神奈川フィル・新音楽監督に沼尻竜典、いよいよ来春始動~アイデア満載の3シリーズ
武蔵野音楽大学音楽学学科卒業、同大大学院修了。現在、武蔵野音楽大学非常勤講師。『音楽芸術』、『ムジカノーヴァ』、NHK交響楽団『フィルハーモニー』の編集に携わる。『最...
躍進する神奈川フィルに、さらなる成長を
かねてより楽壇が注目していた、神奈川フィルハーモニー管弦楽団の第4代音楽監督・沼尻竜典の就任が正式に発表され、2022-23シーズンのプログラムが、9月30日、記者会見で発表された。
神奈川フィルの近年の躍進はめざましい。
2014年に川瀬賢太郎が国内プロ・オーケストラ最年少のシェフとして常任指揮者に就任し、意欲と革新性溢れるプログラムを打ち出した。
川瀬賢太郎が任期満了(2022年3月)までの公演について語る動画
石田泰尚、﨑谷直人の2人の人気ソロ・コンサートマスターがメンバーを率いて一体となり、再生とも言えるほど存在感を一気に盛り上げてきた。公益財団法人へと移行したのも同年のことだ。
石田泰尚と﨑谷直人によるコンサートマスター対談
50周年を迎えた2020年には、さらに地元への眼差しを強化。本拠地3ホール(横浜みなとみらいホール、神奈川県立音楽堂、神奈川県民ホール)以外での巡回主催公演フューチャー・コンサートシリーズをスタートさせ、県内7~8ヵ所でオリジナルなプログラムを聴かせ、来シーズンも数多く予定されている。
沼尻竜典は2007年、びわ湖ホール第2代芸術監督に就任と同時に「沼尻竜典オペラ・セレクション」シリーズを立ち上げ、数々の近代オペラを上演してきた。また、前監督の若杉弘がヴェルディ作品を集中的に上演していた「プロデュースオペラ」シリーズを、国内外の劇場と大作オペラを共同制作する形に変え、R.シュトラウス《ばらの騎士》(2008)やワーグナー《ワルキューレ》(2013)などを、9年間にわたり神奈川県民ホールにおいて上演。神奈川フィルと共演を重ねた。
「通常の定期公演だと2~3日練習して本番に至りますが、オペラは稽古期間が2週間くらいと長いので、お互いをさらけ出し、交流が深まります」(沼尻)。
沼尻は、オペラ、オーケストラのような大編成のジャンルだけでなく、びわ湖声楽アンサンブルや東京混声合唱団などまで、常に洗い直すごとくにスコアを読み直し、作曲家の意図に迫り、作品の真髄を聴かせる。その円熟は近年加速している。
例えば、東京混声合唱団が多様な指揮者で40年以上毎年聴かせてきた《原爆小景》(2021年8月7日公演)でも、極めて柔らかな音色で会場を満たしながら、作家・作曲家の想いを強烈に浮かび上がらせた。新鮮な響きは印象深く、来年はどのような演奏に出会えるのかなと、作品への新たな期待を呼び起こす指揮力を発揮している。
びわ湖ホール芸術監督、トウキョウ・ミタカ・フィルハーモニア音楽監督。1990年ブザンソン国際指揮者コンクール優勝。以来、ロンドン交響楽団、モントリオール交響楽団、ベルリン・ドイツ交響楽団、ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団、フランス放送フィルハーモニー管弦楽団など世界各国のオーケストラに客演を重ねる。国内ではNHK交響楽団を指揮してのデビュー以来、新星日本交響楽団、東京フィルハーモニー交響楽団、名古屋フィルハーモニー交響楽団、日本フィルハーモニー交響楽団、群馬交響楽団、日本センチュリー交響楽団のポストを歴任、さらにドイツではリューベック歌劇場音楽総監督を務めオペラ公演はもちろんリューベック・フィルとのオーケストラ公演でも数々の名演を残した。2014年1月にはオペラ《竹取物語》を作曲・世界初演、国内外で再演されている。2017年紫綬褒章受章。
楽団も「技術的に成長できるという点だけで判断したのではなく、メンバーの気持ちも含め、経営・運営面など“面”で判断しアプローチしました。年齢を重ねられ熟成されてきた音楽的な実力、アウトプットするものの素晴らしさを拝見するにつけ、神奈川フィルも共に成長したいと願っています」(榊原、会見後のコメントから)。
ベルリン芸術大学で共に学んだ間柄の榊原と沼尻。具体的な時期は示されなかったが、急なアプローチではなかったようだ。
沼尻竜典 新音楽監督就任後の2022-2023シーズンを総ざらい!
沼尻竜典を迎え、さらなる飛躍が期待される来シーズンは、「プログラミングだけで半年話し合った」(榊原)選曲が、いずれもアイデア満載で斬新だ。ここでは、3つのシリーズごとに聴きどころを紹介しよう。
- 定期演奏会(全9回)
- 音楽堂シリーズ「モーツァルト+(プラス)」(全3回)
- 県民名曲シリーズ「オーケストラ・超名曲集(全3回)
同時代作品、若手も積極的に招聘~定期演奏会(全9回)
シーズン開幕(22年4月23日)は、新音楽監督の就任披露公演。ブラームスの交響曲第1番で真っ向勝負する。実は、2014年の川瀬賢太郎就任も同じ曲。「早く言ってよ」と笑いながらも「誤魔化しようのない曲。ありのままの姿を見ていただきたい」(沼尻)。
ブラームスと組み合わされるのは、ドイツ生まれ、イタリアに住み活躍したハンス・ヴェルナー・ヘンツェ(1926-2012)が24歳のときに書いた「ピアノ協奏曲第1番」(ピアノ:児玉麻里)。「アントレ」「パ・ドゥ・ドゥ」「コーダ」とバレエにちなむ各楽章タイトルをもち、「書法は緻密。前衛的だが、伝統的書法の延長線上にある」(沼尻)名作を、名手たちのライブで聴けるチャンス。同時代作品も積極的に組み入れていく方向性を打ち出す。
沼尻は定期公演9回中、これを含めて3回登場する。22年7月16日には「年を重ねるに従い、すごさがわかってきた」という十八番のショスタコーヴィチから、コロナ禍ではできなかった大編成の交響曲第8番を振る。
横浜みなとみらいホール(2022年10月まで全館休館)に戻ってからの23年1月21日には、「エンターテイメント感があり、楽しいのなんのって」(沼尻)というサン=サーンスの交響曲第3番《オルガン付き》を、新たにホール・オルガニストに就任する近藤岳で。パイプオルガンの響きを存分に楽しませてくれよう。
他の指揮者では、22年5月14日は「内容の濃いリハーサルで、楽員からも再登場を望まれている」阪哲朗が、そして22年6月26日には「若い方も積極的に招聘したい」と三ツ橋敬子が登場する。
22年10月15日には沼尻推しのサンクトペテルブルク出身の指揮者、ダニエル・ライスキンを招聘。現在テネリフェ響(スペイン)、ベオグラード・フィル首席客演指揮者を務め、びわ湖ホールにも登場したことがあるが、何より、ショスタコーヴィチの交響曲第4番のずっしりとして重量感に満ちた名盤とも言える録音でご存知の方もいよう。神奈川フィルとのスメタナ「モルダウ」やドヴォルザークの交響曲第8番は注目だ。
そして、カラヤンに直に薫陶を受けた特別客演指揮者・小泉和裕が、横浜みなとみらいホールでの22年11月19日にはオネゲルの交響曲第3番、23年3月4日にはシューマン《春》という珍しいプログラムで登場。
23年2月11日は下野竜也が、今年2月に逝去した尾高惇忠のピアノ協奏曲を初演のピアニスト野田清隆で披露し、加えてブルックナー「交響曲第6番」を原典版で振る。
偽作、ジャズ、親子3代…驚きの連続!~音楽堂シリーズ「モーツァルト+(プラス)」(全3回)
極致的趣向とも言えるのが、〈音楽堂シリーズ〉の「モーツァルト+(プラス)」(全3回/会場:神奈川県立音楽堂)。
井上道義(指揮)の22年5月14日は、「研究によりモーツァルトのものでないとわかったもの、未だにわからないと研究対象になっているもの」など偽作と真作を絡めたプログラム。
沼尻(指揮)の22年7月16日は、沼尻も愛を込めて「ウィーンのいたずら好きなおじさん」と呼ぶ、まさに鬼才中の鬼才フリードリヒ・グルダ(1930-2000)に、ハインリヒ・シフ(チェロ)が委嘱した《チェロと管楽オーケストラのための協奏曲》。ジャズの即興的楽しさやドラムセット、エレキ・ギターも加わった作品を、モーツァルトと共に。
23年1月21日は今もっとも人気を博している演奏家の一人、川口成彦が、1814年製と1795年製復元のフォルテピアノを持ち込み(!)、レオポルト、ヴォルフガング、そしてモーツァルト家最後の音楽家・息子のフランツ・クサーヴァーと、親子3代の作品を弾き振り。凝りに凝った選曲だ。
名曲の概念を超えた! ~県民名曲シリーズ「オーケストラ・超名曲集」(全3回)
〈県民名曲シリーズ〉の「オーケストラ・超名曲集」は、いつもひと味ちがう“名曲”(全3回/会場:神奈川県民ホール)。
22年9月17日は、歌手の声質によるキャラクターの違いを軸に、解説付きでオペラ名曲を聴かせてくれる名誉指揮者・現田茂夫による「オペラ解体新書」、22年11月23日は、常任は去るが、強い絆のある川瀬賢太郎(指揮)によるミュージカル『ノートル・ダム・ド・パリ』の抜粋構成、23年3月11日はゲストが“シークレット”という驚きの趣向だ。
そして22年12月23日の《第九》は沼尻が振る。「ポジションのあるオーケストラでの《第九》は久しぶり」と喜んでいる。
神奈川フィルの来季、沼尻竜典を音楽監督に迎え、飛翔の高さは予想もつかない。どのシリーズも、どのフューチャー・コンサートも聴き逃せない珠玉の公演が待っている。
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