その翌月に壁が崩壊したそうです。

本誌では文字数の都合で書ききれませんでしたが、当時の記憶についてのお話がとても印象的でした。沼尻さん曰く、壁が崩壊したとたん、東ドイツから、テレビでしか見たことのなかった西側の世界を見ようとたくさんの車が入ってきたそう。

そして、そんなただ見物するためだけにやってきた東ドイツからの車によって、ベルリン市内は大渋滞。渋滞に巻き込まれたオーケストラ団員や聴衆が会場に到着できなかったりして、ベルリン・フィルのコンサートもよく開演時間が遅れたそうです。

この空気の変化を肌で感じているというのは、ものすごく貴重なことですよね。壁崩壊前に東ベルリンにオペラを観に行ったときのご経験などは、ソ連時代に書かれたショスタコーヴィチを演奏するうえでとても役に立つともおっしゃっていました。

と、このお話を聞きながら私が思い出していたのは、須賀しのぶさんの小説『革命前夜』です。

この小説の舞台はまさにそんな、壁が崩壊する頃のドイツ。主人公は、東ドイツのドレスデンの音楽大学にピアノを学ぶため留学した眞山柊史。日本人という、政治的な意味では部外者としてこの地にやってきた彼が、他の若い演奏家たちと音楽で惹かれ合い交流を深め、政治的なトラブルに巻き込まれていくさまが、ドラマティックに描かれています。

そのうえ、音楽学生が抱えるさまざまな感情、音楽的な描写も詳細で生々しい。須賀さんご自身が音楽留学経験があるのかと思ったら、まったくそういうことではないらしいので、本当に綿密な取材の上で書かれたのでしょう。

ちなみに須賀しのぶさんは、第二次世界大戦前後のポーランドを舞台にした『また、桜の国で』という作品もお書きになっています。ショパンの「革命のエチュード」が重要なモチーフとして登場するこの小説は、戦争の残虐さや敗戦国が味わう苦難はもちろん、ポーランドの歴史やポーランドと日本との関係についても多くのことを教えてくれます。

ショパンの「革命のエチュード」Op.10,No.12

高坂はる香
高坂はる香 音楽ライター

大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動...

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