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2021.05.24
音楽ファンのためのミュージカル教室 第15回

ミュージカル『レ・ミゼラブル』の音楽的魅力〜リプライズの手法で感情を喚起する

音楽の観点からミュージカルの魅力に迫る連載「音楽ファンのためのミュージカル教室」。
第15回は、1987年の日本初演からずっと愛されてきた人気作『レ・ミゼラブル』。誕生の経緯と、リプライズ(反復)の手法が効果的に使われている音楽の魅力を紹介します。2021年は、帝国劇場にて5月25日から7月26日まで上演中!

山田治生
山田治生 音楽評論家

1964年京都市生まれ。1987年、慶應義塾大学経済学部卒業。1990年から音楽に関する執筆活動を行う。著書に、小澤征爾の評伝である「音楽の旅人 -ある日本人指揮者の...

第1幕の幕切れを飾る「ワン・デイ・モア」の場面。
写真提供:東宝演劇部

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世界中で愛される大ヒット作の生みの親たち

ヴィクトル・ユゴーの小説を原作とするミュージカル『レ・ミゼラブル』の原型は、パリで作られた。その後、イギリス人プロデューサー、キャメロン・マッキントッシュによって、英語版がロンドンで上演され、ウエストエンドで大きな成功を収めた。そしてブロードウェイでも数々の賞を受賞し、世界的な大ヒット作となったのであった。

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ヴィクトル・ユゴー『レ・ミゼラブル』(佐藤朔訳、新潮文庫)
わずか一片のパンを盗んだために、19年間の監獄生活を送ることになった男、ジャン・バルジャン。19世紀前半、革命と政変で動揺するフランス社会と民衆の生活を背景に、キリスト教的な真実の愛を描いた叙事詩的な大長編小説。ある司教の教えのもとに改心したバルジャンは、巨富と名声を得て、市長にまで登りつめたが……。

作曲を担ったクロード=ミシェル・シェーンベルグについては、本連載の第5回「オペラ《蝶々夫人》がもとになったミュージカル『ミス・サイゴン』とその音楽」で詳しく述べたが、新ウィーン楽派の作曲家アルノルト・シェーンベルクとは、ウクライナに共通の親戚がいるくらいで直接の関わりはない。

1944年、ハンガリーから来たユダヤ人の両親の間にフランスで生まれた彼は、ロック・バンドでピアノを弾き、パリに出て、脚本家・作詞家のアラン・ブーブリルと出会った。2人は、最初のコラボレーションとして、アルバム『フランス革命』を発表。そのヒットにより、1973年に舞台化。フランス最初のロック・オペラとなった。

そして、1978年に『レ・ミゼラブル』のミュージカル化に着手。コンセプト・アルバム『レ・ミゼラブル』をリリースし、1980年にフランス語版『レ・ミゼラブル』が開幕した。

当時、マッキントッシュは、まだ30歳代の若さだったが、すでにプロデューサーとして『キャッツ』(1981年)などのヒット作を生み出していた。彼は、フランス語版の『レ・ミゼラブル』のアルバムを聴き、ロンドンでの上演(つまりロンドン発の世界的な展開)を思い立った。そして、マッキントッシュのもと、新たな英語版の『レ・ミゼラブル』が作られることになった。

英語の歌詞は、ハーバート・クレッツマーが務めた。クレッツマーは、フランス語版の英訳だけでなく、ロンドン・オリジナルとなるナンバー(「星よ」や「彼を帰して」など)の作詞も手掛けた。また、ジェームズ・フェントンによる台本の追加も行なわれた。演出はトレヴァー・ナンとジョン・ケアードが共同で務めることになった。

1985年10月、ロンドンのバービカン・センターで開幕。1987年3月にはブロードウェイでの上演が始まる。日本では、1987年6月、東宝によって帝国劇場で初演。2012年には、トム・フーパー監督による映画版も作られた。

1985年のロンドンキャストによる『レ・ミゼラブル』

2021年公演のプロモーション映像

物語の2大テーマ〜ジャン・バルジャンとジャベールの対比と愛

主な登場人物

ジャン・バルジャン:主人公の元囚人。改心して工場経営や市長の職に。

ジャベール:バルジャンを追う警部。

ファンテーヌ:バルジャンが経営する工場で働く女工。コゼットの母親。

コゼット:ファンテーヌの娘。母親を亡くしてからは宿屋で働く。

テナルディエ夫妻:コゼットが働く宿屋の主。

エポニーヌ:テナルディエ夫妻の娘。

マリウス:革命を志す学生。コゼットに一目惚れする。

アンジョルラス:革命を志す学生。銃撃戦で命を落とす。

この物語の主人公はジャン・バルジャンにほかならないが、彼とは対照的なジャベール警部の存在も欠くことができない。

憎しみと不条理に満ちた投獄を経て憎しみに満ちた人間になっていたバルジャンは、司教の信じられないような寛大さに、今までの人生を捨てて、新しい自分になろうとする。そして、コゼットを自分の娘のように育て、最終的にはマリウスに託す。子育てをする過程でも、バルジャンは変化を遂げていった。バルジャンは死の間際にコゼットにこう告げた。「憎しみに満ちた男が愛に生きることを知った、お前を授かったときから」

それに対して、ジャベールは不変の価値観の持ち主。ジャベールが歌う「星よ」は、まるで彼の“クレド(信条)”である。自分こそ、神に従い、正しい道をゆくと確信している。そして、不法者は捕らえられ、裁かれなければならないと信じて疑わない。夜空の星たちは、静かに世の中を見守る永久不変の存在の象徴。だからこそ、最後に自分があえてバルジャンを捕まえなかったことにより、自己の価値観や信条が崩壊してしまい、命を絶つことになる。ジャベールは、バルジャンの敵役ではあるが、決して悪役ではない。それは「星よ」の音楽によっても示されている。

2013年からジャベール役を務める川口竜也による「星よ」(2013年)

この物語のもう1つの注目点は、コゼット、マリウス、エポニーヌの三角関係。エポニーヌは、「オン・マイ・オウン」で片思いの孤独感を壮絶に歌い上げ、最後は、マリウスに振り向いてもらえず、生き続けるよりも彼の腕の中で死んでしまうことに幸せを感じる。

『レ・ミゼラブル』は愛についてのミュージカルである。エピローグで、死へと旅立つバルジャンが、ファンテーヌ及びエポニーヌの魂とともに歌う「誰かを愛することは、神のおそばにいること」こそ、この作品の結論に違いない。

要所で現れる「オン・マイ・オウン」が物語展開のカギを握る! 一番の聴きどころは?

『レ・ミゼラブル』のなかでもっともポピュラーな曲は、「民衆の歌、または、スーザン・ボイルもカバーした「夢やぶれてであろう。だが、エポニーヌが歌う「オン・マイ・オウンの旋律は、このミュージカルの要所で何度か現れ、この作品全体の裏のテーマ曲となっている。ファンテーヌが死の床で歌う「カム・トゥー・ミー」でも現れ、エピローグでのバルジャンの死のシーンでも歌われる。つまり、リプライズ(反復)の手法が用いられているのである。

「オン・マイ・オウン」

クロード=ミシェル・シェーンベルグは、ほかにも、バルジャンが仮釈放許可書を破り捨てる「独白」と、ジャベールが信念を覆されて自殺を図る「自殺」と(どちらも、過去の価値観が崩れ、新しい自分に出会うシーン)で同じ旋律を用いたり、マリウス、コゼット、エポニーヌの3人で歌った「心は愛に溢れて」を終盤ではマリウス、コゼット、バルジャンの組み合わせで歌わせたりしている(ここでのエポニーヌとバルジャンのポジションが似ている)。

バルジャン「独白」のシーン
写真提供:東宝演劇部

ある登場人物を表すライトモチーフの手法ではなく、登場人物を超えて、共通する感情や状況を1つの旋律によって喚起するリプライズの手法が多用され、それが『レ・ミゼラブル』の音楽的特徴となっている。

また、バルジャン、コゼット、マリウス、エポニーヌ、アンジョルラス、ジャベール、テナルディエ夫妻と民衆が、それぞれの立場から、八人八様の明日という1日を歌う「ワン・デイ・モア」は、オペラの大コンチェルタンテ(オペラの演奏会形式上演)を思わせる、このミュージカルの一番の聴きどころである。

「ワン・デイ・モア」

「ワン・デイ・モア」が歌われるシーン。
写真提供:東宝演劇部

あらすじを聴きどころナンバーとともにおさらい!

1815年、1つのパンを盗んだ罪で19年間投獄されていたジャン・バルジャンは、警察官ジャベールによって仮釈放されたものの、行く当てもなく、司教の館に世話になる。バルジャンは司教の銀食器を盗み出し、憲兵に捕らえられる。司教は、「それは私が与えたものである」と言って、バルジャンを釈放させ、銀の燭台まで与える。司教の寛大さに心打たれたバルジャンは生まれ変わる決意をする(「独白」)。

「独白」

1823年、別の町に移り住んだバルジャンは名前を変え、工場を経営し、市長となっている。ファンテーヌは娘を他人に預けながら、その工場に働いていたが、解雇され、ついには売春婦となっていた(「夢やぶれて」)。

バルジャンは、病身のファンテーヌを入院させる。バルジャンは、馬車の暴走事故で怪我人を助けるが、その光景を見たジャベールは、囚人バルジャンを思い出し、市長を疑う。バルジャンは、自分と間違えられて捕まっている者がいることを知り、裁判所で真相を告白する。バルジャンはすぐにファンテーヌのもとに行き、彼女の娘、コゼットの面倒を見ることを約束する。まもなくファンテーヌは死ぬ。バルジャンは、コゼット(「幼いコゼット」)を働かせていたテナルディエ夫妻に金を払って、彼女を引き取り、少女とともにパリへ向かう。

「夢やぶれて」、「幼いコゼット」

1832年、パリ。フランスは1830年の七月革命により、復古王政は打破されたものの、ルイ・フィリップ王による立憲君主制が続いていた。

マリウスら学生たちがカフェに集い、王政打倒を訴えていた。パリに移ったバルジャンと大人になったコゼットはマリウスと出会い、マリウスはコゼットに一目惚れしてしまう。テナルディエ夫妻の娘エポニーヌはマリウスに恋をしていた。ジャベール警部は、バルジャンがパリに来ていることを知り、「星よ」を歌い、彼の逮捕を誓う。

「星よ」

貧しい層への思いやりがあったラマルク将軍の死の報が王政打倒へのきっかけとなる。市民によって「民衆の歌」が歌われる。コゼットと再会したマリウスは恋仲となり、エポニーヌは傷心(「心は愛に溢れて」)。民衆が蜂起する。ジャベールは民衆派に扮して学生たちに接近する。「ワン・デイ・モア」でそれぞれが明日への思いを歌う。

「民衆の歌」、「心は愛に溢れて」、「ワン・デイ・モア」

パリの街角に学生たちがバリケードを築く(注:1832年のパリ蜂起=六月暴動、といわれる)。バリケードにいるマリウスがエポニーヌにコゼットへの手紙を託す。エポニーヌは1人寂しく「オン・マイ・オウン」を歌う。その後、彼女は、バリケードを取り囲む狙撃兵に撃たれ、マリウスの腕の中で息を引き取る。

写真提供:東宝演劇部

マリウスに会いにバリケードに来たバルジャンがマリウスの身の安全を祈って「彼を帰して」を歌う。敵だと見破られ、捕らえられたジャベールをバルジャンが逃がす。ジャベールは、バルジャンの心が読めない。狙撃兵たちのバリケードへの銃撃により、ほとんどの学生が命を落とし(注:蜂起の失敗)、マリウスも重傷を負う。

バルジャンは意識不明のマリウスを、下水道を通って運び出す。ジャベールに見つかるが、彼は、2人を逃がす。自分の信条を覆したジャベールは、セーヌ川に身を投げ自殺する(「自殺」)。バルジャンは、快復したマリウスにコゼットの過去を告白し、彼女のことをマリウスに託す。そして……。

「オン・マイ・オウン」、「彼を帰して」、「自殺」

写真提供:東宝演劇部
公演情報
帝国劇場 ミュージカル『レ・ミゼラブル』

日時: 2021年5月25日(火)〜7月26日(月)

会場: 帝国劇場

出演: 福井晶一、吉原光夫、佐藤隆紀、川口竜也、上原理生 、伊礼彼方、知念里奈、濱田めぐみ、二宮愛、和音美桜、唯月ふうか、屋比久知奈、生田絵梨花、内藤大希、三浦宏規、竹内將人、熊谷彩春、加藤梨里香、敷村珠夕、駒田一、橋本じゅん、斎藤司、六角精児、森公美子、谷口ゆうな、樹里咲穂、相葉裕樹、小野田龍之介、木内健人、ほか

料金: S席14500円、A席9500円、B席5000円

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山田治生
山田治生 音楽評論家

1964年京都市生まれ。1987年、慶應義塾大学経済学部卒業。1990年から音楽に関する執筆活動を行う。著書に、小澤征爾の評伝である「音楽の旅人 -ある日本人指揮者の...

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